日本国債の格下げリスク、成長鈍化が最大の懸念材料に
はじめに
高市早苗首相が衆議院解散・総選挙を表明したことを受け、日本の財政政策への関心が高まっています。与野党が相次いで消費税減税構想を打ち出す中、金融市場では財政拡張への懸念から長期金利が27年ぶりの高水準となる2.275%まで上昇しました。
日本国債を格付けする主要格付け会社の見方はどうでしょうか。S&Pグローバル・レーティングで日本を含むアジア各国の格付けを担当するレイン・イン氏は、「1〜2年は格下げを想定しない」としながらも、「格下げリスクは債務増よりも成長鈍化」と指摘しています。
この記事では、日本国債の格付け状況、格下げリスクの要因、そして高市政権の財政政策が財政持続可能性に与える影響について解説します。
日本国債の現在の格付け状況
主要格付け会社の評価
日本国債の格付けは、世界の先進国の中では最上位(AAA)ではありません。2025年時点の格付けは、S&Pが「A+」(安定的)、ムーディーズが「A1」(安定的)、フィッチが「A」(安定的)となっています。
日本の格付けが最上位でない最大の理由は、政府債務残高が非常に大きいことです。IMFの予測によると、日本の政府債務のGDP比率は2025年に234.9%と、先進国平均(110.1%)の2倍以上に達しています。
格下げの歴史
日本国債の格下げは、1998年11月にムーディーズが最上位のAaaからAa1に引き下げたのが始まりです。その後S&P、フィッチも続き、現在までムーディーズとS&Pは合計で4段階、フィッチは合計で5段階引き下げています。
直近の格下げは2015年9月にS&Pが「AA-」から「A+」に引き下げたものです。それ以降、約10年間格付けは維持されています。
長期金利の上昇と財政懸念
27年ぶりの高水準に上昇
2026年1月19日、国内債券市場で長期金利の指標となる新発10年物国債利回りが一時2.275%まで上昇し、1999年2月以来27年ぶりの高水準をつけました。
財政リスクを反映しやすい超長期債にも金利上昇圧力がかかっています。20年債利回りは一時3.25%、30年債利回りは一時3.585%に上昇しました。超長期ゾーンの金利上昇幅が大きいことは、市場が長期的な財政構造の健全化に懸念を持っていることを示唆しています。
利払い負担の増加
歳入に対する利払い費の比率は、2026年3月までの年度に8年ぶりの高水準に達する見通しです。ブルームバーグの試算によると、今年度の日本の利払い費の対歳入比率は12.2%と、前年度の9.9%から拡大する見込みです。
S&Pグローバル・レーティングが2015年9月に日本国債を格下げした当時、この比率は13.6%でした。現在の水準はその時に近づいています。
金利上昇の要因
金利上昇の主な要因は二つあります。一つ目は日本銀行の金融政策正常化です。長年続いた異次元緩和政策の解除により、実質金利が徐々に普通の水準へ向かっています。
二つ目は財政要因です。高市政権の積極財政が金利上昇につながっているとの見方が市場では支配的であり、補正予算が17兆円規模になると伝わった際には長期金利が上昇しました。
高市政権の「責任ある積極財政」
経済対策の規模
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、大規模な財政出動を進めています。2025年11月に閣議決定された経済対策は、一般会計で17.7兆円、国費ベースでは21.3兆円の規模となりました。
事業規模は42.8兆円と、リーマン・ショックやコロナ禍の時期に次ぐ歴代6番目の大きさです。2026年度予算案も一般会計規模が過去最大の122兆円台に膨らんでいます。
消費税減税への姿勢の変化
高市首相は当初、野党が要求する消費税減税に対して距離を置いていました。しかし最近、次期衆院選で食料品の消費税率を時限的にゼロにする案を選挙公約に掲げることを検討しているとの報道があります。
このような動きについては、「責任ある積極財政」を一段と形骸化させるものであり、財政と通貨の信頼性が低下し、円安・債券安がさらに進む可能性があるとの批判も出ています。
二つの責任のバランス
「責任ある積極財政」は、「財政が経済成長を牽引する責任」と「市場の信認を維持し財政を持続させる責任」という二つの軸で構成されています。成長率の範囲内に債務残高の伸び率を抑え、政府債務高の対GDP比を引き下げていくことで、財政の持続可能性を実現するとしています。
しかし、物価高が続き需給ギャップがほぼ解消されている現在の経済環境では、単なる財政積み増しによる需要刺激ではインフレ加速とトリプル安(株安・債券安・円安)が続くリスクがあると指摘されています。
S&Pの見解:格下げリスクは成長鈍化
1〜2年は格下げを想定せず
S&Pグローバル・レーティングのレイン・イン氏は、日本国債について「1〜2年は格下げを想定しない」との見解を示しています。現時点では、日本の財政状況は格付けを維持できる範囲内にあるとの判断です。
成長鈍化が最大のリスク
ただし、イン氏は格下げリスクについて「債務増より成長鈍化」が問題だと指摘しています。日本経済の成長率が低下し続ければ、たとえ債務残高の増加ペースが緩やかでも、GDP比での債務残高は悪化していきます。
民間シンクタンクの見通しでは、日本の実質GDP成長率は2025年度が0.8〜1.1%程度、2026年度が0.8〜1.0%程度と予測されています。潜在成長率が低い状態が続けば、財政健全化は一層困難になります。
利払い負担は十分に管理
S&Pは、日本の利払い負担は現時点では十分に管理されているとの見方を示しています。日本国債の9割以上が国内で消化されていることや、対外純資産が世界トップクラスであることが、デフォルトリスクを抑えていると評価されています。
注意点・今後の展望
格下げの可能性シナリオ
参院選挙後に政府が恒久的な消費税減税を実施し、財政環境が一段と大きく悪化する場合には、主要格付機関が日本国債のアウトルック(見通し)をネガティブに変更する可能性があります。さらに悪化すれば、1段階の格下げが行われる可能性も否定できません。
ジュピター・アセット・マネジメントのマーク・ナッシュ氏は「格下げの可能性はかなり高い」と述べ、「日本銀行がインフレ抑制のために利上げを余儀なくされれば、債務負担は重くなるばかりだ」と指摘しています。
一方で楽観的な見方も
日本国債のクレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の動きを見ると、東日本大震災直後に一時的に上昇した以外は低下傾向が続いており、近年は低水準で推移しています。市場が判断する日本の財政破綻リスクは極めて限定的と言えます。
また、英国のトラス政権のように減税案が即時実行された場合と異なり、現状の日本の消費税減税はまだ議論の段階です。日本は経常黒字国であり、円や国債に対する信認が構造的に高いことも下支え要因となっています。
まとめ
日本国債の格下げリスクは、債務残高の増加そのものよりも、経済成長の鈍化が最大の懸念材料となっています。S&Pは1〜2年の格下げは想定しないとしていますが、財政拡張が続き成長率が低迷すれば、将来的な格下げの可能性は排除できません。
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げていますが、選挙を前に消費税減税が検討されるなど、財政規律への懸念も高まっています。長期金利が27年ぶりの高水準に達する中、財政の持続可能性と経済成長の両立は日本の最重要課題の一つです。
投資家としては、財政政策の動向と格付け会社の見解、そして長期金利の推移を注視していく必要があります。
参考資料:
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