トランプ氏が中国車メーカーに米国生産を呼びかけ、その真意と影響
はじめに
2026年1月13日、トランプ米大統領はミシガン州デトロイトで開催された経済団体のイベントに登壇し、中国の自動車メーカーが米国に工場を建設することに前向きな姿勢を示しました。「中国を参入させよう」という発言は、これまで100%の高関税で中国製EVを事実上締め出してきた政策との矛盾を感じさせます。
しかし、この発言の真意を読み解くと、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策の本質が見えてきます。関税による輸入規制と、国内生産への誘導という二段構えの戦略です。
本記事では、トランプ大統領の発言の背景、中国EVメーカーの現状、そして米国自動車産業への影響について詳しく解説します。
トランプ発言の真意を読み解く
「ビルド・イット・イン・アメリカ」戦略
トランプ大統領は以前から、関税をてこに国外メーカーに米国で工場を建設して労働者を雇用するよう促す方針を示してきました。これを「ビルド・イット・イン・アメリカ(Build It In America)プラン」と呼んでいます。
つまり、輸入品には高関税を課す一方で、米国内で生産する企業には門戸を開くという戦略です。今回のデトロイトでの発言は、まさにこの政策の延長線上にあります。
トランプ政権の経済ナショナリズムを支えるのは、J.D.バンス副大統領やピーター・ナバロ大統領上級顧問らが共有する思想です。彼らは自由貿易の結果として米国の製造業が空洞化し、中間層が疲弊してきたとの認識に立っています。
デトロイトという場所の意味
講演の舞台となったデトロイトは、かつて「モーターシティ」と呼ばれた米国自動車産業の中心地です。しかし、製造業の海外移転に伴い、この地域は「ラストベルト(さび付いた工業地帯)」の象徴となりました。
トランプ大統領はこうした衰退した地域の雇用を取り戻すと公約して再選を果たしました。製造業の復活は政権にとって最重要課題の一つです。自動車産業は部品など下請け企業の裾野が広く、計約550万人を雇用しているとされます。
雇用創出を最優先する姿勢
中国メーカーであっても、米国内で工場を建設し、米国人を雇用するなら歓迎するという姿勢は、トランプ政権の「雇用第一」の方針を明確に示しています。製造業で1ドルが動けば経済全体で3ドル近くが生み出され、製造業に1人雇用されるたびに、その上流や下流で5人の雇用が生まれるとされています。
中国EVメーカーの現状と米国市場
BYDを筆頭とする中国勢の躍進
中国のEVメーカー、特にBYD(比亜迪)は世界市場で急速に存在感を高めています。BYDは1995年に設立され、2003年に自動車事業に参入。現在は世界6大陸・70超の国と地域で販売網を展開しています。
BYDの強みは「垂直統合」のビジネスモデルにあります。担当者によれば「タイヤとガラス以外はすべて手掛けている」とのことで、主要部品を自社で開発・製造することで、コスト競争力と供給の安定性を両立させています。
100%関税による締め出し
一方で、米国市場では中国製EVは事実上締め出されています。米国政府は2024年に中国製EVの輸入関税を25%から100%に引き上げました。EV用リチウムイオン電池の関税も7.5%から25%に上昇しています。
この高関税により、BYDをはじめとする中国メーカーは米国での乗用車販売をほぼ行っていません。カリフォルニア州で一部のEVバスを製造・販売するにとどまっています。
米国進出の可能性と課題
トランプ大統領の「参入してこい」という呼びかけに、中国メーカーが応じる可能性はあるのでしょうか。
BYDは米国市場に依存していないため、高い関税によるダメージは最低限に抑えられています。わざわざリスクを取って米国に工場を建設するよりも、他の成長市場に注力する方が合理的という見方もあります。
また、米国での工場建設には、米中間の地政学的緊張というリスクも伴います。安全保障上の懸念から、中国企業への規制が強化される可能性も排除できません。
中国メーカーの海外展開戦略
メキシコを経由した北米市場へのアプローチ
中国メーカーは米国市場に直接参入できない代わりに、メキシコを「足がかり」として活用しています。2023年の中国の対メキシコ自動車輸出台数は41万5000台に達しました。このうち約68%がメキシコを経由して北米の他国に再輸出されている可能性があるとされています。
BYD、上海汽車、奇瑞汽車(Chery)といったメーカーがメキシコに工場を建設または計画しています。メキシコには発達した自動車製造エコシステムがあり、政策面での優遇や比較的安価な土地・人件費も魅力となっています。
東南アジアでの生産拡大
中国メーカーはタイなど東南アジアでも現地生産を進めています。2024年1~9月のBEV輸出では、インドネシア向けが4.5倍の4万台、メキシコ向けも4.5倍の3.5万台と大きく伸長しました。
BYDは2021年にノルウェー、ブラジルなどへの輸出を開始し、2022年からは欧州やタイなどアジアを中心に販売を拡大しています。こうした多角的な市場展開により、米国市場への依存を避ける戦略を取っています。
米国自動車産業への影響と展望
既存メーカーへのプレッシャー
仮に中国メーカーが米国内で生産を開始すれば、GM、フォード、テスラといった既存メーカーに大きなプレッシャーとなります。中国メーカーは垂直統合による低コスト生産のノウハウを持っており、価格競争力で優位に立つ可能性があります。
ある分析によれば、「BYDの高コスパEVは米国には作れない」とされ、車両の分解調査でも驚くべきコスト効率が明らかになっています。
消費者へのメリット
一方、消費者にとっては選択肢の拡大と価格低下というメリットが期待できます。最近の調査では、まだEVを所有していない米国人の半数以上が「EV購入に興味がある」と回答しましたが、全体の64%が「価格が大きな障壁だ」と答えています。
競争激化により価格が下がれば、EVの普及が加速する可能性があります。
製造業回帰の課題
ただし、トランプ政権が目指す製造業の国内回帰には課題もあります。業界は依然としてスキルギャップ、高齢化する労働力、製造業に対するマイナスイメージという問題を抱えています。中国のような国と比べた場合の国内人件費の高騰も無視できません。
ウェルズ・ファーゴの報告によると、関税だけでは製造業の雇用をアメリカに取り戻すことは難しいとされています。
注意点・今後の見通し
発言と実現性のギャップ
トランプ大統領の「参入してこい」という発言は、あくまでも姿勢の表明であり、具体的な政策変更を伴うものではありません。100%の関税は維持されており、中国メーカーが輸入で米国市場に参入することは依然として困難です。
また、安全保障上の審査や規制により、中国企業の米国内での事業展開には様々なハードルがあります。
日本メーカーへの示唆
この動きは日本の自動車メーカーにとっても重要な示唆を含んでいます。トランプ政権は外国メーカー全般に対して、米国内生産を強く求める姿勢を取っています。日本メーカーも引き続き米国内の生産体制強化を迫られる可能性があります。
米中関係の行方
中国メーカーが実際に米国進出に動くかどうかは、米中関係全体の行方にも左右されます。両国間の緊張が高まれば、ビジネス上の判断だけでなく、政治的な考慮も必要になってきます。
まとめ
トランプ大統領がデトロイトで中国自動車メーカーの米国生産に前向きな姿勢を示したことは、「アメリカ・ファースト」政策の本質を表しています。輸入には高関税、国内生産には歓迎という二段構えで、製造業の雇用創出を最優先する姿勢です。
中国メーカー、特にBYDは世界市場で急成長していますが、100%関税により米国市場からは締め出されています。メキシコや東南アジアでの生産拡大を進める一方、米国での工場建設には慎重な姿勢を見せています。
今回の発言がすぐに中国メーカーの米国進出につながるとは考えにくいですが、米国自動車産業の競争環境が今後どう変化するのか、注視が必要です。
参考資料:
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