グリーンランド問題でNATO分断の危機、ロシアが米欧対立を歓迎
はじめに
2026年1月、トランプ米大統領によるグリーンランド取得発言が、米国と欧州の同盟関係を根底から揺るがしています。デンマークの自治領であるグリーンランドに対し、トランプ大統領は軍事力行使も排除しない姿勢を示し、欧州8カ国に追加関税を課すと表明しました。
この状況をロシアは「大西洋横断同盟の崩壊」と評し、NATO分断を歓迎する姿勢を隠していません。冷戦終結以来、最も深刻とされる大西洋危機の背景と、各国の思惑を解説します。
トランプ大統領のグリーンランド領有戦略
安全保障上の狙い
トランプ大統領がグリーンランド取得に固執する背景には、北極圏における地政学的な戦略があります。グリーンランドは北米と欧州を結ぶ要衝に位置し、ロシアを含む北極圏の軍事バランスに直結する重要な地域です。
同地には米軍のピトゥフィク宇宙基地があり、ロシア本土と北米大陸を最短距離で結ぶ極軌道上でミサイルへの早期警戒機能を担っています。トランプ大統領は「ロシアや中国にグリーンランドを領有させるつもりはない」と述べ、現在の米軍駐留規模では不十分だと主張しています。
関税による圧力
トランプ大統領は2026年1月17日、デンマークやドイツ、フランスなど欧州8カ国からの輸入品に10%の関税を2月1日から課すと発表しました。さらに6月1日からは税率を25%に引き上げるとしています。
対象となるのは、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、フランス、ドイツ、英国、オランダ、フィンランドの8カ国です。いずれもNATO加盟国であり、同盟国に対する関税措置という異例の事態となっています。
軍事力行使も排除せず
ホワイトハウスは、トランプ大統領がグリーンランド獲得のために米軍の軍事力を行使する可能性を排除していないと明らかにしました。「穏便な方法かより強硬な方法かを問わず、何らかの措置を取るつもりだ」というのがトランプ大統領の姿勢です。
ロシアの歓迎姿勢とNATO分断への思惑
「大西洋同盟の崩壊」を祝う声
ロシアは米欧間の亀裂を戦略的好機と捉えています。クレムリンの高官キリル・ドミトリエフ氏は「大西洋横断同盟は終わった」と発言し、トランプ大統領の行動を歓迎する姿勢を示しました。
メドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)は挑発的な発言も行っています。「トランプ氏は急ぐ必要がある。未確認の情報によれば、数日中に住民投票が行われ、グリーンランド人全体がロシアへの併合に投票する可能性がある」と述べました。これは明らかに皮肉を込めた発言であり、米欧の対立を煽る意図が見て取れます。
米国の主張への反論
一方でロシアは、グリーンランドがロシアや中国の脅威にさらされているというNATOの主張については「人為的にヒステリーをあおるための作り話」と批判しています。
ロシア側は「NATO情報機関のブリーフィングにアクセスできる西側諸国の外交官ですら、グリーンランド近海でロシアや中国の潜水艦が近年目撃されていないことを認めている」と指摘しました。フィナンシャル・タイムズも北欧の外交官の言葉を引用し、トランプ氏の主張の根拠は薄弱だと報じています。
ロシアにとっての戦略的意義
ウォール・ストリート・ジャーナルは社説で、トランプ大統領の行動が「ロシア戦略の最も熱望するところ、すなわち西欧を米国から分断しNATO同盟を崩壊させること」を可能にしていると指摘しました。
ロシアにとって、米欧の亀裂は二重の利益をもたらします。第一に、ウクライナ問題をめぐる西側の結束が弱まる可能性があります。第二に、NATOの抑止力の根幹である「同盟国同士は不可侵」という前提が揺らぐことで、ロシアの行動の自由度が増すことが期待できます。
欧州の反発と防衛強化
共同声明による米国牽制
フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、スペイン、英国、デンマークの首脳は2026年1月6日に共同声明を発表しました。「北極圏の安全は欧州の主要優先事項であり、グリーンランドを含むデンマークはNATOの一部だ」と明確に述べ、トランプ大統領を牽制しました。
デンマークの強硬姿勢
デンマークのフレデリクセン首相は「もし米国がNATO加盟国への軍事攻撃を選択すれば、NATOを含め第2次大戦後に築かれた安全保障のすべてが停止する」と警告しています。また、デンマーク国防委員会のヤルロフ委員長は、米国からの攻撃があれば NATO条約第5条(集団防衛条項)を発動すると明言しました。
デンマーク軍は実際にグリーンランド駐留部隊を「大幅に増やす」と発表し、NATO同盟国とともに「北極持久作戦」として軍事増強を進めています。
EUの報復措置検討
欧州連合(EU)は対抗措置の検討に入り、930億ユーロ(約17兆円)規模の報復案を示しました。これはトランプ大統領の関税措置に対する強い反発を示すものです。
グリーンランドの立場
「米国よりデンマークを選ぶ」
グリーンランドのニールセン首相は、「われわれは地政学的危機に直面している。今ここで米国とデンマークのどちらかを選ばなければならないとすれば、デンマークを選ぶ」と明言しました。
グリーンランドは2009年に高度な自治権を獲得し、独立に向けた機運も存在します。しかし、トランプ大統領の強硬姿勢に対しては明確に拒否の姿勢を示しています。
作業部会の設置
バンス米副大統領は1月14日、デンマークのラスムセン外相と会談し、グリーンランドの扱いを話し合う作業部会の設置で合意しました。ただし、ラスムセン外相は米国へのグリーンランド売却については拒否する考えを伝えています。一部報道では、仮に売却となれば1100億ドル(約110兆円)規模になるとの試算もあります。
注意点・展望
歴史的な試みの繰り返し
米国によるグリーンランド取得の試みは今回が初めてではありません。1946年には秘密裏に購入を打診し、デンマークに拒否されています。トランプ大統領も2019年の1期目に購入意向を示しましたが、フレデリクセン首相に「ばかげている」と一蹴されました。
今後の展開
短期的には、2月1日からの関税発動が米欧関係の試金石となります。欧州側が報復措置を発動すれば、米欧貿易戦争に発展する可能性があります。
中長期的には、この問題がNATOの結束に与える影響が注目されます。専門家は「NATOの抑止力は同盟国同士は不可侵という大前提に基づく信頼の上に成立している」と指摘しており、その前提が揺らぐことの影響は計り知れません。
ロシアの動向
ロシアは現時点でグリーンランドの領有権を主張していませんが、米欧の分断を最大限活用しようとしています。ウクライナ情勢との関連も含め、今後の動きを注視する必要があります。
まとめ
グリーンランド問題は、単なる領土問題を超えて、戦後の国際秩序とNATO同盟の根幹を揺るがす危機に発展しています。トランプ大統領の強硬姿勢、欧州の反発、そしてロシアの歓迎という三者の動きが複雑に絡み合っています。
ロシアにとって、この状況は「大西洋同盟の崩壊」という長年の戦略目標に近づく好機です。米欧の亀裂が深まれば、ウクライナ問題を含む様々な局面でロシアの立場が有利になる可能性があります。
今後数カ月の展開が、戦後の国際秩序の行方を大きく左右することになるでしょう。
参考資料:
- Trump announces tariffs on NATO allies for opposing US control of Greenland - ABC News
- Greenland Live: Russia Says Trump Will ‘Go Down in History’ - Newsweek
- Trump’s quest for Greenland could be NATO’s darkest hour - Atlantic Council
- グリーンランド、ロシアに併合選択も - Newsweek日本版
- ロシア、NATOの「グリーンランド脅威論」は作り話と批判 - Newsweek日本版
- 欧州、トランプ氏のグリーンランド発言に反発「NATOが終わる」 - 日本経済新聞
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