AI主権時代に日本が果たすべき中立的役割と戦略
はじめに
人工知能(AI)の開発・活用をめぐる国際競争が「AI主権」という新たな段階に入っています。米国と中国がAI覇権を争う中、各国は自国のデータやAIインフラを自律的にコントロールする「AI主権」の確保に動き始めました。
2026年1月のダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)では、AIガバナンスの国際標準化が主要テーマとなり、日本の役割にも注目が集まりました。米中どちらにも偏らない中立的な立場と、製造業で蓄積したデータという強みを活かし、東南アジアやグローバルサウスへの展開を図る日本の戦略を解説します。
AI主権とは何か:国際秩序の転換点
米中対立が生んだ新概念
AI主権とは、国家が自国のAI技術開発やデータ管理を外国に依存せず、自律的にコントロールする能力を指します。この概念が注目される背景には、米中のAI覇権争いがあります。
米国はOpenAIやGoogle、NVIDIAなどの巨大テック企業を擁し、生成AIの開発で世界をリードしています。一方、中国はDeepSeekをはじめとする独自のAIモデルを開発し、国家主導でAI産業の育成を進めています。両国のAI技術は、それぞれの価値観や政治体制を反映しており、どちらのAIを採用するかは、事実上の地政学的な選択となっています。
欧州と日本のアプローチの違い
欧州連合(EU)はAI規制法を施行し、厳格なルールでAI開発を管理する道を選びました。一方、日本は2025年9月に施行した「AI法」で、罰則を伴わない柔軟な枠組みを採用しています。イノベーションを阻害しないことに配慮しながら、人間中心のAI利活用を推進する方針です。
2025年12月には「人工知能基本計画」が閣議決定され、AIを国家戦略の柱に位置づける姿勢が明確になりました。この「緩やかだが方向性のある」アプローチは、米国の自由放任と欧州の厳格規制の中間に位置し、国際的なAIガバナンスの議論において独自のポジションを形成しています。
日本の強み:中立性と製造業データ
米中どちらとも対話できる立場
ダボス会議では、赤澤経済産業大臣が「日本は人手不足であり、失業率を心配せずにデジタル、AI、省力化を進めることができる極めてユニークで有利なポジションにある」と発言しました。
AIガバナンスの国際的なルール作りにおいて、米中のどちらとも対話が可能な日本には「中立的な調整役」としての期待が寄せられています。厳しい規制を求める欧州と自由な開発を志向する米国の間で、「人間中心の適切なバランス」を提案できる立場にあるとされています。
製造業データという「宝の山」
日本が持つもう一つの大きな強みは、製造業で長年蓄積してきたデータです。自動車、電子部品、精密機械など、世界有数の製造業を有する日本は、生産プロセスや品質管理に関する膨大なデータを保有しています。
このデータは、生成AIの学習データとしてはあまり注目されていませんが、産業用AIの開発においては極めて価値が高いものです。スマートファクトリーやサプライチェーンの最適化、予知保全といった分野では、日本の製造業データが競争優位の源泉となります。
片山財務大臣もダボス会議で、国内における高付加価値型の設備投資促進や、AI・量子・バイオなどの重要技術領域への研究開発税制の新類型創設について言及しており、製造業のデジタル変革を政策面から後押しする姿勢を示しています。
東南アジア・グローバルサウスへの展開
グローバルサウスのAI利用拡大
グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国では、AIや先端技術の利用が急速に拡大しています。アジアや中南米はGDPでは米欧を下回るものの、AIや検索エンジンなどの先端技術の利用度では欧州を追い抜いているとの分析もあります。
しかし、これらの国々は自前のAI技術基盤を持たないケースが多く、米国か中国のどちらかのAIプラットフォームに依存するリスクを抱えています。自国のデータが海外に流出し、政治的・経済的に利用されることへの懸念も高まっています。
日本の「第三の選択肢」としての可能性
ここに日本の機会があります。米中いずれにも属さない中立的なAIパートナーとして、東南アジアやグローバルサウスの国々にAI技術やインフラを提供できる立場にあるのです。
すでに具体的な動きも始まっています。経済産業省の「グローバルサウス未来志向型共創等事業費補助金」を活用し、バングラデシュにおけるAI人材育成とオフショア開発体制の構築を進める企業も現れています。日本国内のAI人材不足の解消と、グローバルサウスにおける高度人材育成・雇用創出を同時に実現する取り組みです。
課題:スピードと投資規模
ただし、日本のAI分野への投資規模は米中と比べて大きく見劣りします。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOがダボス会議で「今はAIインフラの配管工になるのに絶好の時代だ」と述べたように、AIインフラへの大規模投資が世界的に加速しています。日本がこの競争で存在感を示すには、政府と民間の投資をさらに拡大する必要があります。
注意点・展望
AI主権をめぐる議論は急速に進んでいますが、いくつかの点に注意が必要です。まず、「中立性」は必ずしも優位性を意味しません。米中の間で日和見的な立場をとるだけでは、両方から信頼を失うリスクがあります。中立性を価値あるものにするには、独自の技術力や提案力が不可欠です。
また、グローバルサウスの国々は、先進国が掲げる「人類のためのAI」というナラティブに対して懐疑的な見方を強めています。日本がパートナーとして信頼されるには、対等な関係に基づく協力関係を構築する姿勢が重要です。
2026年のAI議論は「便利さ」から「社会構造の再設計」へとシフトしています。AIガバナンスの国際標準やAI生成コンテンツへのデジタル証明の必要性など、具体的な制度設計の段階に入りました。日本がこの流れの中でどのようなリーダーシップを発揮できるかが、今後のAI主権時代における日本の立ち位置を決定づけます。
まとめ
AI主権の時代において、日本は「中立性」と「製造業データ」という2つの武器を持っています。米中対立が深まる中、東南アジアやグローバルサウスの国々にとって、日本は第三の選択肢となり得ます。
ダボス会議でも示されたように、日本に対する国際的な期待は高まっています。しかし、その期待を現実のものにするには、AI分野への投資拡大、人材育成の加速、そして対等なパートナーシップに基づく国際協力の推進が必要です。技術力と外交力を組み合わせた戦略的な取り組みが、日本のAI主権時代を切り拓く鍵となります。
参考資料:
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