鹿島建設がCESでスピーカー出展、音楽ホール技術を家庭に

by nicoxz

はじめに

2026年1月、世界最大級のテクノロジー見本市「CES 2026」で、意外な企業が注目を集めています。日本の大手ゼネコン・鹿島建設が出展した家庭用スピーカー「OPSODIS 1(オプソーディス1)」です。会場には米国の伝説的歌手スティービー・ワンダー氏も姿を現し、鹿島ブースに立ち寄るという一幕もありました。

建設会社がなぜスピーカーを開発するのか。その答えは、鹿島が長年培ってきたコンサートホールの音響設計技術にあります。サントリーホールやヤマハホールなど、数々の名門音楽施設を手がけてきた同社の技術が、小型スピーカーという形で家庭に届こうとしています。本記事では、OPSODIS 1の革新的な技術と、鹿島の異業種参入戦略について解説します。

鹿島建設とコンサートホール建設

音響設計の実績

鹿島建設は建設業界の大手として知られていますが、実は音響分野でも豊富な実績を持っています。サントリーホール、ヤマハホール、Zepp Osaka Bayside、Zepp Hanedaなど、日本を代表する音楽施設の建設を手がけてきました。

これらの建築プロジェクトでは、単に建物を造るだけでなく、内部の音響空間を最適化することが求められます。鹿島は音響解析シミュレーターを活用し、設計段階から「良い音響空間」を実現するための研究を重ねてきました。

音響シミュレーション技術

特筆すべきは、完成前の建物の音響を予測・体験できる技術です。鹿島は図面段階で、完成後の音をコンピューターでシミュレーションし、クライアントに実際に聴いて確認してもらう手法を確立しています。この「可聴化」技術により、建設前に音響品質を評価し、合意形成を図ることが可能になりました。

この技術開発の過程で生まれたのが、今回のスピーカーに搭載されている「OPSODIS(オプソーディス)」技術です。

OPSODIS技術とは:革新的な立体音響

技術の起源と開発経緯

OPSODISは「Optimal Source Distribution(最適音源配置)」の略称です。この技術の最初の発明は1996年に遡ります。鹿島技術研究所の研究者がOPSODIS理論を考案し、その後、英国サウサンプトン大学のフィリップ・ネルソン教授と共同で技術を洗練させました。現在、日米欧で特許として登録されています。

当初の目的は、コンサートホールの音響シミュレーション結果を正確にスピーカーで再現することでした。音楽ホールの音をクライアントに聴いてもらうためには、スピーカーから出る音が実際のホールの音響を忠実に再現できなければなりません。この要求に応えるために開発された技術が、家庭用製品として花開くことになったのです。

従来技術との違い

立体音響を実現する技術として「クロストーク・キャンセル」は以前から存在していました。しかし、従来の方法には副作用がありました。左右の耳に届く音の時間差などにより、不自然な聴こえ方になることがあったのです。

OPSODISは全く異なるアプローチでこの問題を解決しています。例えば、左耳だけに音を届けたい場合、左スピーカーから聞かせたい音の半分を出力し、右スピーカーからは残り半分の音を位相を90度ずらして出力します。すると、左耳では両方の音が同じ方向に重なって増幅され(0.5+0.5=1)、右耳では位相が180度ずれてキャンセルされる(0.5-0.5=0)状態が実現します。

全周波数帯での実現

この原理を全ての周波数帯で、同じ視聴位置において実現することがOPSODIS技術の核心です。そのために、スピーカーユニットをツイーター、ミッド、ウーファーの3種類ずつ、計6個で構成し、帯域分割して音を出します。

帯域分割してユニットの位置を最適化し音を出すことが重要な要素技術であることから、「Optimal Source Distribution(最適音源配置)」という名称が付けられました。

OPSODIS 1の製品特徴

ハードウェア構成

OPSODIS 1は、デスクトップにも設置しやすいコンパクトサイズの立体音響スピーカーです。本体には6個のスピーカーユニットと、各スピーカー専用のデジタルアンプ計6基を搭載しています。

高性能浮動小数点DSP(デジタル信号処理プロセッサ)によるチャンネルデバイダーを内蔵し、高精度な帯域分割を実現しています。全段デジタル信号処理のため、信号劣化が起きないのも特徴です。製品両サイドには低音用のパッシブラジエーターを2基搭載し、コンパクトながらパワフルな低音再生を可能にしています。

カラーと価格

カラーバリエーションはブラックとシルバーの2色展開です。価格は13万2,000円(税込)で、2026年春の発売を予定しています。

聴こえ方の特徴

OPSODIS技術を使えば、スピーカーでもヘッドホンと同様に、バイノーラル録音やASMR(自律感覚絶頂反応)コンテンツを高い臨場感で楽しむことができます。さらに、ヘッドホン特有の「頭内定位」(音が頭の中で鳴っているような感覚)を感じることなく、広がりのある音場を体験できます。

1台のスピーカーを前方に置くだけで、360度の立体音響を実現するというのは、従来の常識を覆すものです。マルチスピーカーシステムを構築する必要がなく、設置の手軽さも大きな魅力となっています。

クラウドファンディングでの成功

国内記録を更新

OPSODIS 1は2024年6月からクラウドファンディングプラットフォーム「GREEN FUNDING」で販売を開始しました。その反響は予想をはるかに超えるものでした。

2025年には、単独の日本国内企業による製品開発プロジェクトとして、クラウドファンディング史上最高金額となる約9.2億円を達成しました。支援者数は約1万2,700人に上ります。建設会社が開発したスピーカーという意外性と、実際に試聴した人々からの高評価が口コミで広がった結果です。

プロジェクト延長

当初の予定を超える反響を受け、プロジェクト期間は2025年6月30日まで延長されました。2025年6月初旬の時点で支援金額は8.4億円を突破し、支援人数は1万1,650人を記録していました。

専門家の評価

オーディオ評論家の麻倉怜士氏は「小型&シンプルなワンバースピーカーで、ここまでの立体感が再現できるのか」と驚きを表明しています。椎名林檎のライブ映像のバイノーラル音声を試聴した際にも「エンジニアお墨付きの臨場感」と高く評価されています。

CES 2026出展の意義

グローバル展開への第一歩

CES 2026への出展は、鹿島がグローバルなオーディオ市場に本格参入する第一歩となります。同社は音楽ホールの建設や音響分野の研究で長年培ってきた独自技術を、世界のスピーカー市場に問うことになります。

CES出展を契機に、OPSODIS 1のグローバル展開を目指しており、海外向けクラウドファンディングでの出品も予定しています。

来場者の反応

CES会場での反応は上々のようです。米国時間1月6日には、複数の付き人を従えた米国の伝説的歌手スティービー・ワンダー氏が鹿島ブースに立ち寄り、製品を体験したとの報道もあります。視覚に障がいを持つワンダー氏が音響製品に関心を示したことは、OPSODIS 1の音質に対する信頼の証ともいえるでしょう。

建設会社の異業種参入という挑戦

なぜ鹿島がスピーカーを作るのか

建設会社がコンシューマー向けオーディオ製品を開発するというのは、一見すると奇異に映るかもしれません。しかし、鹿島の場合は必然的な流れでもあります。

音響シミュレーション技術の開発過程で生まれたOPSODIS技術は、本来は業務用途のものでした。しかし、その技術の汎用性に気づいた開発チームは、一般消費者向け製品への応用を検討し始めました。30年近い研究開発の蓄積があってこそ、実現した製品といえます。

異業種参入のトレンド

近年、異業種からの参入で業界構造が大きく変わる事例が増えています。2017年に発売されたスマートスピーカー市場では、従来の家電メーカーではなく、Google、Amazon、Appleといったテック企業が主役となりました。

鹿島の挑戦は、「技術の本質的な価値は業界の垣根を越える」ことを示す好例です。コンサートホールの音響設計という専門領域で培われた技術が、家庭用スピーカーという全く異なる形で花開いています。

注意点・今後の展望

購入を検討する際の注意点

OPSODIS 1は革新的な製品ですが、購入を検討する際にはいくつかの点に留意が必要です。

まず、価格が13万2,000円と、一般的なBluetoothスピーカーと比べると高価格帯に位置します。立体音響という付加価値に対してどれだけの価値を見出すかは、個人の判断になります。

また、OPSODIS技術の効果を最大限に発揮するためには、適切な設置位置が重要です。視聴者の正面にスピーカーを配置し、一定の距離を保つ必要があります。

競合製品との比較

立体音響を謳う製品は他にも存在します。ソニーの360 Reality Audioやドルビーアトモス対応スピーカーなどが競合となります。ただし、OPSODIS 1は1台で完結するという点で差別化されています。

今後の製品展開

鹿島がOPSODIS技術を搭載した製品ラインナップを拡大するかどうかは注目点です。より大型の製品や、異なる価格帯の製品が登場する可能性もあります。また、他の音響機器メーカーへの技術ライセンスという展開も考えられます。

まとめ

鹿島建設がCES 2026で出展したスピーカー「OPSODIS 1」は、建設会社の異業種参入として注目を集めています。サントリーホールなどの音響設計で培った技術を、家庭用製品として結実させたこの挑戦は、日本のモノづくりの底力を示すものです。

クラウドファンディングで約9.2億円を集めた実績は、製品への期待の高さを物語っています。CES会場でスティービー・ワンダー氏が立ち寄るなど、海外からの関心も高まっています。

13万2,000円という価格は決して安くはありませんが、1台で360度の立体音響を実現するという革新性には、相応の価値があります。2026年春の発売に向け、音楽ファンやオーディオマニアからの注目が続きそうです。

参考資料:

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