マールアラーゴ合意とは何か、ドル高是正の行方を読む
はじめに
外国為替市場でドルに下落圧力がかかる中、「マールアラーゴ合意」への思惑が再燃しています。米インターコンチネンタル取引所(ICE)のドル指数(DXY)は2025年9月以来の安値圏に沈み、米政府が円安・ドル高是正に主体的に関与する可能性が取り沙汰されています。
マールアラーゴ合意とは、トランプ政権の経済政策ブレーンが提唱したドル高是正のための新たな多国間通貨協調構想です。1985年のプラザ合意以来の大規模な国際通貨協調の可能性を秘めた構想として、金融市場の注目を集めています。
本記事では、マールアラーゴ合意の内容と背景、40年前のプラザ合意との比較、そして日本経済への影響可能性について解説します。
マールアラーゴ合意とは
構想の提唱者と名称の由来
マールアラーゴ合意は、米国の資産運用会社ストラテジストのスティーブン・ミラン氏が2024年11月に発表した論文「グローバル貿易システム再構築のためのユーザーガイド」の中で示されました。ミラン氏はその後、トランプ政権で大統領経済諮問委員会(CEA)委員長に就任しています。
「マールアラーゴ」という名称は、フロリダ州パームビーチにあるトランプ大統領の私邸にちなんでアナリストの間で定着しました。プラザ合意がニューヨークのプラザホテルで締結されたことになぞらえた呼称です。
構想の3つの柱
マールアラーゴ合意の目的は主に3つあります。第一に、貿易不均衡の是正です。米国に製造業と雇用を呼び戻すため、ドル安への誘導を目指します。
第二に、安全保障負担の分散です。米国が提供する「安全保障の傘」のコストを同盟国と分担することを求めます。
第三に、債務の持続可能性です。膨張する米国の公的債務問題の解決を図ります。具体的には、同盟国が保有する米国債を超長期の100年債に交換させるなどの案が含まれています。
通貨・通商・安全保障の一体運用
この構想の最大の特徴は、通貨・通商・安全保障政策の一体運用にあります。従来は別個に議論されてきたこれらの分野を統合し、関税政策とドル安政策を「対の政策」として位置づけています。
ミラン氏にとって、関税の引き上げとドル安誘導は、いずれも米国の国際競争力を回復し、貿易赤字を解消させるための手段です。そして21世紀のプラザ合意となるのが「マールアラーゴ合意」だとしています。
プラザ合意(1985年)との比較
プラザ合意の概要
プラザ合意とは、1985年9月22日にニューヨークのプラザホテルで行われたG5(先進5か国蔵相・中央銀行総裁会議)での米ドル高是正を目的とした協調行動に関する合意です。
具体的には「基軸通貨であるドルに対して、参加各国の通貨を一律10〜12%幅で切り上げ、そのための方法として協調介入を行う」というものでした。当時、米国は「双子の赤字」(財政赤字と貿易赤字)が拡大し、世界最大の債務国となっていました。
劇的な為替変動
プラザ合意発表翌日の1日24時間で、ドル円レートは1ドル235円から約20円下落しました。市場の動きは加速し、1年後には150円台、1987年には120円台まで円高が進行。円の価値はこの間、ほぼ2倍に上昇しました。
ドル安が進行しすぎたため、1987年2月には「ルーブル合意」が成立し、ドル安の歯止めが図られました。
類似点と相違点
両者には共通点があります。米国の貿易赤字解消を目的としていること、ドル安誘導を手段としていること、多国間協調を前提としていることなどです。
一方で大きな違いもあります。プラザ合意が純粋に経済・通貨政策の枠組みだったのに対し、マールアラーゴ合意は安全保障と関税政策を一体的に組み込んでいます。みずほ銀行の分析によれば、この構想は「脅迫めいた関税政策と安全保障政策がセットで必要になる建付け」だと指摘されています。
日本経済への影響可能性
プラザ合意後の日本
プラザ合意は日本経済に甚大な影響を与えました。急激な円高により輸出産業は競争力を失い、「円高不況」が深刻化しました。
不況対策として日本銀行は低金利政策を継続しましたが、これが過剰流動性を招き、不動産・株式などの資産価格が高騰する「バブル経済」へとつながりました。その後のバブル崩壊は「失われた10年」、さらには「失われた30年」と呼ばれる長期経済停滞の起点になったとする見解もあります。
マールアラーゴ合意が実現した場合
もしマールアラーゴ合意が実現すれば、日本は再び急激な円高に直面する可能性があります。輸出企業の収益悪化、製造業の海外移転加速、株式市場への悪影響などが懸念されます。
加えて、安全保障コストの分担要求や米国債の超長期債への交換要請など、プラザ合意時にはなかった負担が求められる可能性もあります。
2025年以降の動向
2025年9月には、日米間で5,500億ドル規模の投資基金設立が合意されるなど、この構想が現実化に向けて動き出している兆候も見られます。ただし、構想の全面的な実現には多くの障壁があり、各国の利害調整は容易ではありません。
構想実現への課題
国際的な合意形成の困難
マールアラーゴ合意の実現には、複数の国の協力が不可欠です。しかし、100年債への交換や一方的なドル安誘導は、関係国にとって不利益を伴う内容です。強圧的な関税政策や安全保障上の圧力なしには、各国の同意を得ることは困難と見られています。
また、1985年当時と比較して、現在は各国の経済的相互依存が深化しており、一方的なドル安誘導が世界経済に与える影響は計り知れません。
市場への影響
構想の実現可能性は不透明ですが、その「思惑」自体が為替市場に影響を与えています。マールアラーゴ合意が現実になるかもしれないという観測だけで、ドル売りの材料となり、円高・ドル安圧力を生んでいます。
投資家や企業にとっては、構想の進捗を注視しつつ、為替変動リスクへの備えを強化することが重要です。
今後の展望と注意点
日銀の金融政策との関連
為替相場は日米の金利差によっても大きく左右されます。日銀の利上げ継続と米FRBの利下げ観測が強まれば、金利差縮小を通じて円高・ドル安が進む可能性があります。
マールアラーゴ合意という政策的要因に加え、こうした金融政策の方向性も為替動向を左右する重要なファクターです。
企業・投資家への示唆
輸出企業は為替ヘッジの強化を検討すべきでしょう。また、円高が進めば輸入コストの低下というメリットもあるため、業種によって影響は異なります。
個人投資家にとっては、外貨建て資産の為替リスクを再認識し、ポートフォリオ全体のリスク管理を見直す機会となるかもしれません。
まとめ
マールアラーゴ合意は、トランプ政権下で注目されるドル高是正構想です。1985年のプラザ合意を参考にしつつ、安全保障や関税政策を一体化させた包括的な枠組みとなっています。
プラザ合意が日本経済にバブルと長期停滞をもたらしたことを考えると、マールアラーゴ合意の動向は軽視できません。ただし、構想の実現には多くの障壁があり、現時点では「思惑」の段階にとどまっています。
為替市場は今後も不透明な状況が続く可能性があります。政策動向を注視しながら、為替変動リスクへの備えを怠らないことが重要です。
参考資料:
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