トランプ氏、66国際機関から脱退指示で孤立主義が加速
はじめに
トランプ米大統領は2026年1月7日、66の国際機関・条約・枠組みからの脱退を指示する覚書に署名しました。対象には国連気候変動枠組み条約や国連貿易開発会議(UNCTAD)など、戦後の国際協調体制を支えてきた主要機関が含まれています。
これは米国史上最大規模の国際機関からの脱退であり、多国間主義に基づく国際協調から背を向ける姿勢を鮮明にするものです。建国以来の「孤立主義」の伝統に回帰する米国の動きは、世界秩序にどのような影響を与えるのでしょうか。
脱退指示の概要
66機関の内訳
トランプ大統領が署名した覚書の対象となる66機関は、31の国連関連機関と35のその他国際機関で構成されています。国連関連では、気候変動枠組み条約、国連人口基金、国連女性機関(UNウィメン)、国連大学(本部:東京)、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)、国際貿易センターなどが含まれています。
非国連機関としては、民主主義・選挙支援国際機関、国際自然保護連合などが対象となっています。
脱退の理由
ホワイトハウスは、これらの機関が「もはやアメリカの利益に貢献しない」「アメリカの国益、安全保障、経済的繁栄、主権に反する」と説明しています。マルコ・ルビオ国務長官は「これらの機関は冗長、誤管理、不要、有害であるか、米国の利益に反する利害によって運営されている」と述べました。
気候変動条約脱退の意味
国連気候変動枠組み条約は1994年に発効し、これまでに198カ国・地域が批准しています。米国はすでにパリ協定からの離脱を進めていますが、条約本体からの脱退が実現すれば世界初の事例となります。
気候変動対策の国際的な枠組みの根幹を揺るがす決定であり、環境問題に対する国際協調体制への深刻な打撃となります。
米国孤立主義の歴史
モンロー主義の起源
米国の孤立主義は建国時から続く伝統です。初代大統領ジョージ・ワシントンは1796年の告別演説で「世界のいずれの国家とも永久的同盟を結ばずにいくことこそ、我々の真の国策である」と述べました。
1823年には第5代大統領ジェームズ・モンローが「モンロー主義」を宣言し、南北アメリカ大陸とヨーロッパ大陸間の相互不干渉を提唱しました。この考え方は19世紀から20世紀初頭まで米国外交の基本原則となりました。
国際連盟への不参加
第一次世界大戦後、ウッドロウ・ウィルソン大統領は国際連盟の創設を提唱しましたが、米国議会は加盟を否決しました。5万人以上の若者がヨーロッパ戦線で命を落としたことへの国民の幻滅が、孤立主義への回帰を後押ししたのです。
この決定は国際連盟の実効性を大きく損ない、その後の国際秩序の不安定化につながったとも指摘されています。
第二次世界大戦と転換
モンロー主義を完全に転換したのは、第二次世界大戦に直面したフランクリン・ローズヴェルト政権でした。日本の真珠湾攻撃を受けて参戦を表明し、連合国を主導して戦争を勝利に導きました。
戦後、米国は国連安全保障理事会の常任理事国となり、モンロー主義を完全に放棄しました。冷戦期には自由主義陣営の盟主として、国際協調主義と覇権的行動を組み合わせた外交を展開しました。
冷戦後から現在へ
冷戦終結後も米国は唯一の超大国として国際秩序を主導してきました。しかし、2016年の大統領選でトランプ氏が当選すると、「アメリカ・ファースト」を掲げて孤立主義的傾向を強めました。
第1期トランプ政権では、パリ協定やイラン核合意からの離脱、WHO(世界保健機関)からの脱退表明など、多国間主義からの離脱が相次ぎました。
国際社会への影響
国連財政への打撃
米国は国連の最大の拠出国であり、すでにトランプ政権下での拠出制限により国連の資金繰りは困難な状況に陥っています。66機関からの一斉脱退と資金拠出停止は、国際機関の運営に深刻な影響を与えることが予想されます。
気候変動対策への影響
気候変動枠組み条約からの脱退は、パリ協定の実効性をさらに低下させる恐れがあります。世界第2位の温室効果ガス排出国である米国が国際的な枠組みから離脱することで、他国の対策意欲にも影響が及ぶ可能性があります。
国際秩序の再編
66機関からの脱退は、戦後の多国間主義に基づく国際秩序からの明確な決別を意味します。米国が「力による秩序」を追求する姿勢を鮮明にする中、中国やロシアなど他の大国との関係にも変化が生じることが予想されます。
「新モンロー主義」の特徴
19世紀との違い
専門家は、現代のトランプ政権の外交姿勢を「新モンロー主義」と呼んでいます。ただし、19世紀のモンロー主義とは性質が異なります。当時の米国はまだ途上国であり、自国の安全保障に精一杯でした。
現代の米国は、自らの相対的な衰えを自覚しながらも、その気になれば圧倒的な軍事力で国益を最大化する能力を持っています。「最強であり続けたいが、軍事的に対外干渉はしたくない」という、超大国でも普通の国でもない国家像を目指しているとの見方があります。
ベネズエラ軍事介入との矛盾
一方で、トランプ政権は南米ベネズエラに対する軍事作戦を実施し、石油の確保に動いています。国際機関からの脱退と同時に一方的な軍事行動を行うことは、国際法を顧みない「力による秩序」への移行を示唆しています。
今後の展望
脱退手続きの行方
国際機関からの脱退には、それぞれの条約・協定に定められた手続きが必要です。一部の機関では脱退に一定期間を要するため、すべての脱退が即座に実現するわけではありません。
また、議会の承認が必要な条約もあり、法的な争いが生じる可能性もあります。
同盟国への影響
日本やヨーロッパなど米国の同盟国は、国際協調体制の維持に努める立場にあります。米国の孤立主義が進む中、同盟国間の結束がどこまで維持できるかが問われています。
まとめ
トランプ大統領による66の国際機関からの脱退指示は、米国史上最大規模の多国間主義からの離脱です。建国以来の孤立主義の伝統に回帰する動きは、戦後80年続いてきた国際秩序の大きな転換点となります。
国連気候変動枠組み条約を含む主要機関からの脱退が、国際社会にどのような影響を与えるのか。「米国なき世界」の現実化が、各国に新たな対応を迫っています。
参考資料:
関連記事
「米国なき世界」現実に——トランプ氏が66国際機関から脱退指示
トランプ米大統領が66の国際機関・条約からの脱退を指示。国連気候変動枠組み条約やIPCCも対象に。ベネズエラ軍事作戦に続き、多国間主義から「力による秩序」へ大きく舵を切る米国の動向を解説します。
米国グリーンランド購入問題、デンマークと作業部会設置へ
トランプ政権がグリーンランド取得に向けデンマークと協議。バンス副大統領とルビオ国務長官が会談し、作業部会設置で合意。購入価格は最大110兆円との試算も。北極圏の地政学的重要性を解説します。
グリーンランド首相が米領土編入を拒否、北極圏の地政学が動く
グリーンランドのニールセン首相が「米国よりデンマークを選ぶ」と明言。トランプ政権の領土獲得要求の背景にある戦略的価値と、独立を目指すグリーンランドの複雑な立場を解説します。
パウエルFRB議長が反撃、刑事捜査に「威嚇」と批判
FRBパウエル議長がトランプ政権による刑事捜査に異例のビデオ声明で反論。中央銀行の独立性を巡る攻防が激化する中、欧州中銀総裁らも連帯声明を発表。金融市場と世界経済への影響を解説します。
トランプ大統領とFRB議長の対立激化、中央銀行の独立性が試される
トランプ大統領がパウエルFRB議長を再び批判し利下げを要求。刑事捜査への発展で金融市場に動揺が広がる中、中央銀行の独立性と今後の金融政策の行方を解説します。
最新ニュース
南鳥島でレアアース試掘開始・中国依存脱却への挑戦
探査船「ちきゅう」が南鳥島沖でレアアース泥の試掘を開始。水深6000メートルからの世界初の採掘試験と、日本の経済安全保障における意義を解説します。
1年4カ月で国政選挙3回、頻繁な選挙が招く政策停滞
高市首相が通常国会冒頭での衆院解散を検討。国政選挙が短期間に3回目となり、社会保障改革など長期的視点の政策が後回しになる懸念が高まっています。
第174回芥川賞・直木賞が決定、3氏が受賞の栄誉
第174回芥川賞に鳥山まこと氏「時の家」と畠山丑雄氏「叫び」、直木賞に嶋津輝氏「カフェーの帰り道」が決定。前回の両賞該当なしから一転、充実の受賞作が揃いました。受賞作の魅力と作家の経歴を詳しく解説します。
日本人創業のアルパカがユニコーンに、米国初の快挙
証券取引APIを提供するフィンテック企業アルパカが企業価値10億ドルを突破。日本人だけで創業した新興企業として米国初のユニコーン達成の背景を解説します。
三六協定の締結率5割どまり、残業規制緩和の是非を問う
三六協定を締結している事業所は5割にとどまり、残業規制緩和の議論が活発化しています。働き方改革の効果と今後の労働政策の方向性について、最新データをもとに解説します。