AI主権時代へ、日本とASEANが国産AI開発で連携強化
はじめに
人工知能(AI)の開発競争が米中2大国を中心に激化するなか、「ソブリンAI(主権AI)」という概念が世界的な注目を集めています。ソブリンAIとは、自国のインフラ・データ・人材を活用して、各国が自前でAIを開発・運用する考え方です。
背景にあるのは、海外製AIへの過度な依存が自国の言語や文化、価値観を失わせるリスクです。2026年1月、日本とASEAN諸国はベトナム・ハノイで開催されたデジタル担当閣僚会合において、国産AI開発での協力を深める共同声明を採択しました。この記事では、ソブリンAIの意義と日ASEAN連携の具体的な中身、今後の展望を解説します。
ソブリンAIとは何か
米中依存がもたらすリスク
現在、世界で広く利用されている大規模言語モデル(LLM)の多くは、米国企業や中国企業が開発したものです。これらのモデルは英語や中国語のデータを中心に学習されており、東南アジアや日本の言語・文化的文脈が十分に反映されていません。
NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは2026年1月のダボス会議で、「国のデータ、すなわち言語・文化・産業知識は天然資源であり、自国で精製すべきだ」と述べ、ソブリンAIの重要性を訴えました。AIが生成するコンテンツが人々の思考や価値観を方向づける存在となりつつある現在、どの国のAIを使うかは文化的アイデンティティに直結する問題です。
概念の広がりと各国の対応
ソブリンAIの概念は2023年ごろに登場し、NVIDIAが2024年3月の年次カンファレンスで各国の取り組み支援を表明したことで一気に広まりました。ASEAN AIサミットの白書では、「ソブリンAIは二者択一の目標ではなく、自立とグローバルな相互運用性のバランスを取る戦略的選択のスペクトラム上に存在する」と指摘されています。
現在、必要な計算インフラやエネルギーを自前で確保できる国は世界で15カ国程度に限られます。だからこそ、日本とASEANのような地域間連携が重要な意味を持ちます。
日本とASEANの連携が動き出した
ハノイ共同声明の内容
2026年1月16日、ハノイで開催された日ASEAN デジタル担当閣僚会合において、AIモデルの共同開発と関連法整備に関する共同声明が採択されました。日本の林芳正総務大臣が提案したもので、主な柱は3つです。
第一に、東南アジアの言語や文化に適応したAIモデルの共同開発です。英語や中国語に偏らない、地域固有のニーズに対応したモデルの構築を目指します。第二に、文化的に配慮されたAI利活用のための規制枠組みの共同策定です。第三に、技術人材の育成と知識交流の促進です。
この声明は、2025年10月にクアラルンプールで開催された日ASEAN首脳会議での合意を具体化したものです。高市早苗首相は同会議で、半導体やAI分野の共同研究を拡大するイニシアティブの立ち上げを呼びかけていました。
各国の具体的な取り組み
東南アジア各国は独自のソブリンAI構築を進めています。タイではSIAM.AI CloudがNVIDIA GPUを搭載した仮想サーバを提供し、国内向けAI基盤の整備を加速しています。ファンCEOは「タイのデータはタイ国民のものだ」と強調しました。
ベトナムでは、NVIDIAが同国初の研究開発センターを開設することで合意しています。すでに国内65大学と100社以上のAIスタートアップを支援する体制が構築されています。日本はカンボジアとも、クメール語の大規模言語モデル開発に関する覚書を締結しました。
日本国内のソブリンAI戦略
7兆円規模のAI・半導体投資
日本政府は2021年度から2026年度までの6年間で、AI・半導体分野に累計7兆円を超える支援を投じる見通しです。高市首相が議長を務める「日本成長戦略会議」では、成長投資の戦略分野17項目の筆頭にAI・半導体を位置づけています。
ソフトバンクなど国内数十社が2026年初頭に新会社を設立し、経済産業省は5年間で総額1兆円規模の支援を行う計画です。製造、金融、医療など業界特化型のAIモデル開発が重点分野とされています。
デジタル赤字への危機感
海外製の生成AIサービスへの依存は、日本の「デジタル赤字」を拡大させる要因にもなっています。研究開発力の低下も懸念されるなか、国内でAIを開発・管理する体制の構築は経済安全保障の観点からも急務です。
コンサルティング会社カーニーの調査では、日本はシンガポールや英国、韓国と並び、国家経済の優先産業へのAI統合を進める「インテグレーター」に分類されています。技術大国としての強みを活かしつつ、ASEAN諸国との協力で規模を確保する戦略が求められています。
注意点・展望
ソブリンAIの推進にはいくつかの課題があります。まず、計算インフラの構築には莫大な投資が必要です。GPUの調達やデータセンターの電力確保は、各国にとって大きな負担となります。
また、自国開発のAIモデルが米中製のモデルと性能面で競争できるかという問題もあります。独自開発にこだわるあまり、グローバルなAIエコシステムから孤立するリスクにも注意が必要です。
今後の焦点は、日ASEAN協力の具体的な成果物です。2026年後半には、東南アジア言語対応のAIモデルや、共通の規制フレームワークの原案が示される可能性があります。米中の技術覇権が強まるなかで、「第三の道」として日ASEAN連携がどこまで実効性を持てるかが試されます。
まとめ
ソブリンAIは、単なる技術開発の問題ではありません。自国の言語や文化、価値観をAI時代にどう守り継ぐかという、国家のアイデンティティに関わるテーマです。
日本とASEAN諸国は、米中に依存しない独自のAI開発体制を協力して構築する動きを本格化させています。日本の7兆円規模の投資と東南アジア各国のデジタル化への意欲が結びつくことで、アジア発のAIエコシステムが形成される可能性があります。今後の動向に注目が必要です。
参考資料:
- Japan and ASEAN’s AI-Alliance Crafting New Tech Laws, Models
- Japan and ASEAN agree to cooperate on AI development - The Japan Times
- Japan, ASEAN Agree to Cooperate on AI Development - Nippon.com
- NVIDIA CEO Jensen Huang Champions “Sovereign AI” at WEF Davos 2026
- ソブリンAIとは何かをやさしく解説 - SBbit
- ラピダス・ソフトバンク・鴻海…「国産AI計画に1兆円超」- ダイヤモンド
- Inside Japan’s struggle to build sovereign AI - Asia Times
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