ホンダがベネズエラに12年ぶり再進出、ドル化経済で富裕層に照準
はじめに
混迷が続いてきたベネズエラで、ホンダが12年ぶりに四輪車の販売を再開しました。2025年秋に再進出し、首都カラカスのチャカオ地区やマラカイボに正規ディーラーを展開しています。
ベネズエラはかつて年間49万台を超える自動車が売れた南米有数の市場でした。しかし、経済危機により2019年には市場がほぼ消滅。その後、経済の「ドル化」が進んだことで富裕層向けの市場が回復しつつあり、日本企業を含む自動車メーカーの再参入が始まっています。
本記事では、ベネズエラの自動車市場の現状、経済のドル化がもたらした変化、そしてホンダの再進出戦略について解説します。
ベネズエラ自動車市場の壊滅と回復
ピーク時49万台から事実上の消滅へ
ベネズエラの自動車市場は2007年に約49万2,000台の新車登録を記録し、南米でもトップクラスの規模を誇っていました。しかし、経済の崩壊とともに市場は急速に縮小しました。
マドゥロ政権下でGDPは80%以上も収縮し、約2,800万人の国民のおよそ85%が貧困状態に陥りました。月額最低賃金はわずか3ドルという水準にまで落ち込み、新車購入はほぼ不可能な状況が続いていました。
ドル化を契機に回復の兆し
転機となったのは2019年以降の事実上のドル化です。ハイパーインフレに苦しんでいたベネズエラでは、価格統制が撤廃され、米ドルの自由な流通が認められました。これにより、一部の経済活動が安定を取り戻しています。
自動車販売は2023年に7,270台と回復の兆しを見せ、2024年には前年比142%増の1万7,588台まで急回復しました。通貨の安定化と中国系自動車メーカーの参入が市場の底上げに寄与しています。JAC Motorsは手頃な価格帯の車両を投入し、27.4%の市場シェアを獲得しました。
ホンダの再進出戦略
売れ筋モデルと販売体制
ホンダはベネズエラで「Honda Venezuela」のブランドで正規販売を展開しています。ディーラーはカラカスのチャカオ地区とマラカイボに設置されており、カラカスの販売拠点は「Auto King」として知られる店舗です。
販売車種としては、Honda HR-V LX 2026が36,100ドル、より装備の充実したHR-V EXL 2025が38,050ドルで提供されています。50%の頭金で最大24カ月のファイナンスプランも用意されており、3年間または10万キロの保証が付いています。
富裕層をターゲットにした戦略
ホンダのターゲットは明確に富裕層です。ベネズエラでは都市部の取引の約45%が外貨(主に米ドル)で行われており、カラカスの高級地区であるラス・メルセデス、アルタミラ、チャカオなどでは、高級SUVが行き交い、マイアミ並みの価格帯の消費が行われています。
この「新しい富裕層」は、石油関連のレント収入、海外からの送金、帰国した在外ベネズエラ人の資金などによって支えられています。経済全体の回復とは異なる、二極化した消費構造の中で、ホンダは上位層を取り込む戦略を採っています。
ベネズエラ経済の現状と課題
通貨危機は継続中
ドル化によって一部の経済活動は安定しましたが、自国通貨ボリバルの暴落は止まっていません。2025年初頭に1ドル=52ボリバルだった公式レートは、年末には301ボリバルまで下落しました。闇市場では560ボリバル前後で取引されており、取引の3分の2以上が暗号資産ベースのプラットフォームで行われています。
こうした通貨の不安定さは、自動車販売にとってもリスク要因です。ドル建てで価格設定されているため、富裕層にとっての影響は限定的ですが、市場全体の拡大には通貨の安定が不可欠です。
政治的激変と今後の見通し
2026年1月初旬には、米軍主導の作戦によりマドゥロ大統領が国外に連れ出されるという事態が発生しました。米国は石油インフラの再建を重点に政権移行を管理する方針を表明しています。
ベネズエラは確認埋蔵量世界最大の石油資源を擁しており、かつての繁栄を取り戻す潜在力は高いとされています。自動車産業にとっても、長期的には年間40万台超の市場が復活する可能性がありますが、短期的にはインフラの整備や法制度の安定化など、克服すべき課題が山積しています。
注意点・今後の展望
日本企業にとっての機会とリスク
ベネズエラ市場はリスクとリターンが表裏一体の典型です。石油資源の復活が進めば、中産階級の再形成とともに自動車需要が本格的に回復する可能性があります。しかし、政治的な不安定さ、通貨リスク、インフラの脆弱性は依然として大きなリスクです。
ホンダの再進出は、限定的な投資規模で市場の回復を見極めるという慎重なアプローチと捉えられます。ディーラー2拠点という小規模な体制からスタートすることで、リスクを抑えつつ市場のポテンシャルを探る戦略です。
中国メーカーとの競争
ベネズエラ市場ではJAC Motorsをはじめとする中国系メーカーが先行して存在感を高めています。価格競争力で優位に立つ中国メーカーに対し、ホンダはブランド力と品質で差別化を図る必要があります。富裕層向けに絞った戦略は、中国メーカーとの直接的な価格競争を避ける意味でも合理的です。
まとめ
ホンダの12年ぶりのベネズエラ再進出は、経済のドル化によって復活しつつある富裕層市場に照準を合わせた戦略的な判断です。年間1万7,000台超まで回復した自動車市場は、政治的安定化と石油産業の復興次第で、さらなる拡大が見込まれます。
一方で、通貨の不安定さや二極化した経済構造、中国メーカーとの競争など、課題も多く残されています。ベネズエラは「かつての南米一の富裕国」の復活をにらむ市場として、日本企業にとっても注目すべき存在です。
参考資料:
- Honda regresa a Venezuela: ¿cuánto cuestan sus vehículos?(Motum Magazine)
- Venezuela’s reconstruction - an opportunity for the company car market(Global Fleet)
- Anatomy of an economic suicide: Venezuela under Maduro(Asia Times)
- Venezuelan bolívar–dollar rate jumps(Euronews)
- Venezuela Car Sales Data(GCBC)
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