米国家防衛戦略が示す「選択と集中」中国抑止と同盟国負担増
はじめに
2026年1月23日、米国国防総省は第2次トランプ政権として初の「国家防衛戦略」(NDS: National Defense Strategy)を発表しました。この戦略文書は、米軍の態勢や予算配分の指針となる重要な政策文書です。
今回のNDSの特徴は、「選択と集中」の姿勢を鮮明にした点にあります。最優先事項として西半球の防衛と中国の抑止を掲げる一方、過去の戦略と比較してロシアの脅威評価を引き下げ、欧州への関与縮小を示唆しました。
本記事では、新たな国家防衛戦略の内容と、日本を含む同盟国への影響について解説します。
国家防衛戦略の主要な柱
西半球防衛の最優先化
新NDSは、米国本土と西半球の防衛を最優先課題として位置づけています。これは2025年12月に発表された「国家安全保障戦略」(NSS)で示された「モンロー主義の再確認・強化」という方針を具体化したものです。
モンロー主義とは、19世紀に米国が掲げた「アメリカ大陸への欧州列強の介入を拒否する」という外交原則です。トランプ政権はこの歴史的概念を現代に復活させ、グリーンランドやパナマ運河への関心を公言するなど、西半球における米国の優位性確保を明確な目標としています。
ただし、NDSは単純な「西半球防衛重点」ではありません。西半球の覇権と同時に、世界でもっとも経済成長が著しいアジア太平洋地域での覇権確保も目指すという、二正面の戦略を示しています。
対中国抑止戦略の継続
NDSでは、インド太平洋地域における中国抑止を重要な柱として維持しています。具体的には「第一列島線に沿って強力な拒否防衛体制を構築する」と明記され、日米の南西シフトによる対中国抑止戦略が継続されることが示されました。
第一列島線とは、日本列島から沖縄、台湾、フィリピンを結ぶラインを指します。この地域での「拒否による抑止力」を強化することで、中国の軍事的拡張を阻止するという方針です。
一方で、今回のNDSには台湾への具体的な言及がありませんでした。これは台湾有事への対応について戦略的曖昧性を維持する意図があるとの分析もあります。
ロシア脅威評価の引き下げ
今回のNDSで注目すべき変化は、ロシアの脅威評価が過去の戦略と比較して引き下げられた点です。バイデン前政権のNDSでは中国とロシアを同等の脅威として位置づけていましたが、トランプ政権は明確に中国を最大の脅威と位置づけ、ロシアを相対的に低く評価しています。
この変化の背景には、トランプ大統領のロシアに対する融和的な姿勢があります。ウクライナ戦争についても、軍事支援の継続ではなく「交渉による解決」を目指す方針に転換しました。
欧州諸国にとって、この方針転換は深刻な懸念材料です。ロシアの脅威が依然として存在する中、米国の関与縮小は欧州の安全保障体制を揺るがす可能性があります。
同盟国への防衛費増額要求
GDP比5%という新基準
NDSのもう一つの重要な要素は、同盟国への防衛費増額要求です。トランプ政権は、NATOが2024年に合意した防衛費GDP比3.5%に加え、安全保障関連のインフラ整備に1.5%を上乗せした計5%を「新たな国際標準」として提示しました。
具体的には、核心的軍事支出にGDPの3.5%、安全保障関連支出に1.5%を充て、合計でGDPの5%を達成するよう求めています。この基準は欧州だけでなく、日本を含むアジアの同盟国にも適用されます。
ヘグセス国防長官は「模範的な同盟国」には武器売却や情報共有で優先的に処遇すると述べる一方、基準を満たさない国への対応については厳しい姿勢を示しています。
日本への具体的な要求
2025年6月、米国防総省は日本を含むアジアの同盟国に対し、国防費をGDP比5%まで引き上げる必要があると正式に表明しました。パーネル報道官は「中国の大規模な軍事力増強、北朝鮮の核・ミサイル開発を考慮すると、アジア太平洋地域の同盟国が欧州の水準とペースに迅速に追いつくべきなのは当然だ」と述べています。
現在、日本の防衛関連予算はGDP比約1.8%であり、政府は2027年度までに2%の達成を目指しています。高市政権は2025年度中にGDP比2.0%を達成する前倒しを決定しましたが、それでも米国が要求する5%には遠く及びません。
試算によれば、GDP比2%から3.5%に引き上げる場合は約9.2兆円、5%の場合は約18.3兆円の予算増が必要となり、国民一人当たりの追加負担額はそれぞれ7.7万円、15.3万円程度になるとされています。
欧州への影響と国際秩序の変容
欧州の安全保障体制への衝撃
トランプ政権の新戦略は、欧州の安全保障体制に大きな衝撃を与えています。ヘグセス国防長官は対中抑止を優先させ、「欧州の安全保障は同盟国が責任を持つべき」と明言しました。
この方針に対し、欧州諸国は危機感を強めています。2025年2月には、フランスのマクロン大統領が英独など欧州8か国の首脳を招集してパリで緊急会議を開催しました。ウクライナ情勢をめぐって、欧州の頭越しに不利な条件で合意がなされかねないとの警戒感が背景にあります。
デンマークはグリーンランド問題をめぐり「NATO終焉」への警告を発するなど、同盟の結束に亀裂が生じています。
ウクライナ停戦交渉への影響
トランプ政権が提示したウクライナ和平案には、ウクライナ東部2州のロシアへの割譲、ウクライナの保有軍備の制限、ウクライナのNATO非加盟など、ロシアに有利な項目が多く含まれていたとされます。
この姿勢に対しては、身内の共和党内からも批判の声が上がっています。ただし、トランプ政権は「強さによる真の平和」という政策を支持し、孤立主義ではなく「焦点を絞った真に戦略的なアプローチ」だと主張しています。
注意点・今後の展望
日本の財源問題
日本にとって最大の課題は防衛費増額の財源確保です。すでに決定しているGDP比2%(2023〜2027年度の総額43兆円)でさえ、財源が明確に定められていません。
2026年4月からの法人税・たばこ税の増税開始が予定されていましたが、衆院選で与党が過半数を失い少数与党に転落したことで、増税開始は極めて困難な状況になっています。GDP比5%を実現するためには、さらなる増税や予算の大幅な組み替えが必要となります。
同盟関係の行方
防衛研究所の分析によれば、トランプ政権の戦略は「西半球重視」が注目される一方、インド太平洋地域での中国との戦略的競争において米国の優位性を維持する方針は継続されています。
しかし、同盟国への負担増要求と欧州への関与縮小は、戦後の国際秩序を支えてきた同盟ネットワークに変容を迫るものです。日本は米国との同盟を基軸としつつも、自律的な防衛力強化と多角的な外交を進める必要性が高まっています。
まとめ
第2次トランプ政権の国家防衛戦略は、西半球防衛と中国抑止を最優先とする「選択と集中」の姿勢を明確にしました。ロシアの脅威評価引き下げと欧州への関与縮小は、戦後の国際秩序に大きな変化をもたらす可能性があります。
日本を含む同盟国には防衛費GDP比5%という高いハードルが課せられています。財源確保の困難さを考慮すると、この目標達成は容易ではありません。日米同盟の維持・強化と国内の財政制約のバランスをどう取るかが、今後の日本の安全保障政策における重要な課題となります。
参考資料:
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