Research

Research

by nicoxz

米国はグリーンランド獲得の野心を捨てるべき理由

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

トランプ米大統領によるグリーンランド領有への野心は、一時的に回避されたものの、完全に払拭されたわけではありません。欧州8カ国への追加関税は見送られ、軍事力行使も否定されましたが、米国のグリーンランドへの関心は継続しています。

この構想がなぜ問題なのか。それは単にデンマークの主権を侵害するだけでなく、第二次世界大戦後に築かれた国際秩序とNATO同盟を根本から揺るがしかねないからです。本記事では、米国がグリーンランド獲得の野心を捨てるべき理由を、国際関係と地政学の観点から解説します。

グリーンランド問題の経緯

トランプ大統領の主張

トランプ大統領は「国家安全保障の観点から、我々にはグリーンランドが必要だ。防衛のために不可欠だ」と主張しています。ロシアや中国の船舶がグリーンランド周辺に存在していることを指摘し、北極圏での地政学的競争を理由に挙げています。

第1次政権時代からグリーンランド購入に関心を示していましたが、当時は欧州で「嘲笑の対象」とされていました。しかし、第2次政権で軍事力行使も辞さないという強硬姿勢を示したことで、「もはや誰も笑えなくなった」状況となりました。

欧州諸国への関税による圧力

2026年1月17日、トランプ大統領は欧州8カ国(デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国)からの輸入品に10%の追加関税を課すと表明しました。いずれもNATO加盟国であり、同盟国を関税で脅すという異例の事態でした。

その後、NATOのルッテ事務総長との会談を経て関税は見送られましたが、同盟国間の信頼関係に傷を残したことは否めません。

なぜこの構想は問題なのか

NATO同盟への致命的打撃

デンマークのフレデリクセン首相は「もし米国がNATO加盟国への軍事攻撃を選択すれば、NATOを含め第二次大戦後に築かれた安全保障のすべてが停止する」と警告しました。この警告は決して大げさではありません。

NATOは「集団防衛」を原則とする軍事同盟です。加盟国の一国が攻撃されれば、全加盟国がその攻撃に対応するという第5条が基盤となっています。米国がNATO加盟国であるデンマークの領土を武力で獲得しようとすれば、この原則は完全に崩壊します。

ロシア・中国を利する結果に

EUの外相にあたるカヤ・カラス外交安全保障上級代表は「中国とロシアは大喜びしているに違いない」と指摘しました。実際、親クレムリンの識者らはロシア国営テレビで、トランプ大統領のグリーンランドに関する動きは「NATOに壊滅的な打撃を与える」ものであり、「ロシアにとって実に素晴らしい」と評価していました。

米国と欧州の分断は、ロシアや中国にとって戦略的な好機となります。ウクライナ侵攻を続けるロシアにとって、NATO の結束が弱まることは望ましい展開です。米国がグリーンランド問題で欧州との亀裂を深めることは、結果的に米国自身の安全保障を損なうことになります。

国際法の原則に反する

ペスコフ・ロシア大統領報道官でさえ、グリーンランド問題でトランプ大統領は「国際法の規範を外れている」と批判しました。他国の領土を武力で獲得するという発想は、主権国家の領土保全という国際法の基本原則に反します。

米国が自らこの原則を破れば、ロシアのクリミア併合や中国の南シナ海での行動を批判する道義的根拠を失います。「力による現状変更」を批判してきた米国が、同じ行為に出ようとすることの矛盾は明らかです。

グリーンランドの現状と意思

デンマークとの関係

グリーンランドは1979年に自治権を獲得し、2009年には自治法の改正により政治的な権限がさらに拡大しました。ただし、外交と防衛はデンマーク政府が担っています。

デンマーク政府はグリーンランドに対し年間約634億円相当の補助金を交付しており、これはグリーンランドの歳入の約56%を占めます。経済的にはデンマークへの依存度が高い状況です。

独立志向と経済的現実

グリーンランドの住民も政党も過半数が独立を志向していますが、独立の前に経済的自立が必要であるという点では概ねコンセンサスがあります。輸出先の約55%、輸入先の約63%がデンマークであり、経済構造は漁業及び水産加工業に依存しています。

重要なのは、グリーンランドの人々が自ら将来を決める権利を持っているということです。外部の大国が一方的に領有を主張することは、グリーンランドの自己決定権を無視する行為です。

米国への併合は望まれていない

ニールセン首相は「主権は『レッドライン』」と明言しています。グリーンランドの人々が独立を望んでいるとしても、それは米国の一部になることを意味しません。むしろ、外国による支配からの脱却こそが独立の本質です。

資源獲得という動機への疑問

レアアースへの関心

グリーンランドには世界最大級のレアアース資源が眠っているとされ、トランプ大統領の関心の背景にはこの資源へのアクセス確保があるとみられています。米中貿易戦争の中で、中国がレアアースの禁輸措置を発動していることも、米国の焦りを加速させています。

採掘の現実的困難

しかし専門家は、グリーンランドでの資源採掘を「完全なる狂気」と表現しています。グリーンランドの地表は約80%が氷に覆われており、北極圏での採掘は地球上の他の場所に比べ5〜10倍ものコストがかかる可能性があります。

インフラも人材も不足しており、実際に採掘を商業化するには莫大な投資と時間が必要です。領土を獲得したからといって、すぐに資源が手に入るわけではありません。

既存の協力関係で十分

米国はすでにグリーンランドに軍事基地(ピツフィク宇宙軍基地)を持ち、1951年の米デンマーク防衛協定に基づく広範なアクセス権を有しています。資源開発についても、同盟国との協力関係の中で投資や技術協力を進める方が、はるかに現実的で持続可能なアプローチです。

米国が取るべき道

同盟関係の修復

トランプ政権が優先すべきは、グリーンランド問題で傷ついた同盟国との信頼関係の修復です。NATOは米国の安全保障にとっても不可欠な枠組みであり、欧州との連携なしにロシアや中国に対抗することは困難です。

北極圏での協力強化

北極圏の安全保障と資源へのアクセスは、領土獲得ではなく国際協力によって追求すべきです。グリーンランド、デンマーク、そして他のNATO加盟国との協力を通じて、北極圏での米国のプレゼンスを維持・強化することは可能です。

グリーンランドの自己決定権の尊重

グリーンランドの将来はグリーンランドの人々が決めることです。米国は、グリーンランドが独立を選択した場合でも、友好的なパートナーとして関係を築く選択肢があります。強制や脅迫ではなく、魅力的なパートナーシップを提示することが、長期的には米国の利益にもかなうはずです。

まとめ

トランプ大統領によるグリーンランド獲得の野心は、NATO同盟を揺るがし、国際法の原則に反し、結果的にロシアや中国を利する危険な構想です。米国の安全保障上の懸念は理解できますが、それは同盟国の領土を奪うことで解決する問題ではありません。

欧州8カ国への関税が見送られ、軍事力行使が否定されたことは一歩前進ですが、この構想自体を完全に放棄することが必要です。グリーンランドの人々の自己決定権を尊重し、同盟国との協力関係の中で北極圏での利益を追求することこそ、米国が取るべき道です。

参考資料:

関連記事

最新ニュース