訪日客4000万人突破も宿泊業は薄利、構造的課題と解決策
はじめに
日本政府観光局(JNTO)は2026年1月21日、2025年の訪日外国人旅行者数が4268万3600人だったと発表しました。年間4000万人を突破したのは史上初めてのことです。
しかし、この記録的な数字の裏側には、受け皿となる宿泊業界の厳しい現実があります。人手不足は深刻で、賃金水準は全産業で最も低く、客単価も思うように上がっていません。
政府は2030年までに訪日客6000万人、消費額15兆円という目標を掲げています。この目標を達成するには、宿泊業の構造的な課題を解決することが不可欠です。この記事では、訪日客増加の現状と、宿泊業が抱える課題、そして解決への道筋を解説します。
訪日外国人4000万人突破の詳細
過去最高を大幅に更新
2025年の訪日外国人旅行者数4268万3600人は、前年(3687万人)から15.8%増、約580万人の増加となりました。2024年に記録した過去最高をさらに大きく上回る結果です。
国・地域別では韓国が945万9600人で最多となりました。また、JNTOが設定する23市場のうち22市場で前年を上回り、オーストラリアからの訪日客は初めて100万人を突破しました。米国も初めて累計300万人を超え、中国、韓国、台湾に次ぐ4番目の主要市場となっています。
旅行消費額も過去最高
訪日外国人旅行消費額も2025年に9兆4559億円を記録し、前年比16.4%増で過去最高を更新しました。
国籍・地域別では中国が2兆26億円(構成比21.2%)でトップ。台湾が9638億円、米国が9139億円、韓国が8767億円と続いています。
一方で、2025年12月単月の中国からの訪日客は前年同月比45.3%減と大幅に落ち込みました。中国当局が日本への渡航自粛を呼びかけたことが影響しています。
宿泊業の深刻な人手不足
6割以上が「人手が足りない」
好調なインバウンド需要とは裏腹に、宿泊業界は深刻な人手不足に直面しています。
帝国データバンクの「人手不足に対する企業の動向調査(2025年1月)」によると、正社員が不足していると回答したホテル・旅館は60.2%に上ります。非正社員でも50%が不足を訴えています。
2023年4月時点の調査では、宿泊業の約6割が「コロナ前から従業員数が減少し、戻っていない」と回答。インバウンド需要が好調であるにもかかわらず、客室稼働率を下げて営業せざるを得ない施設が多数存在しています。
賃金は全産業で最低水準
人手不足の最大の原因は、賃金の低さです。厚生労働省の統計によると、宿泊業・飲食サービス業の平均賃金は269,500円で、全産業で最も低い水準です。
労働時間も長く、平均月間労働時間は173.6時間と全産業平均を上回っています。有給休暇取得率は51.0%で最低です。「きつい・安い・休めない」というイメージが定着し、若年層や転職希望者から敬遠される傾向が続いています。
高い離職率が追い打ち
厚生労働省の「令和4年雇用動向調査」によると、宿泊業・飲食サービス業の入職率は34.6%と全業種で最も高くなっています。多くの従業員を採用できてはいるものの、離職率も26.8%と他業界を圧倒しています。
採用しても定着しない構造が、人手不足を慢性化させています。
客単価が上がらない問題
薄利多売からの脱却が課題
訪日客は増えているのに、宿泊業の収益性はなかなか改善しません。その一因が、客単価の伸び悩みです。
宿泊客数を増やすには広告宣伝などの投資コストがかかりますが、一般的に客単価を上げる方が低コストで実現できます。しかし、日本の宿泊施設は価格競争に陥りやすく、適切な値上げができていない施設が多いとされています。
客室稼働率が高すぎると顧客満足度は下がる傾向にあるため、適切な料金設定で稼働率を調整しながら収益を最大化する戦略が求められています。
設備投資の不足
設備投資の不足も問題です。特にリピート客を獲得するには、施設の変化・改善を示す必要があります。大きな投資は難しくても、毎年・毎月の小さな投資を計画的に続けることが重要です。
しかし、薄利な経営状況では設備投資の原資を確保することも困難です。この悪循環が、客単価向上の足かせになっています。
6000万人目標への道筋
現状では達成困難との見方
政府は2030年までに訪日客6000万人、消費額15兆円を目標に掲げています。2024年から6年間で毎年9.4%ずつ訪日客を増やし続ける必要がある計算です。
専門家の間では、この目標達成はかなり難しいとの見方もあります。特に人手不足による供給体制の制約が大きなハードルです。
日銀の分析によると、「宿泊・飲食サービス」は主要16産業の中で労働・資本の代替性が最も小さい産業です。つまり、人手不足を機械で補うことが他のどの産業よりも難しいということです。
地方への需要分散が必要
需要の地域分散も大きな課題です。2024年4月の外国人延べ宿泊者数は、三大都市圏が2019年同月比40.6%増なのに対し、地方部は5.9%増にとどまっています。
6000万人規模の旅行者を受け入れるには、宿泊キャパシティの大幅な拡充が必要ですが、東京を訪れる訪日客は全体の約48.6%、大阪43.5%と主要都市圏に集中しています。
政府は全国35の国立公園に高級リゾートホテルを誘致する方針を示し、14のモデル観光地を選定して地方誘客を進めていますが、道半ばの状況です。
オーバーツーリズムへの対応
一方で、特定地域へのオーバーツーリズムも深刻化しています。観光審議会でも「6000万人の目標について本当に全国民に腹落ちできているのか」「バルセロナの暴動は日本でも起きないとは限らない」との意見が出ています。
受け入れる側の地域住民の不満を軽減しながら、観光客を増やすという難しいバランスが求められています。
宿泊業の生産性向上策
デジタル技術の活用
人手不足の解決策として、デジタル技術の活用が有効です。チェックインシステムによる受付業務の自動化、PMSによる宿泊管理の効率化、サイトコントローラーによる予約の一元管理などは、人的負担を大幅に軽減できます。
OTA(オンライン旅行代理店)経由の予約より公式サイトからの予約を増やすことで、手数料を削減し利益改善を図ることもできます。
外国人従業員の採用強化
インバウンド対応として外国人従業員の採用を強化することも有効な方法です。利用者の母国語や文化に精通した外国人スタッフを雇用すれば、よりスムーズなサービス提供が可能になります。
マルチタスク化の推進
フロント係やレストランの準備・接客など、複数の業務を一人の従業員がこなせるマルチタスク化も効果的です。動画マニュアルの作成など、教育の効率化も合わせて進める必要があります。
まとめ
2025年の訪日外国人4000万人突破は、日本の観光産業にとって大きな節目です。消費額も過去最高を更新し、インバウンド需要は確実に拡大しています。
しかし、受け皿となる宿泊業は人手不足、低賃金、客単価の伸び悩みという構造的課題を抱えています。6000万人という政府目標の達成には、待遇改善による人材確保、設備投資による生産性向上、適切な価格設定による収益改善が不可欠です。
観光立国を目指す日本にとって、宿泊業の課題解決は避けて通れない道です。デジタル化や外国人採用、地方への需要分散など、複合的な対策が求められています。
参考資料:
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