日本国債の格下げリスク、債務より成長鈍化が焦点に
はじめに
高市早苗首相による積極財政政策への関心が高まる中、日本国債の格付けに対する注目が集まっています。2026年度予算案は一般会計規模が過去最大の122兆円台に膨らみ、金融市場では長期金利の上昇が続いています。
しかし、米格付け大手S&Pグローバル・レーティングは「日本国債の格下げリスクは債務増加よりも成長鈍化にある」との見解を示しています。格付け機関は日本の財政をどう見ているのでしょうか。
本記事では、日本国債の格付け動向と、高市政権の財政政策が及ぼす影響について解説します。
日本国債の現在の格付け状況
主要格付け会社による評価
日本国債の現在の格付けは、S&P(スタンダード&プアーズ)が「A+」(見通し:安定的)、Moody’s(ムーディーズ)が「A1」(見通し:安定的)となっています。
S&Pの格付けでは、日本は6つの評価項目で評価されています。「制度面」「経済面」「対外面」「財政(予算)」「財政(債務)」「金融政策」のうち、財政関連の2項目で最低評価の6を受けており、これが全体の格付けを押し下げる要因となっています。
格下げの歴史
日本国債の格下げは1998年11月に始まりました。Moody’sが最上位のAaaからAa1に引き下げたのを皮切りに、S&P、Fitchも続きました。現在までにMoody’sとS&Pは合計4ノッチ、Fitchは合計5ノッチの格下げを実施しています。
直近の格下げは2015年9月16日、S&PがAA-からA+に引き下げたものでした。それ以降約10年間、日本国債の格付けは据え置かれています。
S&Pが見る日本財政のリスク
「1〜2年は格下げを想定せず」
S&Pグローバル・レーティングのアジア太平洋ソブリン格付け担当シニア・ディレクター、レイン・イン氏は、日本国債について「1〜2年は格下げを想定していない」との見解を示しています。
高市政権の大型予算編成や長期金利の上昇にもかかわらず、短期的な格下げリスクは限定的との見方です。
債務GDP比の低下を重視
S&Pが重視しているのは、単年度の財政収支よりも債務残高のGDP比の動向です。格付け機関の分析では、フロー(単年の財政収支)よりもストック(債務残高)データとの関連が深いとされています。
インフレの定着により、名目GDPが拡大すれば、債務残高のGDP比は相対的に低下します。内閣府の試算によれば、GDPデフレーターが1%上昇すると、政府債務残高のGDP比を1.5〜1.7ポイント押し下げる効果があり、金額に換算すれば11〜12兆円規模の財政改善要因となります。
成長鈍化こそ最大のリスク
イン氏が強調するのは、債務増加よりも経済成長の鈍化が格下げリスクとして大きいという点です。
日本の財政の持続可能性が長期にわたって失われている要因として、名目成長率が名目金利を下回る時期が多いことが挙げられます。デフレ期には名目GDPが伸びず、債務残高のGDP比が改善しにくい状況が続きました。
逆に言えば、インフレが定着し名目成長率が高まれば、財政の持続可能性にも余裕が出てきます。日銀の資金循環統計によれば、2024年6月末の一般政府債務残高のGDP比はコロナ前の水準まで戻っており、純債務のGDP比は15年ぶりの水準まで下がっています。
高市政権の財政政策と市場の反応
「責任ある積極財政」の真意
高市首相は政権が看板に掲げる「責任ある積極財政」について、「無責任な国債発行や減税を行うということではない」と説明しています。2025年11月21日に閣議決定した経済対策では、「日本が今行うべきことは、行き過ぎた緊縮財政により国力を衰退させることではなく、積極財政により国力を強くすることだ」と強調しました。
2025年度補正予算案の一般会計からの支出は17.7兆円、財政支出は21.3兆円に達しています。財源については「税収の上振れや税外収入などを活用してもなお足りない分は国債発行により賄う」としています。
長期金利の上昇
金融市場では高市政権による財政拡張的な政策や財政悪化への懸念から、円安や長期金利の上昇が進んでいます。長期金利の指標となる新発10年物国債利回りは一時1.835%まで上昇し、17年半ぶりの水準となりました。
大型補正予算の発表後、10年国債流通利回りは2%をうかがう勢いとなっており、市場では「長期金利2%も通過点」との声も聞かれます。
財政規律への懸念
第一生命経済研究所のレポートでは、「自然増収の範囲を超えて歳出拡大をすれば、新規国債の増発を余儀なくされる。これは、長期金利上昇の要因である」と指摘されています。
高市政権成立後、「積極財政」を名目に財政規律が緩むことへの懸念から、長期金利が上昇し円安も進行しており、経済への悪影響が懸念されています。
日本財政の国際比較と課題
世界最悪の債務残高水準
日本の債務残高のGDP比は、G7諸国のみならず世界各国と比較しても突出した水準にあります。2024年の政府総債務残高のGDP比ランキングでは、1位スーダン(261%)、2位日本(236%)、3位シンガポール(174%)となっています。
IMFのデータで比較可能な176カ国中、日本は最下位です。財政危機で知られるギリシャの212%、イタリアの155%と比較しても、日本の財政状況は際立って悪化しています。
基礎的財政収支の長期赤字
日本は国・地方を合わせた基礎的財政収支(プライマリーバランス)について、直近30年分の単純平均でGDP比マイナス4.6%と、主要国の中で最悪の水準です。1992年以降、債務残高GDP比を安定させるような基礎的財政収支を実現していません。
経済産業研究所の分析によれば、政府債務のGDP比率を安定化させて財政への信頼性を取り戻すためには、少なくとも消費税で20%程度に相当する50兆円程度の歳出削減ないし増税が必要とされています。
注意点・今後の展望
格下げのトリガーは何か
積極財政路線がさらに強まる場合、特に消費税減税が決定されれば、日本国債の格下げの動きが10年ぶりに再開される可能性があるとの指摘があります。
一方で、名目成長率が高まり、債務残高のGDP比が安定的に低下する軌道に乗れば、格付けは維持される可能性が高いです。成長戦略の実行力が問われています。
「良い金利上昇」と「悪い金利上昇」
長期金利の上昇が経済成長を反映した「良い金利上昇」なのか、財政悪化懸念による「悪い金利上昇」なのかの見極めが重要です。
日銀の金融政策正常化に伴う金利上昇は前者ですが、財政不安を背景にしたリスクプレミアムの上昇は後者です。現在の金利上昇は両方の要因が混在しており、注意深い観察が必要です。
IMFの指摘
高市首相は「IMFが指摘しているように、成長を損なうような拙速な財政再建は、かえって財政の持続可能性を損なう」と述べています。これはIMFの過去の見解を踏まえたものですが、同時にIMFは日本の債務水準の高さについても警鐘を鳴らしています。
成長と財政健全化のバランスをどう取るかが、今後の日本財政の最大の課題です。
まとめ
日本国債の格付けについて、S&Pは短期的な格下げリスクは限定的との見方を示していますが、長期的には成長鈍化が最大のリスク要因と指摘しています。
高市政権の「責任ある積極財政」は、長期金利の上昇という市場からの警告を受けています。債務残高GDP比で世界最悪水準にある日本が、成長と財政健全化をどう両立させるかは、格付け機関だけでなく国際社会が注視する課題です。
インフレの定着による名目GDPの拡大は、財政改善の追い風となる可能性があります。しかし、それに安住することなく、持続可能な財政運営への道筋を示すことが求められています。
参考資料:
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