トランプ氏グリーンランド取得発言で欧州反発、NATO崩壊の危機
はじめに
トランプ米大統領がデンマーク自治領グリーンランドの取得に改めて強い意欲を示し、欧州諸国との関係に深刻な亀裂が生じています。
ホワイトハウス報道官が「米軍の活用は常に選択肢」と発言したことで、NATO加盟国に対する異例の圧力として国際社会に衝撃が走りました。デンマークのフレデリクセン首相は「米国がNATO加盟国を軍事攻撃すれば、NATOは終わる」と警告。欧州7カ国首脳も「グリーンランドはその人々のものだ」との共同声明を発表し、強く反発しています。
この記事では、トランプ氏がグリーンランドにこだわる理由、欧州各国の反応、そしてNATOの将来への影響について解説します。
トランプ氏がグリーンランドを求める理由
軍事・安全保障上の戦略的価値
グリーンランドは米国にとって極めて重要な軍事的価値を持っています。同島北西部のピツフィク(旧称チューレ)空軍基地には米軍が常駐しており、弾道ミサイルの早期警戒システムが設置されています。欧州から北米に至る弾道ミサイルの最短飛行ルートはグリーンランド上空を通過するため、防衛上の要衝となっています。
また、太平洋と大西洋をつなぐ北西航路はグリーンランド沿岸を通過します。同島はアイスランド、英国とともに戦略的海域「GIUKギャップ」を形成しており、ロシア海軍の大西洋進出を監視する上で欠かせない位置にあります。
トランプ大統領はNBCニュースに対し、グリーンランド取得について「非常に真剣だ」と述べ、「グリーンランドはロシアと中国の船で溢れている」「国家安全保障の観点からグリーンランドが必要であり、デンマークにはそれを守る能力がない」と主張しました。
豊富な資源とレアアース
グリーンランドには、米国の国家安全保障や経済安定に不可欠とされる50種類の戦略鉱物のうち約39種類が埋蔵されているとみられています。特に注目されているのがレアアース(希土類)です。
グリーンランドのレアアース埋蔵量は酸化物換算で約150万トンと推定され、未開発地域としては世界最大規模のポテンシャルを秘めています。レアアースは電気自動車のモーターや風力タービン、さらには軍装備品の製造に不可欠な素材です。
現在、世界のレアアース生産は中国が支配的な地位を占めています。中国は輸出規制の可能性をちらつかせており、専門家の中には「グリーンランド取得の真の目的は中国の締め出しにある」との見方もあります。
欧州の強い反発
デンマーク首相「NATOが終わる」
デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は、米国によるグリーンランド取得の動きがNATOの終焉を招くと強く警告しました。
「米国が別のNATO加盟国を軍事的に攻撃することを選択すれば、すべてが停止します。つまりNATOを含め、第2次世界大戦後に築かれた安全保障のすべてがです」
フレデリクセン首相はまた、トランプ氏がグリーンランドを欲していると言うとき「彼を真剣に受け止めるべきだ」と述べ、「私たちとグリーンランドがこのように脅かされる状況は受け入れられない」と表明しました。
欧州7カ国首脳の共同声明
フランスのマクロン大統領、ドイツのメルツ首相、英国のスターマー首相を含む欧州7カ国の首脳は共同声明を発表し、鉱物資源が豊富な北極の島について「その人々のものだ」と強調しました。
声明では「デンマークとグリーンランドに関する事項を決定するのは、デンマークとグリーンランドであり、彼らだけだ」と明記。さらに「北極の安全保障は、米国を含むNATO同盟国と協力し、国連憲章の原則——主権、領土保全、国境不可侵——を堅持することで集団的に達成されなければならない。これらは普遍的な原則であり、私たちはその擁護をやめない」と宣言しました。
グリーンランド首相も反論
グリーンランドのイェンス=フレデリック・ニールセン首相はフェイスブックで「私たちの国は、気分次第で併合されたり占領されたりするようなものではない」と反発しました。
一方で住民の不安を鎮める姿勢も見せ、「一夜にして国が乗っ取られるような状況にはない」「米国が単にグリーンランドを征服できるような状況ではない」とも述べました。
カナダの支持表明
カナダのマーク・カーニー首相も支持を表明し、「グリーンランドとデンマークの将来はデンマークの人々だけが決める」と発言。来月初旬にカナダ総督とアナンド外相がグリーンランドを訪問する予定であることを発表しました。
ベネズエラ軍事作戦との関連
現実味を帯びた脅威
今回のグリーンランド発言が特に重く受け止められている背景には、トランプ政権によるベネズエラへの軍事攻撃があります。米軍はベネズエラの首都を攻撃し、マドゥロ大統領を拘束。トランプ氏の「レトリック上の脅し」が現実のものとなったことで、グリーンランドに対する発言も単なる交渉術とは見なされなくなっています。
専門家は「ある同盟国が領土を奪取するために別の同盟国を攻撃するという条約違反からの回復は想像しがたい」と指摘。トランプ政権下での米国政策の変化は、NATO第5条(集団防衛条項)に対する米国のコミットメントの信頼性を既に損なうリスクがあるとの分析もあります。
北極圏をめぐる地政学的競争
ロシア・中国の動向
近年、北極圏ではロシアと中国のプレゼンスが急速に拡大しています。ロシアは北極圏沿岸に軍事施設を増強し、中国も「極地大国」を標榜して北極航路の開発に積極的です。
気候変動による海氷の減少で北極海航路が利用可能になれば、アジアと欧州を結ぶ最短ルートとなります。この新たな海上交通路をめぐる覇権争いが、大国間の緊張を高めています。
開発の現実的課題
ただし、グリーンランドの資源開発には大きな課題もあります。厳しい気象条件と地理的要因により、開発コストは非常に高く、巨額の投資と長い時間が必要です。レアアースについても、採算性の問題が大きくのしかかっています。
注意点と今後の展望
同盟関係への深刻な影響
仮に米国がグリーンランドに対して軍事力を行使すれば、1949年の設立以来続いてきたNATOの根幹が揺らぐことになります。第5条は「加盟国への攻撃は全加盟国への攻撃とみなす」と規定していますが、加盟国同士の武力行使は想定されていません。
英シンクタンクのチャタムハウスは「欧州諸国は無力ではない」としつつも、米国との関係悪化が欧州の安全保障全体に与える影響は計り知れないと警告しています。
外交交渉の行方
現時点では、トランプ氏の発言が実際の軍事行動につながるかは不透明です。しかし、ベネズエラでの前例を踏まえると、欧州各国は楽観視できない状況にあります。
デンマークは防衛費増額やグリーンランドへの投資拡大を検討しており、北極圏における自国のプレゼンス強化を図っています。
まとめ
トランプ大統領のグリーンランド取得発言は、単なる交渉術を超えた深刻な外交問題に発展しています。デンマーク首相の「NATOが終わる」という警告、欧州7カ国首脳の共同声明は、同盟国間の信頼関係が揺らいでいることを如実に示しています。
グリーンランドの軍事的・資源的価値は確かに高いものの、NATO加盟国に対する軍事力行使の示唆は、戦後の国際秩序の根幹を揺るがしかねません。北極圏の地政学的競争が激化する中、米国と欧州がどのような関係を再構築していくのか、今後の動向が注目されます。
参考資料:
- Trump’s Greenland Logic Spells Trouble for Europe and NATO - Bloomberg
- European leaders push back on Trump’s comments about a U.S. takeover of Greenland - NPR
- European leaders hit back at Trump’s US takeover designs on Greenland - Al Jazeera
- Trump weighs using U.S. military to acquire Greenland - CNBC
- US intentions towards Greenland threaten NATO’s future - Chatham House
- トランプ氏がグリーンランド購入にこれほどの関心を寄せる理由 - CNN Japan
- トランプ2.0時代、戦略的価値が高まる北極圏 - デロイト トーマツ
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