社会保障改革、選挙で後回しに:与野党が負担軽減を前面に掲げる背景
はじめに
2026年1月23日に衆議院が解散し、事実上の選挙戦が始まりました。与野党は消費税減税と並び、医療や介護などの社会保険料の負担軽減をこぞって打ち出しています。
一方で、支払い能力のある高齢者の負担引き上げなど、抜本的な改革は影をひそめています。目先の「痛み」を避ける対症療法に終始すれば、社会保障制度の持続はおぼつかないという懸念の声も上がっています。
この記事では、選挙における社会保障政策の争点と、先送りされている本質的な改革課題について解説します。
選挙で前面に出る「負担軽減」
高市首相の所信表明
高市早苗首相は1月19日の記者会見で、「社会保険料の逆進性に苦しむ中所得・低所得層の手取りを増やせる政策だ」と述べ、所得税減税と給付を組み合わせた政策をアピールしました。
物価高に苦しむ有権者への対策として、「手取りを増やす」という方向性は与野党ともに共通しています。
各党の社会保険料に関する公約
今回の選挙では、社会保険料の引き下げを公約に掲げる政党が目立ちます。
日本維新の会:
- 社会保険料を現役世代1人あたり年6万円削減
- 財源として病床削減、OTC類似薬の保険適用除外など
- 吉村代表「社会保険料の負担があまりに大きすぎる。生活はもたない」
国民民主党:
- 後期高齢者医療制度の窓口負担を原則2割に
- 現役世代の社会保険料引き下げ
- 玉木代表「現役世代から豊かになろう」
日本共産党:
- 公費1兆円投入で国民健康保険料を引き下げ
- 窓口負担の軽減
- 中小企業の社会保険料の猶予・軽減制度整備
れいわ新選組:
- 社会保険料の減免や年金引き上げで購買力向上
- 山本代表「社会保険料の減免や年金引き上げなどで購買力を上げる」
参政党:
- 減税と社会保険料削減で給料の3分の2を手取りに
- 消費税の段階的廃止
与党・自民党の立場
自民党は消費税について「社会保障の安定した財源」として現在の10%を維持する姿勢です。電気・ガス代の補助や直接的な給付金で家計を支える方針を打ち出しています。
後回しにされる「痛みを伴う改革」
社会保障国民会議の見通し立たず
日本維新の会は、総理大臣主催の「社会保障国民会議(仮称)」の設置を提案していました。この会議は、年金・医療・介護の構造改革について横断的な議論を行う場とされていましたが、選挙戦の中で具体的なスケジュールは不透明なままです。
自民・公明・維新の3党は、2025年末までの予算編成過程で社会保障改革の論点を検討し、2026年度から実行に移す方針を示していましたが、解散により議論は中断しています。
先送りされている主な改革課題
以下のような抜本的な改革は、選挙戦では正面から議論されていません。
1. 高齢者の応能負担の徹底
- 金融資産を考慮した自己負担割合の設定
- 医療・介護ともに窓口負担を原則3割に(所得・資産が少ない高齢者は現状維持)
2. 医療提供体制の効率化
- 病床削減による医療費抑制
- 地域医療構想の推進
3. 薬剤費の抑制
- OTC類似薬の保険給付見直し
- 地域フォーミュラリの全国展開
これらの改革は、給付削減や負担増を伴うため、選挙戦では避けられる傾向があります。
なぜ「痛み」の議論が避けられるのか
少子高齢化の現実
日本は2025年に、75歳以上の人口が2,000万人を超え、国民の約4人に1人が75歳以上という「超高齢化社会」に突入しました。一方で、現役世代の割合は減少し、約1.3人で1人の65歳以上を支える社会が到来しています。
2040年に向けて、特に85歳以上の高齢者の人口が急増し、医療・介護サービスへの需要がさらに高まることが予想されています。2040年の医療介護給付費は2020年の1.5倍にまで増大する見込みです。
給付を維持しながら負担軽減は可能か
選挙では「負担軽減」が前面に出ますが、専門家からは懸念の声も上がっています。
「消費税を下げても、社会保障の赤字を埋めるために社会保険料がさらに上がれば、現役世代の暮らしは結局楽にならない」という指摘があります。
目に見える消費税の負担が減っても、給与天引きされる社会保険料が増えれば、家計全体の実質的な手取り額は変わらない可能性があります。これは「隠れ増税」とも呼ばれる問題です。
選挙と長期的視点の矛盾
選挙は短期的な成果を競う場になりがちです。「負担を減らす」という公約は有権者に受け入れられやすい一方、「将来のために今は我慢が必要」という主張は票につながりにくいのが現実です。
社会保障制度の持続可能性は、世代を超えた長期的な視点が必要ですが、選挙サイクルとの相性は良くありません。
令和7年度予算の動向
社会保障関係予算のポイント
選挙の影響を受けながらも、令和7年度(2025年度)予算では以下の改革が進められています。
薬価改定:
- 薬剤費2,466億円(国費648億円)の削減
- 国民負担の軽減を図る
高額療養費制度の見直し:
- セーフティネットとしての役割を維持
- 現役世代の保険料負担軽減を図る見直し
全世代型社会保障の構築:
- 現役世代の負担を軽減しつつ
- 年齢に関わりなく能力に応じて負担する方向性
2026年度以降の検討事項
2025年末までの予算編成過程で十分な検討を行い、早期に実現可能なものについて2026年度から実行する方針が示されています。
具体的には以下の項目が検討対象です。
- OTC類似薬の保険給付の在り方の見直し
- 地域フォーミュラリの全国展開
- 新たな地域医療構想に向けた病床削減
- 医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現
- 現役世代に負担が偏りがちな構造の見直し
注意点と今後の展望
選挙後の議論が重要
選挙中は「負担軽減」が強調されますが、選挙後にどのような議論が行われるかが重要です。
社会保障制度の持続可能性を確保するためには、給付と負担のバランスを見直す必要があります。選挙で掲げた公約と、実際に実行される政策との整合性を注視することが大切です。
有権者に求められる視点
選挙で各党の公約を比較する際、以下の点を考慮することをお勧めします。
- 財源の裏付け: 負担軽減の財源はどこから確保するのか
- 給付との整合性: 給付を維持しながら負担軽減は可能か
- 世代間の公平性: 現役世代と高齢世代のバランスは取れているか
- 長期的視点: 2040年を見据えた持続可能性はあるか
制度の持続可能性への懸念
目先の「痛み軽減」に終始すれば、社会保障制度の持続はおぼつかなくなります。
現役世代が急速に減少し、高齢者数がピークを迎える2040年頃を見据えた中長期的な改革が不可欠です。「全世代型社会保障」の構築に向けた議論が、選挙後に本格化することが期待されます。
まとめ
今回の選挙では、与野党ともに社会保険料の負担軽減を前面に打ち出しています。一方で、抜本的な社会保障改革は先送りされている状況です。
主なポイントは以下の通りです。
- 与野党の公約: 社会保険料の引き下げ、消費税減税など負担軽減が中心
- 先送りされた課題: 高齢者の応能負担、病床削減、薬剤費抑制など
- 背景: 選挙では「痛み」を伴う改革が避けられる傾向
- 懸念: 対症療法に終始すれば制度の持続は困難
日本の社会保障制度は、少子高齢化という構造的な課題に直面しています。選挙後に、将来世代も含めた持続可能な制度設計に向けた議論が進むかどうかが注目されます。
有権者としては、目先の負担軽減だけでなく、長期的な視点から各党の政策を評価することが重要です。
参考資料:
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