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by nicoxz

トランプ氏のグリーンランド買収と関税圧力の真意

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はじめに

2026年1月16日、トランプ米大統領は、デンマーク自治領グリーンランドを米政府が取得する計画を支持しない国に対して追加関税を課す可能性に言及しました。この発言は、欧州を中心とする国際社会に大きな波紋を広げています。

グリーンランドは世界最大の島で、戦略的な軍事拠点であると同時に、レアアース(希土類)をはじめとする豊富な天然資源を擁しています。トランプ氏は「グリーンランドは国家安全保障のために必要だ」と述べ、領有の正当性を主張していますが、その背景には北極圏における米国、中国、ロシアの覇権争いという地政学的な構図があります。

本記事では、トランプ政権がグリーンランドに固執する理由、関税を外交手段として用いる戦略、そして米国の領土買収の歴史を振り返りながら、この問題の本質を解説します。

トランプ政権のグリーンランド戦略

買収構想の再浮上

グリーンランド買収構想は、トランプ氏にとって新しい話題ではありません。第1次政権時の2018年に、米化粧品大手エスティ・ローダー創業家のロナルド・ローダー氏が最初にこのアイデアを提案したとされています。

2025年12月21日、トランプ氏はジェフ・ランドリーをグリーンランド担当特使に任命しました。2026年1月9日には「穏便な方法が望ましいが、無理なら強硬な方法を取らざるを得ない」として、グリーンランドの領有に強い意欲を示しました。

米ホワイトハウスのレビット報道官は1月7日の記者会見で、グリーンランドの購入を「トランプ大統領と国家安全保障チームが活発に議論している」と述べ、政権内で真剣に検討されていることを明らかにしました。

作業部会の設置

バンス米副大統領は1月14日、ワシントンでデンマークのラスムセン外相と会談し、グリーンランドの扱いを話し合う作業部会の設置で合意しました。この動きは、単なる思いつきではなく、具体的な交渉プロセスに入りつつあることを示しています。

一部報道では、買収価格は110兆円規模になる可能性も指摘されています。これは米国史上最大規模の領土買収となり、1803年のルイジアナ買収(1,500万ドル、現在価値で約3,000億円)や1867年のアラスカ購入(720万ドル、現在価値で約1,500億円)を大きく上回る金額です。

関税を武器とする圧力戦術

トランプ氏が今回、グリーンランド取得に反対する国への関税引き上げに言及したことは、彼の外交スタイルを象徴しています。第2次トランプ政権は、関税を経済的圧力の手段として積極的に活用し、二国間交渉による短期的な成果を追求する傾向が顕著です。

第2次トランプ政権の相互関税政策は、各国に対し、WTO(世界貿易機関)などの多国間ルールに基づく紛争解決を待つのではなく、米国との二国間交渉によって個別に関税率を早期に確定するよう強い圧力をかけるものとなっています。

グリーンランド問題でも同様の手法が用いられており、欧州諸国に対して「米国の計画を支持するか、経済的制裁を受けるか」という二者択一を迫る構図です。

グリーンランドの戦略的重要性

地理的位置と軍事的価値

グリーンランドは北米大陸と欧州の間に位置し、北極海と大西洋を結ぶ戦略的要衝です。特に、カナダ、グリーンランド、アイスランド、英国を経由する海上航路「GIUKギャップ」は、NATO(北大西洋条約機構)がロシア海軍の動きを監視する上で極めて重要な役割を果たしています。

米国は1951年の防衛協定に基づき、グリーンランド北西部に空軍基地を建設しました。現在「ピツフィク宇宙軍基地」と呼ばれるこの基地は、モスクワとニューヨークの間に位置し、米軍の拠点としては最北に位置します。ミサイル警報システムが設置され、対ロシア防衛の要となっています。

北極圏の覇権争い

北極圏の氷解が進むことで、北方の海上航路は年間を通じてより長く航行可能になりつつあります。これにより、北極海は新たな海運ルートとして、また資源開発の最前線として国際的な注目を集めています。

中国は2018年、自国を「近北極国家」と位置づけ、「一帯一路」構想の一環として「極地シルクロード」を構築する計画を打ち出しました。北極海航路を通じて欧州とアジアを結ぶことで、海運コストを大幅に削減できるため、中国にとってグリーンランド周辺海域の確保は経済的・戦略的に極めて重要です。

ロシアも、北極圏の広い範囲で影響力を主張し、旧ソ連時代のインフラを復旧させるとともに、新たな軍事施設を建設しています。

こうした中、米国がグリーンランドを直接統治することは、北極圏における中ロの影響力拡大を阻止し、米国の優位性を確保する狙いがあります。

豊富な天然資源

グリーンランドには世界最大級のレアアース資源が眠っているとされています。レアアースは、スマートフォン、電気自動車、風力発電、軍事機器など現代のハイテク産業に不可欠な鉱物で、現在は中国が世界生産の約6割を占めています。

レアアースに加えて、グリーンランドではウラン、鉄鉱石、銅、亜鉛、金、石油、天然ガスなどが得られる可能性があります。温暖化によりグリーンランドの氷床の融解が進んでおり、これらの資源採掘がより容易になるとの見方もあります。

トランプ氏の側近の一人は、ベネズエラの石油権益に続くターゲットとしてレアアースが狙いであると指摘しています。中国への依存を減らし、サプライチェーンを確保することは、米国の産業政策と国家安全保障の両面で重要な課題です。

デンマークとグリーンランドの関係

自治領としての地位

グリーンランドはデンマーク本土とフェロー諸島と共に対等な立場で、単一の立憲君主制国家であるデンマーク王国を形成しており、同国の自治領でもあります。

1721年から1953年まではデンマークの植民地でしたが、1979年5月に自治権を獲得しました。2009年には自治法の改正と自治協定の締結が行われ、政治的な権限と責任がデンマーク政府からグリーンランド政府へと大幅に移譲されました。

現在、グリーンランド政府は外交と防衛を除くほぼすべての内政権限を持っており、独立に向けた権利も保障されています。

グリーンランドとEUの関係

デンマークは欧州連合(EU)の加盟国ですが、グリーンランドはEUに加盟していません。グリーンランドは1985年にEUを脱退し、これまでにEUを脱退した唯一の存在となっています。

グリーンランドの住民はデンマーク国籍を持つため、EU市民権を自動的に持ちますが、欧州議会などの選挙権は行使できません。ただし、漁業や教育などの分野において、EUとは双方向合意を締結し、緊密な関係を維持しています。

グリーンランドの反応

グリーンランドのエゲデ首相は「グリーンランドは売り物ではない」として、米国の買収構想を明確に拒否しました。1月13日には「米国よりデンマークを選ぶ」と述べ、領土売却の提案を改めて拒否しています。

グリーンランドの人口は約5万6,000人で、その大半が先住民イヌイットです。彼らは独自の文化とアイデンティティを持ち、外部からの支配を受け入れる意思はありません。

デンマークの対応

デンマーク政府もトランプ氏の提案に強く反対しています。デンマークはグリーンランド自治政府やフェロー諸島政府とともに、約146億クローネ(約3,600億円)規模の投資計画を発表し、地域での監視能力と主権維持能力を高めるとしました。

計画には、北極用の新型海軍艦艇3隻、追加の長距離監視ドローン2機、衛星関連能力の整備が含まれており、米国の圧力に対抗する姿勢を鮮明にしています。

米国の領土買収の歴史

ルイジアナ買収(1803年)

米国は歴史的に領土買収によって国土を拡大してきました。最も有名なのが1803年のルイジアナ買収です。米国はフランスから210万平方キロメートルを超える領域を1,500万ドルで買収しました。

当時フランスは第一統領ナポレオン・ボナパルトの執政下にあり、イギリスがカナダからルイジアナに侵攻してきた場合、防衛は困難であると判断したため、全域を米国に売却することを決定しました。

この買収により、米国の領土は中西部に拡大し、それまでの2倍になりました。現在のアイオワ、アーカンソー、オクラホマ、カンザス、コロラド、サウスダコタ、テキサス、ニューメキシコ、ネブラスカ、ノースダコタ、ミズーリ、ミネソタ、モンタナ、ルイジアナ、ワイオミングの15州にまたがる領域です。

アラスカ購入(1867年)

1867年には、ロシア帝国からアラスカを720万ドルで購入しました。面積単価は約2セント/エーカーという破格の価格でした。

ロシアは1853年から1856年のクリミア戦争の敗北後、国家財政が逼迫するようになったため、アラスカを売却することにしました。イギリスに売却した場合はシベリア極東部がイギリスの軍事的脅威に晒されるため、米国を取引の相手に選びました。

当初、この取引を主導した国務長官スワードは「巨大な保冷庫を購入した」などと国民に非難されました。しかし、1896年にアラスカで金鉱が発見され、1957年には大型油田が発見されるなど、資源の宝庫であることが判明しました。1959年にはアラスカ州となり、現在では米国にとって戦略的に極めて重要な州となっています。

領土買収の正当性

これらの歴史を踏まえ、トランプ政権の支持者は「領土買収は米国の伝統であり、グリーンランド取得も歴史的にはおかしくない」と主張しています。実際、米国はカリフォルニアやテキサスなども、戦争や買収を通じて領土に編入してきました。

しかし、19世紀の植民地主義時代と21世紀では国際法の枠組みが大きく異なります。国連憲章は領土の一方的な併合や武力による支配を禁じており、現代において領土買収が成立するには、売却側(デンマーク)と当事者(グリーンランド住民)の明確な同意が不可欠です。

国際社会の反応

欧州主要国の反発

欧州主要国は、トランプ氏のグリーンランド買収構想に強く反発しています。ドイツ、フランス、英国などは、「グリーンランドの将来は当事者が判断すべき」として、米国の一方的な圧力をけん制しています。

EUは、加盟国であるデンマークへの支持を表明し、必要に応じて経済的・外交的な支援を行う姿勢を示しています。

NATO内の亀裂

米国とデンマークは共にNATO加盟国であり、軍事同盟関係にあります。しかし、トランプ氏のグリーンランド買収構想は、同盟内に亀裂を生む可能性があります。

トランプ氏は過去にNATO加盟国に対して防衛費の増額を強く求めており、「貢献が不十分な国は防衛しない」とも発言しています。今回の関税警告は、欧州諸国に対して「グリーンランド問題で協力しなければ経済的制裁を受ける」という圧力と受け取られており、同盟関係の基盤を揺るがす懸念があります。

中国とロシアの動向

中国とロシアは、米国のグリーンランド買収構想を注視しています。両国にとって、米国がグリーンランドを直接統治することは、北極圏における戦略的劣勢を意味します。

中国は「極地シルクロード」構想の推進を加速させる可能性があり、ロシアも北極圏での軍事プレゼンスを強化すると予想されます。トランプ氏の動きは、意図せずして北極圏での大国間競争を激化させるリスクがあります。

今後の展望とシナリオ

シナリオ1: 買収交渉の継続

最も現実的なシナリオは、米国がデンマークおよびグリーンランド自治政府との交渉を継続するものです。ただし、グリーンランド住民の大多数が売却に反対している現状では、合意に達する可能性は極めて低いと言えます。

トランプ政権は、軍事協力や経済支援の拡大など、直接買収以外の方法でグリーンランドへの影響力を強化する可能性があります。

シナリオ2: 関税を通じた圧力強化

トランプ氏が関税引き上げを実行に移した場合、欧州経済は大きな打撃を受けます。2026年11月には米国で中間選挙が予定されており、トランプ政権は低中所得層の生活改善をアピールする必要があります。

欧州に対する関税引き上げは、国内製造業の保護と雇用創出という政治的メリットがあるため、トランプ氏が実際に実行に移す可能性は十分にあります。

シナリオ3: 現状維持と影響力拡大

最も穏健なシナリオは、米国がグリーンランドの法的地位を変更せず、デンマークとの防衛協定を強化する形で影響力を拡大するものです。

ピツフィク宇宙軍基地の機能拡充、資源開発への米国企業の参入促進、インフラ投資の拡大などを通じて、実質的な支配を強めることが考えられます。

まとめ

トランプ大統領のグリーンランド買収構想と関税警告は、単なる思いつきではなく、北極圏における地政学的競争、レアアース資源の確保、そして関税を外交手段として用いる彼の一貫した戦略が背景にあります。

米国には領土買収の歴史があり、アラスカ購入が後に巨大な成功となった事例もあります。しかし、21世紀の国際社会において、住民の意思を無視した領土買収は受け入れられません。グリーンランド住民とデンマーク政府が明確に拒否している現状では、買収の実現は極めて困難です。

一方で、北極圏の戦略的重要性は今後ますます高まります。気候変動による氷解、新航路の開拓、資源開発の本格化により、グリーンランドを巡る大国間の競争は激化するでしょう。

日本を含む国際社会は、この問題を単なる米国とデンマークの二国間問題ではなく、北極圏のガバナンス、国際法の尊重、先住民の権利保護という広い視点から注視する必要があります。トランプ氏の関税圧力が実際にどこまで展開されるか、そして欧州がどう対応するかが、今後の焦点となります。

参考資料:

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