日米レアアース協力を加速、経済安保の新段階へ
はじめに
2026年2月14日、茂木敏充外相はドイツ・ミュンヘンで開催中のミュンヘン安全保障会議に合わせ、ルビオ米国務長官と約30分間の会談を行いました。両外相は重要鉱物やレアアース(希土類)を含む経済安全保障の取り組みを推進することで一致しています。
この会談の背景には、2026年1月に中国が発動した対日レアアース輸出規制があります。レアアースの安定供給は、半導体、EV、防衛産業など日本の基幹産業にとって死活的な問題です。本記事では、日米のレアアース協力の現状と、中国依存脱却に向けた多国間連携の全容を解説します。
中国の対日輸出規制がもたらした衝撃
突然の禁輸措置
2026年1月6日、中国商務部は軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出を即日禁止する措置を発表しました。台湾問題に関する日本の姿勢を問題視したとされるこの措置は、レアアースを含む戦略物資の供給に大きな影響を及ぼしています。
レアアースの価格は各品目で最高値を更新し、医療機器やEV向けの需要に対して供給不安が広がっています。野村総合研究所の試算によれば、レアアース輸入の3カ月間停止による経済損失は約6,600億円、1年間では2.6兆円に達する見通しです。
依存度は低下したが十分ではない
日本は2010年の「レアアースショック」以降、調達先の分散化を進めてきました。対中輸入依存度は2010年の約9割から2024年には約7割まで低下しています。しかし、依然として中国への依存度は高く、今回の規制発動は日本の経済安全保障の構造的脆弱性を改めて浮き彫りにしました。
自動車メーカーでは納期遅延が発生し、家電・電子機器の供給にも制約が出始めています。2010年の規制時を上回る規模の価格高騰が現実味を帯びており、産業界全体にサプライチェーンの再構築を迫る事態となっています。
日米の重要鉱物協力の枠組み
日米枠組み協定の締結
2025年10月、トランプ大統領と高市首相は日米首脳会談において「重要鉱物およびレアアースの供給確保のための日米枠組み」に署名しました。この協定は閣僚級協議を立ち上げ、レアアースの採掘や製錬・加工に両国が資金を投入するプロジェクトを選定するものです。
中国に依存しない供給網づくりを急ぐという明確な目的のもと、日米両国が戦略的に連携する体制が整いました。今回のミュンヘンでの外相会談は、この枠組みの実施を確認し、さらに推進する意義を持っています。
南鳥島レアアース開発の進展
日米協力の象徴的なプロジェクトが、南鳥島沖のレアアース泥開発です。2026年1月から2月にかけて、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の地球深部探査船「ちきゅう」が南鳥島EEZ海域の水深約6,000メートルの海底からレアアース泥の引き揚げに成功しました。
世界でも前例のないこの試みは、日本国内でのレアアース自給という長年の課題に道を開くものです。内閣府は今回の成果をもとに、2028年度以降の産業化に向けて採算性の検証や精製技術の開発を進める方針です。高市首相も南鳥島のレアアース開発に強い意欲を示しており、日米協力の枠組みの中で技術共有や共同探査が進展しています。
55カ国が参加する多国間連携
米国主導の「重要鉱物貿易圏」構想
2026年2月4日、トランプ政権は重要鉱物の供給網強化に向け、日本やEU加盟国など55カ国が参加する閣僚級会合を開催しました。この会合でバンス副大統領は、重要鉱物に最低価格を設定した「貿易圏」を構築する構想を発表しています。
最低価格制の狙いは明確です。中国が安価なレアアースを市場に大量供給することで競合国の生産者を駆逐してきた「ダンピング戦略」に対抗するものです。生産の各段階で参考価格を設定し、それを最低価格として機能させることで、中国製品の価格優位を排除する仕組みです。
日米欧の共同声明
会合に合わせ、米国・EU・日本は共同プレスステートメントを発出しました。この声明では、30日以内にEUとの間で重要鉱物サプライチェーン強化に関する覚書を締結することや、日米欧で重要鉱物貿易に関する行動計画を策定すること、有志国との多国間貿易イニシアチブを検討することが盛り込まれています。
ルビオ国務長官は「重要鉱物が地政学での交渉材料として利用される恐れがある」と述べ、中国依存の脱却による経済安全保障の強化を訴えています。今回のミュンヘンでの茂木外相との会談は、こうした多国間連携を日米二国間レベルで確認・推進する場となりました。
ミュンヘン会談のその他の成果
安全保障・同盟強化
茂木外相とルビオ国務長官の会談は、経済安全保障だけでなく幅広い安全保障分野にも及びました。両外相は日米同盟の抑止力・対処力をさらに強化する方策で一致したほか、中国をめぐる諸課題や北朝鮮の核・ミサイル問題、拉致問題についても意見交換を行っています。
ルビオ国務長官からは日米同盟に対する米国の揺るぎないコミットメントが改めて示されました。両外相は高市首相の訪米に向けた調整を緊密に進め、日米同盟の姿を改めて示す機会とすることでも合意しています。
日米関税合意の実施確認
経済分野では、日米関税合意の着実な実施も確認されました。2025年に成立した関税合意は、日米貿易における不確実性を大幅に低減するものであり、企業業績の安定に寄与しています。
注意点・展望
課題は実効性の確保
55カ国規模の多国間連携は画期的ですが、最低価格制の実効性には課題も残ります。参加国間での価格設定の合意形成や、規制の遵守を監視する仕組みの構築が必要です。また、中国が報復措置を強化するリスクも無視できません。
南鳥島のレアアース泥開発も、産業化までには採算性の確保や精製技術の確立など、まだ多くのハードルが存在します。2028年度の産業化目標に向けて、技術開発と投資の加速が求められます。
今後の注目ポイント
短期的には、高市首相の訪米が最大の焦点です。日米首脳レベルでレアアース協力の具体化がさらに進む可能性があります。中長期的には、南鳥島の試掘成果の分析結果と、55カ国貿易圏の制度設計の進展が注目されます。
まとめ
茂木外相とルビオ国務長官のミュンヘン会談は、日米のレアアース・重要鉱物協力が新たな段階に入ったことを示しています。中国の対日輸出規制という「危機」が、日米欧55カ国による多国間連携の「機会」へと転じつつあります。
レアアースの安定供給確保は、半導体、EV、防衛など日本の主要産業の競争力を左右する根幹的な課題です。南鳥島での国産資源開発と、国際的な供給網の構築という二つの戦略を同時に推進することが、日本の経済安全保障を強化する鍵となります。
参考資料:
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