ミドルパワー日本の生存戦略と「ウナギ外交」の教訓
はじめに
2026年は米国のベネズエラ攻撃やグリーンランドをめぐる対立など、大国が力を振りかざす事態が相次いでいます。米中ロが「力による現状変更」を辞さない姿勢を見せる中、世界第5位の経済大国・日本はどのように立ち振る舞うべきなのでしょうか。
そのヒントとなる出来事が2025年11月にありました。ワシントン条約の締約国会議で、ウナギ全種の国際取引規制案が賛成35、反対100の大差で否決されたのです。日本が主導した多国間外交の成功例として注目されるこの「ウナギ外交」から、ミドルパワー日本の生存戦略を考えます。
「ウナギ外交」に見る日本の外交力
ワシントン条約でのウナギ規制案否決
2025年11月27日、ウズベキスタンで開催されたワシントン条約締約国会議で、EUが提案したウナギ属全18種の国際取引規制案が否決されました。投票は143カ国・地域が参加し、賛成35に対して反対は100に達しました。
EUの提案は、すでに規制対象のヨーロッパウナギに加えて、ニホンウナギやアメリカウナギを含む全てのウナギ属を附属書IIに追加するというものでした。実現すれば、ウナギの国際取引には輸出許可証が必要となり、日本のウナギ産業に大きな影響を及ぼす可能性がありました。
日本の多面的な外交活動
日本政府は「資源量は十分確保されており、国際取引による絶滅の恐れはない」との立場を一貫して主張しました。鈴木憲和農林水産相は在京57カ国の大使館関係者に向けた説明会を開催し、科学的根拠に基づく反論を展開しました。
さらに日本は中国・韓国と共闘し、アジアやアフリカの途上国に対しても積極的な働きかけを行いました。結果として反対票はアジアとアフリカを中心に100票に達し、欧州を中心とする賛成35票を大きく上回りました。
「ウナギ外交」が示す勝ちパターン
この成功の鍵は、①科学的根拠に基づく主張、②利害関係国との連携構築、③途上国への丁寧な説明、の3点です。軍事力ではなく、外交力と知的リソースを活用して多数派を形成するアプローチは、ミドルパワーの典型的な成功パターンといえます。
大国政治の時代とミドルパワーの役割
「帝国化する世界」の到来
2026年の国際情勢は、冷戦後の国際秩序が「力がものを言う」時代に逆戻りしつつあることを示しています。米国はベネズエラへの軍事行動やグリーンランドの領有権主張を展開し、中国は台湾海峡や南シナ海での軍事的圧力を強化しています。ロシアによるウクライナ侵攻も依然として続いています。
こうした中で、日本はGDPでインドに抜かれ世界第5位に後退しました。「大国日本」の時代はすでに終わり、「戦略的ミドルパワー」としての新たな立ち位置を模索する段階に入っています。
ミドルパワー外交の本質
ミドルパワーとは単に国力の大きさを表す概念ではありません。一国主義を排し、多国間協力の「中間地帯」で影響力を発揮する外交スタイルを意味します。日本がCPTPP(環太平洋パートナーシップ協定)や日EU経済連携協定など、多国間の通商枠組みを主導してきた実績は、まさにこのミドルパワー外交の成功例です。
日韓協力と「プランB」の模索
日韓首脳会談の意義
2026年1月13日、高市早苗首相と李在明韓国大統領が奈良市で会談しました。安全保障、経済安全保障、地域外交の分野で戦略的協力を深める方針が確認され、歴史問題よりも地政学的な共通利益を優先する姿勢が鮮明になりました。
日韓のミドルパワー協力は、大国間の対立が激化する中で両国が生存空間を確保するための現実的な選択です。
米国依存からの分散
トランプ政権の孤立主義的な姿勢は、日本国内で「プランB」の議論を活発化させています。米国への過度な依存から脱却し、「準同盟国」や志を同じくする少数の国々との連携を深める「ミニラテラリズム」(少数国間主義)への移行が提唱されています。
注意点・今後の展望
ウナギ外交の成功には注意すべき側面もあります。ニホンウナギは依然としてIUCN(国際自然保護連合)の絶滅危惧種リストに掲載されており、持続可能な資源管理の取り組みが不十分であれば、次回の条約会議で再び規制案が提出される可能性があります。
ミドルパワー外交は「正しいことを正しく伝える」だけでは成功しません。利害関係国との地道な関係構築と、科学的根拠に基づく説得力のある主張が不可欠です。ウナギ外交で見せた手法を、経済安全保障や気候変動など他の分野にも応用できるかが、日本のミドルパワー外交の真価を問うことになるでしょう。
まとめ
大国が力を振りかざす時代に、日本は軍事力ではなく外交力で生存空間を確保する「ミドルパワー」の道を歩んでいます。ワシントン条約でのウナギ規制案否決は、科学的根拠と多国間連携を武器にした日本型外交の成功モデルを示しました。
日韓協力の深化やミニラテラリズムの推進と合わせ、日本はこのミドルパワー外交をさらに洗練させていく必要があります。ウナギ外交の教訓を他の外交課題にも生かせるかどうかが、今後の日本の立ち位置を左右するでしょう。
参考資料:
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