トランプ氏が描く「新ヤルタ体制」戦後秩序崩壊の行方
はじめに
2026年に入り、トランプ米大統領による戦後国際秩序への挑戦がさらに加速しています。1月には66もの国際機関からの脱退を指示する大統領覚書に署名し、「米国が世界秩序を支えてきた時代は終焉した」と宣言しました。こうした動きを受けて、欧米や日本のメディアでは「ヤルタ2.0」という言葉が頻繁に使われるようになっています。
1945年のヤルタ会談では、米英ソの三大国が戦後の世界秩序を決定し、結果として東西冷戦の枠組みが生まれました。現在のトランプ政権の行動は、この歴史的事例と重ね合わせて論じられることが増えています。本記事では、トランプ氏が進める「新たな世界秩序」構想の実態と、それが国際社会や日本にもたらす影響を検証します。
66の国際機関脱退が意味するもの
戦後多国間主義との決別
トランプ大統領は2026年1月7日、66の国際機関からの脱退または資金拠出停止を命じる大統領覚書に署名しました。対象には国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)や国連貿易開発会議(UNCTAD)など、31の国連関連機関と35の非国連系組織が含まれています。
ルビオ国務長官は「我が国の利益に無関係あるいは相反する機関に対し、資源や外交的資本を費やすことはない」と声明を発表しました。これは単なる予算削減ではなく、第二次世界大戦後に米国自身が主導して構築した多国間協調の枠組みそのものを否定する動きです。
国家安全保障戦略に見る思想的転換
第2次トランプ政権が策定した国家安全保障戦略(NSS)は、「米国が世界秩序を支えてきた時代は終焉した」と明記しています。三菱総合研究所の分析によれば、トランプ政権の真の狙いは「米国の市場開放と過大なコスト負担を前提としてきた自由貿易体制・同盟関係の見直し」にあります。
つまり、戦後80年にわたって米国が果たしてきた「世界の警察官」「自由主義秩序の守護者」としての役割を根本的に放棄しようとしているのです。これは一時的な政策転換ではなく、構造的な世界秩序の変革を意味しています。
「ヤルタ2.0」とは何か
大国による世界分割の再来
「ヤルタ2.0」とは、米中ロの三大国が世界を勢力圏として分割し、それぞれの影響力を認め合う新たな国際秩序を指す概念です。第一生命経済研究所のレポートによると、この3カ国のGDPは世界全体の45.1%、軍事費は55.4%、核弾頭数は91.8%を占めています。
米ウォールストリート・ジャーナルは社説で、「トランプ氏は、米国は南北アメリカ大陸、ロシアは欧州大陸、中国は太平洋地域を、それぞれの勢力圏にすることを夢想しているのではないか」という懸念を示しました。この構図はまさに、1945年にルーズベルト、チャーチル、スターリンが行ったヤルタ会談の21世紀版です。
グリーンランドとパナマ運河への執着
トランプ大統領の領土拡張的な発言も、この文脈で理解できます。グリーンランドについては「国家安全保障の観点から必要だ」と主張し、軍事力行使の可能性すら排除していません。パナマ運河については、就任演説で「愚かな贈り物だった」と述べ、「米国は取り戻す」と宣言しました。
さらにカナダに対しては「51番目の州になればいい」とまで発言しています。これらの動きは、19世紀のモンロー・ドクトリン(米国はアメリカ大陸全体を勢力圏とする)の現代版とも評されています。実際にパナマ運河の両端にある港湾を管理していた香港系企業は、米国の圧力を受けて管理権を米国企業に売却する方針を示しました。
歴史は繰り返すのか
1945年のヤルタ会談との類似と相違
1945年のヤルタ会談では、ルーズベルト、チャーチル、スターリンの三首脳が戦後世界の枠組みを決定しました。国際連合の設立、ドイツの分割管理、ソ連の対日参戦などが合意されましたが、その結果として東西冷戦が始まり、世界は二つの陣営に分断されました。
現在の状況との最大の違いは、当時は三大国の「合意」によって秩序が形成されたのに対し、今回はトランプ氏が「独り」で既存秩序を破壊しようとしている点です。中国やロシアとの正式な合意があるわけではなく、むしろトランプ氏の行動が結果的に大国間の勢力圏分割を促進しているという構図です。
フィンランド大統領の警告
フィンランドのストゥブ大統領は「これはヤルタ対ヘルシンキという事態だ」と警告しています。1945年のヤルタ会談が大国間の分割協定であったのに対し、1975年のヘルシンキ協定では独立・主権・領土保全という原則が確立されました。トランプ氏の動きは、この原則を根底から覆す可能性があるのです。
ロシアの思想家アレクサンドル・ドゥーギンは、「新ヤルタ」によって西側の支配を超えた多極的な世界秩序が構築されると主張しています。ロシア側にとっては、ウクライナ問題で欧州諸国を排除し、米露間で直接交渉を進める好機と映っているのです。
注意点・展望
関税攻勢と経済秩序の変容
トランプ大統領は安全保障だけでなく、経済面でも戦後秩序を揺さぶっています。2025年2月にはカナダとメキシコに25%、中国に10%の追加関税を発動し、その後も関税率を引き上げ続けています。USTR(米通商代表部)のグリア代表は新しい通商システムを「ターンベリー・システム」と名付け、従来の自由貿易体制からの転換を正当化しています。
「笑えない喜劇」の行方
マルクスは「歴史上、重大な出来事と人物は2度姿を現す。1回目は悲劇として、2回目は喜劇として」と述べました。1945年のヤルタ体制は悲劇的な冷戦を生みましたが、トランプ氏による「独りヤルタ」は、合意なき秩序破壊という点でさらに予測不能です。
今後の焦点は、中国やロシアがこの状況をどう利用するか、そして欧州や日本などの中堅国がどのような対応を取るかです。2026年は国際秩序再編の「分水嶺の年」となる可能性があります。
まとめ
トランプ大統領が推し進める戦後秩序の解体は、66の国際機関からの脱退、領土拡張発言、関税攻勢という三つの柱で進行しています。これは「ヤルタ2.0」と呼ばれる大国間の勢力圏分割を想起させますが、正式な合意に基づくものではなく、一国の大統領による独断的な行動である点が最大のリスクです。
日本にとっては、米国主導の自由主義秩序に依存してきた戦後の安全保障・経済体制の根本が問われる事態です。同盟関係の再定義や、多角的な外交戦略の構築が急務となっています。歴史の教訓を活かし、「力の支配」への回帰を防ぐために何ができるか、一人ひとりが考えるべき局面に来ています。
参考資料:
- トランプ覇権に揺れる世界秩序-「力による支配」を正当化する時代(Bloomberg)
- トランプ米政権、66の国際機関からの脱退を表明(Bloomberg)
- 「ヤルタ2.0」か、それとも戦争か…トランプのアメリカが壊す戦後秩序の先に起こりうる「三つのシナリオ」(現代ビジネス)
- トランプ政権「力の支配」で変容するパワー・バランス概念(第一生命経済研究所)
- トランプが覆す国際秩序、80年の時を超えて蘇る「ヤルタモーメント」(JBpress)
- トランプが新たな世界分割支配を模索?欧米メディアが懸念する米露中「ヤルタ2.0」(JBpress)
- トランプ氏はなぜいま、領土拡張を主張するのか?(JBpress)
- トランプ米政権、66の国際機関からの脱退を表明(JETRO)
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