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by nicoxz

ジョブ型雇用の導入が広がる日本企業、制度と実態の乖離

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はじめに

日本の大手企業で「ジョブ型雇用」の導入が急速に広がっています。日立製作所、富士通、KDDIなど日本を代表する企業が次々とジョブ型人事制度へ移行し、2026年度からは新卒社員の初任給も職務に応じて決定する方針を打ち出しています。

しかし、この動きには根本的な問題が指摘されています。「ジョブ型」という概念の提唱者である労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎氏は、日本企業が進めるジョブ型改革は「表面的」にとどまっており、日本型雇用の基盤であるメンバーシップ型の構造は温存されたままだと警鐘を鳴らしています。

本記事では、日本企業のジョブ型雇用導入の現状を整理し、制度と実態の間に生じている乖離の本質に迫ります。

ジョブ型雇用とは何か:本来の定義と日本での変容

欧米型ジョブ型の原則

ジョブ型雇用とは、職務記述書(ジョブディスクリプション)に基づいて雇用契約を結び、定められた職務の範囲内で働く仕組みです。欧米では古くから主流の雇用形態であり、採用は特定のポジションに空きが出た際に行われます。賃金は「人」ではなく「職務」に紐づいて決まります。

注目すべきは、「ジョブ型」という言葉自体が日本独自の造語である点です。英語に「job-type employment」という概念は存在しません。濱口桂一郎氏が日本の雇用システムを分析するために生み出した学術的な概念が、ビジネス界で独自の解釈を加えられながら広まったのです。

日本での「ジョブ型」の実態

日本企業が導入している「ジョブ型」は、欧米の本来の姿とは大きく異なります。多くの企業では、職務等級制度や職務に応じた報酬体系を取り入れつつも、新卒一括採用の仕組みは維持しています。つまり、入口の段階ではメンバーシップ型のまま人材を確保し、配置後にジョブ型の要素を適用するという、ハイブリッド型になっています。

2021年に実施されたアンケート調査によると、ジョブ型雇用を「すでに導入している」と回答した企業は18.0%にとどまり、「導入を検討中」が39.6%でした。導入企業でも、その運用方法には大きなばらつきがあります。

大手企業の導入事例:日立・富士通・KDDIの挑戦

日立製作所の段階的改革

日立製作所はジョブ型導入の先駆者として知られています。2020年に幹部社員から導入を開始し、2022年には一般社員にも対象を拡大しました。社内公募制度(ポスティング)を積極的に活用しており、2022年度の応募者は7,902名、実際の異動者は3,419名に上ります。

日立は2026年度以降の新卒社員についても、一律の初任給ではなくジョブレベルに応じた報酬を適用する方針を発表しています。これは日本の新卒採用慣行に一石を投じる動きです。

富士通のグローバル対応

富士通は2020年から段階的にジョブ型人材マネジメントを導入し、グローバル共通の「Global Role Framework」を策定しました。職種と等級の組み合わせでジョブを分類する仕組みです。

2026年度以降の新卒入社者については、学歴別の一律初任給を廃止し、ジョブレベルに応じた処遇へ切り替えます。大半の新卒入社者は年収約550万円から700万円程度となる見込みで、高度な専門性を有する人材は年収約1,000万円程度になることもあるとしています。管理職の多くを公募で決定するなど、人事の透明性を高める施策も進めています。

KDDIの全社展開

KDDIは2021年にすべての総合職を対象にジョブ型人事制度の運用を開始し、2022年4月からは全社員に拡大しました。30種類の専門領域ごとにジョブディスクリプションを作成し、スキルや成果に加えて「人間力」も評価項目に含めている点が特徴的です。

構造的矛盾:日本型OSとジョブ型は共存できるのか

新卒一括採用という壁

濱口桂一郎氏は、ジョブ型改革の本気度を測る最大のポイントは「入口(採用)の改革」だと指摘しています。日本では新卒一括採用を実施する企業が83.2%にのぼり、この慣行が続く限り、実質的にはメンバーシップ型の枠組みが維持されることになります。

新卒一括採用では、学生は特定の職務ではなく「会社」に入社します。配属先は入社後に決まることが多く、本人の希望と異なる部署に配置されることも珍しくありません。この仕組みは、職務を明確に定義して採用するジョブ型の原則とは根本的に矛盾しています。

職務無限定という前提

日本型雇用のもう一つの特徴は、職務・労働時間・勤務地が「無限定」であることです。会社の指示があれば異動や転勤に応じることが暗黙の前提となっており、この仕組みがあるからこそ、企業は柔軟に人材を配置し、社内で育成することができました。

しかし、この「職務無限定のOS」の上にジョブ型の制度を載せることは、本質的に二律背反の関係にあります。職務を限定するジョブ型と、職務を限定しないメンバーシップ型は、根本原理が異なるからです。多くの日本企業は、この矛盾を解消しないまま、報酬体系だけをジョブ型に寄せているのが現状です。

雇用流動性の低さ

ジョブ型雇用が機能するためには、労働市場の流動性が不可欠です。特定の職務に適した人材を外部から採用し、不要になったポジションの人材は転職するという循環が前提になります。しかし、日本では長期雇用を前提とした雇用慣行が根強く、必要な人材を必要なときに外部から調達することが依然として難しい状況です。

注意点・展望:ジョブ型の「次」はすでに始まっている

よくある誤解

ジョブ型雇用について、「成果主義」と同義だという誤解が広まっています。しかし、ジョブ型の本質は成果に基づく評価ではなく、職務に基づく雇用管理です。また、「ジョブ型を導入すれば給与が上がる」という期待も必ずしも正しくありません。ジョブ型では職務の価値によって報酬が決まるため、担当する職務によっては処遇が下がる可能性もあります。

ジョブ型からタスク型へ

濱口氏は、欧米ではすでにジョブ型雇用の「次」の段階が議論されていると指摘しています。プラットフォーム・エコノミーに代表される情報通信技術の発達により、「ジョブからタスクへ」の移行が起きているのです。特定の職務に人を雇うのではなく、スポット的にタスク単位で人材を活用するモデルが台頭しています。

日本の企業がメンバーシップ型からジョブ型への移行に苦戦している間に、世界ではさらに先の議論が進んでいます。日本企業には、単なるジョブ型の模倣ではなく、自社の実情に合った雇用モデルを独自に設計する視点が求められています。

変わりゆく日本の雇用環境

少子高齢化による若年労働力の減少、共働き世帯の増加、働き方の多様化など、日本型雇用の前提条件は大きく変化しています。実際に、会社都合の転勤を受け入れない社員が増えており、異動によるローテーションが機能しなくなっている企業も出てきています。こうした環境変化は、職務無限定を前提としたメンバーシップ型雇用の持続可能性そのものを問うものです。

まとめ

日本企業におけるジョブ型雇用の導入は着実に広がっていますが、新卒一括採用や職務無限定といった日本型雇用の根幹は維持されたままです。日立・富士通・KDDIなどの先進企業でさえ、完全なジョブ型への移行は道半ばにあります。

重要なのは、「ジョブ型」というラベルを貼ることではなく、自社の事業戦略と人材ニーズに合った雇用の仕組みを設計することです。表面的な制度変更にとどまらず、採用・配置・育成・評価のすべてを一貫した思想で再構築できるかどうかが、日本企業の人事改革の成否を分けることになるでしょう。

参考資料:

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