Research

Research

by nicoxz

NY新市長マムダニ氏の「家賃凍結」政策:賛否分かれる住宅危機への処方箋

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

2026年1月1日、ニューヨーク市に新たな市長が誕生しました。ゾーラン・マムダニ氏です。弱冠30代で市長に就任したマムダニ氏は、ニューヨーク市史上最年少(1892年以降)であり、インド系アメリカ人、そしてムスリムとして初めての市長でもあります。

彼の当選を決定づけたのは、看板公約である「家賃凍結(Rent Freeze)」でした。約100万戸の家賃安定化住宅(rent-stabilized apartments)の賃料を凍結するというこの政策は、物価上昇に苦しむニューヨーカーの心をつかみました。しかし、大家や不動産業界からは、経営を圧迫し住宅市場を悪化させるとの懸念が相次いでいます。

この記事では、マムダニ市長の家賃凍結政策の内容と背景、そして賛否両論の声を詳しく解説します。

マムダニ市長とは:民主社会主義者のビジョン

経歴と政治的立場

ゾーラン・マムダニ氏は、民主社会主義者(democratic socialist)を自認する政治家です。2016年のバーニー・サンダース大統領選挙キャンペーンに触発され、政治の道に進みました。

就任演説では「民主社会主義者として選ばれ、民主社会主義者として統治する」と宣言し、既存の政治体制を批判しました。彼の政治モデルには、20世紀アメリカの「下水道社会主義者(sewer socialists)」や、フィオレロ・ラガーディア元NY市長、ミシェル・ウー・ボストン市長、ブランドン・スコット・ボルチモア市長などが含まれます。

主要政策プラットフォーム

マムダニ市長の政策は、「公平性と手頃な価格(affordability)」を中心に据えています。

  • 住宅政策: 家賃凍結、強力な賃貸規制、テナント保護、社会住宅開発公社による20万戸の手頃な住宅建設
  • 公共交通: 市営バスの完全無料化、バス専用レーンの拡充
  • 最低賃金: 2030年までに時給30ドルへ引き上げ
  • 税制: 法人税率をニュージャージー州と同じ11.5%に引き上げ(50億ドルの増収見込み)、年収100万ドル超への増税
  • 社会保障: ユニバーサル公立保育、単一支払者医療制度(New York Health Act)の支援、すべての新生児家庭への「ベビーバスケット」提供

マムダニ氏は「住宅は商業的商品ではなく公共の利益である」との信念を持ち、従来の市場中心の住宅政策からの転換を目指しています。

「家賃凍結」政策の詳細:約100万戸が対象

政策の概要

家賃凍結は、ニューヨーク市内の約100万戸の家賃安定化住宅を対象としています。これは市内の賃貸住宅全体のほぼ半数に相当します。

家賃安定化住宅とは、ニューヨーク市が1969年から導入している制度で、賃料上昇率に上限を設ける規制です。家賃安定化住宅の賃料上昇率は、毎年「家賃ガイドライン委員会(Rent Guidelines Board、RGB)」が決定します。

マムダニ市長は、このRGBのメンバーを指名する権限を持っており、家賃上昇率を0%に設定することで「凍結」を実現します。

実施時期

マムダニ氏は就任初日に3つの住宅関連大統領令を発表し、テナント保護を強化しました。また、テナント擁護者であるシー・ウィーバー氏を「市長テナント保護室(Mayor’s Office to Protect Tenants)」のディレクターに任命しています。

家賃凍結は、2026年秋(遅くとも2026年10月1日)から2027年9月30日までの期間で実施される見込みです。これは、ビル・デブラシオ前市長が2015年、2016年、2020年に実施して以来の凍結となります。

過去の凍結実績

デブラシオ市長時代の凍結により、家賃安定化住宅の賃料は2013年から2023年の間に12%未満の上昇にとどまりました。一方、同期間の消費者物価指数(CPI)は27%以上上昇しており、実質的に賃料が抑制されたことがわかります。

ニューヨーク市の住宅危機:深刻化する空室不足

歴史的低水準の空室率

ニューヨーク市の賃貸住宅空室率は、2026年時点で1.4%と、1968年以来の最低水準です。健全な賃貸市場では5%程度の空室率が必要とされますが、ニューヨークはその3分の1以下の状態が続いています。

ニューヨーク市議会は、空室率が5%未満の場合に「住宅緊急事態」と認定し、家賃安定化法を継続できる仕組みを設けています。現在の1.4%という数字は、この基準を大きく下回っており、深刻な住宅不足を示しています。

住宅供給の遅れ

2010年から2023年の間、ニューヨーク市の住宅供給は4%増加したのに対し、雇用は22%増加しました。この需給ギャップが、賃料高騰と空室不足を招いています。

2024年のマッキンゼー・アンド・カンパニーの分析では、ニューヨーク広域圏で54万戸の住宅が不足していると試算されています。市が今後10年間で真に危機に対処するには、約50万戸の新規住宅が必要とされています。

賃料高騰の実態

マンハッタンの賃料中央値は、2026年に月5,000ドル(約75万円)を超えると予想されており、2025年11月の4,750ドルから5%上昇する見込みです。

低所得者層の90%近くが「深刻な家賃負担(severely rent burdened)」状態にあり、収入の多くを家賃に費やしています。この状況が、マムダニ氏の家賃凍結公約への強い支持につながりました。

賛否両論:家賃凍結をめぐる市民の分断

支持派の声:経済的負担の軽減を期待

家賃凍結を支持する市民は、物価上昇に苦しむ一般層が中心です。ある市民は「マムダニの就任で経済的な負担が減ることを望むよ。家賃凍結が実現されれば、3〜4年で数千ドルの節約になる」と期待を語っています。

研究によれば、31の研究のうち25が、賃料規制が対象住宅の賃料を下げる効果があることを示しています。短期的には、テナントの家計負担が確実に軽減されます。

テナント擁護団体「Housing Justice for All」は、家賃凍結を「住宅を公共の利益として扱う第一歩」と評価し、長年の運動が実を結んだと歓迎しています。

反対派の声:不動産市場の悪化を懸念

一方、大家や不動産業界の専門家からは、深刻な懸念の声が上がっています。

小規模大家への影響: 多くの小規模大家は、資産の全てを1〜2棟の建物に投じています。運営コストが上昇しても収入が固定されれば、経営は成り立ちません。

2024年4月から2025年3月の間、家賃安定化住宅の運営コストは6.3%上昇しました。内訳を見ると、固定資産税(総支出の29%)が3.9%上昇し、保険料は2019年から2025年の間に150%も急騰しています。

建物の経営破綻リスク: 独立系住宅専門家の調査によれば、約20万戸の家賃安定化住宅が「機能的に破綻している建物」に入っています。コロンビア・ビジネス・スクールの報告書では、4年間の家賃凍結により、ブロンクスの平均的な建物の経営が破綻すると試算されています。

同報告書のモデルでは、純営業利益(NOI)が構造的に減少し、16〜17年以内にマイナスに転じるシナリオが示されています。

建物の劣化: 家賃安定化住宅の割合が高い建物では、住宅コード違反が2021年から2025年の間に47%増加しました。暖房や給湯の不備、カビ、水漏れ、配管の故障が多発しており、大家が修繕費を捻出できないことが原因です。

市場賃料への影響: 大家は、固定資産税や保険料の高騰分を市場賃料住宅に転嫁します。特に、規制住宅と市場賃料住宅の両方を含む建物では、この影響が顕著です。

フォックスニュースの論評では「マムダニのテナント第一の十字軍は、ニューヨークに大家のためのオフィスが必要な理由を示している」と批判し、一方的な政策のバランスの悪さを指摘しています。

注意点・展望:長期的な影響と課題

家賃凍結の「逆説」

家賃凍結には、逆説的な問題があります。短期的にはテナントの負担を軽減しますが、長期的には住宅供給を減少させ、賃料をさらに押し上げる可能性があるのです。

規制が厳しくなると、デベロッパーや投資家は新規建設を控えます。既存の大家も、経営が成り立たなくなれば建物を手放すか、賃貸から撤退します。その結果、住宅供給がさらに減少し、規制対象外の市場賃料が高騰します。

専門家の間では「規制強化が、より深刻な手頃な価格危機を招く:利用可能な住宅の減少、賃料の上昇、格差の拡大」との見方が広がっています。

政策の持続可能性

マムダニ市長の政策には、財源の持続可能性への疑問もあります。法人税引き上げで50億ドルの増収を見込んでいますが、企業の流出や経済活動の減少により、期待通りの税収が得られない可能性があります。

また、家賃凍結により市の固定資産税収入も減少する恐れがあります。建物の評価額が下がれば、税収も減るためです。

求められるバランス

多くの専門家は、家賃凍結だけでは住宅危機を解決できないと指摘します。必要なのは、テナント保護と住宅供給促進のバランスです。

供給拡大策:

  • 新規建設の促進(ゾーニング規制の緩和、建設許可の迅速化)
  • 市有地の活用(マムダニ市長は今後10年で市有地に25,000戸の建設を目標)
  • 社会住宅開発公社による20万戸の手頃な住宅建設

テナント保護:

  • 家賃安定化制度の維持
  • 立ち退き防止措置の強化
  • 低所得者向けの家賃補助

大家支援:

  • 小規模大家への税制優遇
  • 修繕費用の補助
  • 保険料高騰への対策

他都市への影響

ニューヨークの実験は、全米の住宅危機に直面する都市に影響を与える可能性があります。サンフランシスコ、ロサンゼルス、ボストンなど、高賃料に苦しむ都市では、同様の政策を求める声が高まっています。

一方で、経済学者の多くは賃料規制に懐疑的です。自由市場を重視する「インディペンデント・インスティテュート」は「賃料規制は不足と劣化のための政策レシピだ」と警告しています。

まとめ

ゾーラン・マムダニ新市長の「家賃凍結」政策は、ニューヨーク市の深刻な住宅危機に対する大胆な処方箋です。約100万戸の家賃安定化住宅を対象とするこの政策は、物価上昇に苦しむ市民から強い支持を得ています。

しかし、大家や不動産業界は、経営破綻、建物劣化、住宅供給減少といった深刻な影響を懸念しています。実際、過去の凍結後も賃料規制住宅では修繕遅延が増加し、市場賃料住宅への負担転嫁も起きています。

家賃凍結は短期的な痛み止めとしては有効かもしれませんが、根本的な治療には住宅供給の大幅な拡大が不可欠です。マムダニ市長が掲げる20万戸の手頃な住宅建設と市有地活用が、どこまで実現できるかが鍵となります。

ニューヨーカーは今、テナント保護と市場の健全性、短期的救済と長期的解決という難しいバランスを問われています。マムダニ市長の実験は、アメリカの都市住宅政策の未来を占う試金石となるでしょう。

参考資料:

関連記事

最新ニュース