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by nicoxz

NY新市長マムダニ氏の家賃凍結政策の実現可能性

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はじめに

2026年1月1日、ニューヨーク市の新市長にゾーラン・マムダニ氏が就任しました。民主社会主義者(Democratic Socialists of America)として初のニューヨーク市長となった彼の看板公約の一つが「家賃凍結」政策です。この政策は、家賃規制対象の約100万戸、市内賃貸住宅の約半数に影響を与え、約200万人のニューヨーカーの家賃を凍結することを目指しています。

物価上昇に苦しむ一般市民からは歓迎の声が上がる一方、不動産業界の専門家や大家からは先行きを懸念する声が相次いでいます。しかし、この野心的な政策には大きな障害があります。本記事では、マムダニ市長の家賃凍結政策の内容、ニューヨークの住宅危機の実態、そして政策実現への課題について詳しく解説します。

マムダニ新市長の背景と政策

民主社会主義者としての初の市長

ゾーラン・クワメ・マムダニ氏は1991年10月18日、ウガンダのカンパラで、映画監督のミラ・ナイールとポストコロニアル研究者のマフムード・マムダニの間に生まれました。7歳のとき、南アフリカのケープタウンで3年間過ごした後、家族とともに米国に移住し、ニューヨークに定住しました。2018年に米国市民権を取得しています。

マムダニ氏は2017年にニューヨーク市のDSA(民主社会主義者アメリカ)支部に加入しました。DSAへの参加動機の一部は、彼自身の活動と一致する親パレスチナの立場でした。2019年10月、マムダニ氏はクイーンズのアストリアとロングアイランドシティを含むニューヨーク州議会第36選挙区からの立候補を表明し、2020年に州議会議員に当選しました。

2025年の市長選挙でエリック・アダムス前市長を破り、当選を果たしたマムダニ氏は、2026年1月1日午前0時過ぎ、市庁舎の地下にある廃止された地下鉄駅で宣誓式を行いました。ニューヨーク市初のムスリム市長として、コーランに手を置いて宣誓しています。

就任初日の住宅政策

マムダニ氏は就任式の直後、ニューヨーク市の住宅危機に対処するための3つの新しい住宅関連の大統領令を発表しました。

1. テナント保護市長事務所の再活性化 テナント保護のための市長事務所を復活させ、テナント活動家として知られるシア・ウィーバー氏をディレクターに任命しました。

2. LIFTタスクフォースの創設 LIFT(Land Inventory Fast Track:土地台帳ファストトラック)タスクフォースを設立し、市が所有する土地を活用して住宅開発を加速させます。このタスクフォースは2026年7月1日までに、市が所有する不動産を見直し、住宅開発に適した場所を特定します。

3. SPEEDタスクフォースの創設 SPEED(Streamlining Procedures to Expedite Equitable Development:公平な開発を促進するための手続きの合理化)タスクフォースを設立し、官僚的および許可の障壁を特定して除去します。

家賃凍結政策の内容

マムダニ氏の「ランドマーク政策」と呼ばれる家賃凍結は、家賃規制対象のアパートに適用されます。ニューヨーク市には約100万戸の家賃規制対象アパートがあり、これは市内の賃貸住宅の約半数にあたります。この政策が実現すれば、約200万人のニューヨーカーの家賃が凍結されることになります。

マムダニ氏は選挙戦中、「マムダニの就任で経済的な負担が減ることを望む。家賃凍結が実現されれば、3~4年で数千ドルの節約になる」という有権者の声を集め、物価上昇に苦しむ一般層の市民から多くの支持を得ました。

ニューヨーク市の住宅危機

極端な低空室率と高騰する家賃

ニューヨーク市の住宅危機は深刻な状況にあります。市全体の空室率は2023年に1.4%まで低下し、1968年以来の最低水準となりました。この極端な住宅不足が、家賃高騰の主要因となっています。

具体的な数字を見ると、状況の深刻さが理解できます。マンハッタンの中央値家賃は月5,400ドル(約79万円)を超えており、2026年には5,000ドル以上に達する見込みで、2025年11月の中央値4,750ドルから5%上昇すると予測されています。ブルックリンでも史上初めて中央値家賃が月4,000ドルを超える見込みです。

2025年1月から10月までの間に、ニューヨーク市の募集家賃は4.8%上昇し、早期予測によれば「2026年には家賃がさらに速いペースで上昇する」とされています。過去6年間で家賃は推定29%急騰しており、賃貸市場はますます逼迫しています。

所得に対する過度な家賃負担

ニューヨーク市の典型的な世帯は所得の半分以上を家賃に費やしており、毎晩10万人がホームレスシェルターで眠っています。これは「本格的な手頃な価格の危機」と当局が呼ぶ状況です。

2020年以降、家賃規制対象アパートの経費は22%増加した一方、家賃は約11%しか上昇していません。この乖離が、大家側の経営圧迫と、テナント側の負担増加という二重の問題を生んでいます。

慢性的な住宅供給不足

新規住宅開発の急増にもかかわらず、市は賃貸住宅の慢性的な供給不足を抱え続けています。1.4%の空室率、6%を超える高い住宅ローン金利、強い雇用統計、そして限られた数のアパートを巡って競争する何千人もの新規居住者という環境は、家賃上昇に適した状況です。

手頃な価格の住宅を運営する多くの非営利組織や開発業者は、すでにコストをカバーできないと述べています。マムダニ氏は家賃を凍結し、より手頃な価格の住宅を建設することを約束しましたが、供給側の構造的問題は容易に解決できません。

家賃凍結政策の障害と課題

家賃ガイドライン委員会の権限

マムダニ氏の家賃凍結政策が直面する最大の障害は、ニューヨーク市の家賃ガイドライン委員会(Rent Guidelines Board)の存在です。市長には家賃水準を一方的に決定する権限はなく、代わりに9人のメンバーからなる家賃ガイドライン委員会に任命を行います。

委員会は財務データ、テナントと大家の経験を考慮した上で、年間の家賃引き上げ幅を投票で決定します。委員会は9人のメンバーで構成され、すべて市長が任命します。2人のメンバーはテナントの利益を代表し、2人は所有者の利益を代表し、残りの5人は一般公衆を代表します。

任期のタイムラグ

最大の問題は、マムダニ氏が自身の任命者で委員会の過半数を獲得できるのは、最も早くても2028年1月1日、つまり市長任期の2年後になることです。アダムス前市長の任命者は、マムダニ氏が主張する「今後4年間家賃を据え置く」という要求に懐疑的であると予想され、新市長の任期の最初の2年間は家賃凍結が実現しにくい状況です。

アダムス前市長は退任直前に家賃ガイドライン委員会に4人のメンバーを任命し、マムダニ氏の政策を妨害しようとする動きを見せました。ただし、その後2人の任命者が辞退したため、マムダニ氏は「近日中に」新しい任命を行うと述べています。

政治的反発

家賃ガイドライン委員会の任命プロセスが市長のみに留保されていた現状に対して、市議会が「介入して委員会の任命プロセスにより大きな発言権を得る」可能性についての憶測も生まれています。これが実現すれば、マムダニ氏の権限はさらに制限されることになります。

不動産業界の懸念と歴史的教訓

大家と不動産業界の反発

不動産業界は家賃凍結政策に強く反対しています。業界ロビーは、大家がコスト上昇によって圧迫され、建物のメンテナンスが延期され、空室が増加すると主張しています。

具体的な懸念として、以下の点が指摘されています。

1. 物件状態と管理サービスの低下 所有者が損失を最小限に抑え、不動産所有市場から撤退しようとするため、物件の状態、管理サービス、不動産価値が大幅に低下します。

2. 修繕費用の削減 家賃が低ければ、大家は修繕に充てる収入が少なくなり、ニューヨークやその他の地域で望ましくない住宅ストックが増加する可能性があります。

3. 住宅供給の減少 歴史的な事例として、2019年のサンフランシスコの研究では、家賃規制の拡大により集合住宅の数が15%減少したことが判明しています。一部の大家が失われた利益を取り戻すために、ユニットをコンドミニアムに転換しようとしたためで、これが長期的に家賃を上昇させた可能性があります。

メリーランド州の事例

2024年、メリーランド州モンゴメリー郡が家賃安定化プログラムを実施した後、集合住宅への投資が13%減少しました。この事例は、家賃規制が意図しない結果として投資を抑制し、長期的には住宅不足を悪化させる可能性を示しています。

住宅供給への長期的影響

批評家は、家賃規制が短期的にはテナントを保護するものの、長期的には新規住宅建設のインセンティブを減少させ、住宅不足を悪化させると主張しています。ニューヨーク市は既に慢性的な住宅供給不足に直面しており、家賃凍結がこの問題をさらに深刻化させる可能性があります。

支持者の視点と代替政策の必要性

テナント側の期待

一方、テナント団体と支持者は、マムダニ氏の政策を歓迎しています。物価上昇が続く中、家賃凍結は低所得者や中間層の家計を守る重要な政策と見なされています。

「In These Times」誌は「家賃が高すぎる!家賃凍結の時期か?」という記事で、テナントの視点から政策を支持しています。住宅は基本的人権であり、営利目的で過度に高騰することを防ぐべきだという主張です。

より賢明な家賃規制の必要性

一部の専門家は、単純な家賃凍結ではなく、より洗練された家賃規制の仕組みが必要だと指摘しています。「Vital City」の記事「New York City Needs a Smarter Way to Control Rents(ニューヨーク市には家賃を規制するより賢い方法が必要)」では、インフレ率、大家のコスト、市場状況を考慮したより柔軟な仕組みが提案されています。

供給側の政策との組み合わせ

マムダニ氏自身も、家賃凍結だけでなく、LIFTタスクフォースやSPEEDタスクフォースを通じて住宅供給を増やす政策を同時に推進しています。需要側の保護(家賃凍結)と供給側の拡大(新規住宅建設の促進)を組み合わせることが、持続可能な解決策になると考えられています。

注意点と今後の展望

実現までの長い道のり

ニューヨーク市の賃借人は、マムダニ氏の政策変更の影響を実感するまでに数年待つ可能性があります。家賃ガイドライン委員会の構成を変えるまでに少なくとも2年かかることを考えると、2028年まで家賃凍結は実現しない可能性が高いです。

その間、家賃は上昇を続ける見込みであり、特に2026年は2025年よりも速いペースで上昇すると予測されています。短期的には、マムダニ氏の政策は象徴的な意味を持つものの、実質的な影響は限定的かもしれません。

経済的トレードオフ

家賃規制の強化は、常にトレードオフを伴います。現在のテナントは保護されますが、新規住宅建設のインセンティブが減少し、長期的には住宅不足が悪化する可能性があります。また、大家が物件のメンテナンスを怠る場合、住宅の質が低下するリスクもあります。

マムダニ政権は、これらのトレードオフをどのようにバランスさせるかという難しい課題に直面しています。テナント保護と住宅供給拡大の両方を実現するには、創造的で包括的なアプローチが必要です。

政治的な分断

家賃政策は、ニューヨーク市の政治的分断を深める可能性があります。テナント団体と不動産業界は真っ向から対立しており、双方の利益を調整することは容易ではありません。市議会が委員会の任命プロセスに介入しようとする動きもあり、政治的な対立が激化する可能性があります。

マムダニ氏は民主社会主義者として「すべての建設労働者、ハラルカートの売り手、スパイスを振るう料理人のために統治する」と宣言していますが、不動産所有者の利益も無視できません。包括的な対話と妥協が求められます。

まとめ

2026年1月1日に就任したニューヨーク市のゾーラン・マムダニ新市長は、民主社会主義者として初の市長となり、約200万人の賃借人を対象とした「家賃凍結」政策を掲げています。マンハッタンの中央値家賃が月5,400ドルを超え、空室率が1.4%という深刻な住宅危機の中、この政策は物価上昇に苦しむ市民から歓迎される一方、不動産業界からは強い反発を受けています。

しかし、政策実現には大きな障害があります。市長は家賃を一方的に決定する権限を持たず、9人の家賃ガイドライン委員会が決定します。マムダニ氏が委員会の過半数を自身の任命者で占めるには、最短でも2028年までかかるため、家賃凍結の実現は任期の後半になる可能性が高いです。

不動産業界は、家賃凍結が物件のメンテナンス延期、空室増加、投資減少を招くと懸念しており、メリーランド州やサンフランシスコの事例がその根拠として引用されています。一方、テナント団体は家賃凍結を基本的人権の保護として支持しています。

マムダニ氏は家賃凍結だけでなく、市有地を活用した住宅開発や規制緩和を通じて供給を増やす政策も同時に推進しており、需要側保護と供給側拡大の両面からのアプローチを試みています。しかし、家賃規制のトレードオフ、政治的分断、実現までの時間的制約など、課題は山積しています。ニューヨークの住宅危機に対するマムダニ政権の取り組みは、米国の大都市における住宅政策の今後を占う試金石となるでしょう。

参考資料:

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