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by nicoxz

米製薬大手が関税免除、日本は薬価上昇の影響を受ける可能性

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はじめに

2025年秋、米国の製薬業界に大きな転機が訪れました。Pfizerをはじめとする米欧製薬大手16社が、トランプ政権が提案していた医薬品への高率関税の対象から除外されることになったのです。しかし、この一見朗報に見えるニュースの裏には、国際的な薬価バランスに影響を及ぼす可能性が潜んでいます。本記事では、米国内での薬価引き下げの見返りとして関税免除を獲得した製薬大手各社が、収益確保のために取りうる戦略と、それが日本を含む米国外市場に及ぼす影響について解説します。

トランプ政権の関税政策と製薬業界の対応

100%関税の脅威と製薬業界への圧力

トランプ政権は2025年、ブランド医薬品、特許保護薬、バイオシミラー薬の輸入品に対して最大100%の関税を課す計画を発表しました。この政策は、米国内での医薬品製造を促進し、同時に薬価を引き下げることを目的としていました。製薬業界にとって、この関税は事業モデルを根本から揺るがす脅威となりました。

Pfizerの先駆的合意

2025年9月30日、Pfizerは米国政府との間で画期的な合意に達しました。この合意の主な内容は以下の通りです。

  • 新規上市医薬品の価格を他の先進国と同水準に設定
  • TrumpRx.govという新たな直接購入プラットフォームを通じて、プライマリケア薬と一部の専門医薬品に平均50%、最大85%の大幅な割引を提供
  • 米国内の製造・研究開発に700億ドルを投資
  • これらの見返りとして、3年間の関税免除を獲得

この合意により、Pfizerは関税による直接的なコスト増加を回避できただけでなく、業界全体に先例を示すこととなりました。

業界全体への波及効果

Pfizerに続き、AstraZeneca、Eli Lilly、Novo Nordiskなども同様の合意を結びました。2026年1月時点で、少なくとも16社の大手製薬企業が関税免除を獲得したとされています。これらの企業は、米国政府との「最恵国待遇(MFN)」型の価格合意を結び、米国での薬価をOECD諸国の最低価格に合わせることに同意しました。

米国外市場への価格転嫁の懸念

収益確保の必要性

製薬大手にとって、米国市場は世界最大かつ最も利益率の高い市場です。米国での薬価引き下げは、各社の収益に大きな影響を及ぼします。実際、2026年に導入されたメディケア価格交渉制度だけで、一部の医薬品は従来の定価から75%以上の値下げを強いられています。

製薬会社はこの収益減を補うため、複数の戦略を検討しています。その一つが、米国外市場での価格引き上げです。歴史的に、米国の医薬品価格は日本の約2倍とされてきました。米国での価格引き下げにより、この価格差が縮小することになりますが、製薬企業が収益を維持しようとすれば、米国外での価格を引き上げる誘因が生まれます。

国際参照価格制度の複雑性

興味深いことに、多くの国では医薬品の価格設定に国際参照価格制度(IRP)を採用しています。これは、他国での薬価を参考に自国の価格を決定する仕組みです。米国での薬価引き下げは、一見すると国際的な薬価全体の低下につながるように思えます。

しかし、製薬企業は洗練された価格戦略を展開しています。いくつかの報道によれば、MFN型の合意を結んだ企業の中には、2026年初頭に米国外での価格を引き上げた例もあるとされています。これは、参照価格の基準となる市場での価格を維持または引き上げることで、グローバルな価格構造を最適化しようとする動きと考えられます。

日本への具体的な影響

日本の医薬品価格制度

日本では、医薬品の価格は政府が設定する公定価格制度が採用されています。新薬の価格は、主に外国価格参照方式と類似薬効比較方式により決定され、2年に一度の薬価改定で見直されます。

2026年度の薬価改定では、市場実勢価格が公定価格を平均4.8%下回っていることが判明し、政府は薬価の引き下げを予定しています。これは、日本国内の競争環境や流通構造を反映したものです。

新薬導入への影響

日本政府は近年、いわゆる「ドラッグラグ」(新薬の承認・上市の遅れ)を解消するための改革を進めています。2024年度の改革では、日本で早期に上市された新薬に対して5〜10%の価格プレミアムを付与する「早期導入加算」が導入されました。

しかし、製薬企業が米国での収益減を補うために国際価格戦略を再編する場合、日本市場での価格設定にも影響が及ぶ可能性があります。特に、新薬の導入時期や価格設定において、企業側の判断が慎重になる可能性があります。

長期的な価格圧力

より懸念されるのは、中長期的な価格圧力です。製薬企業が「価格より数量」戦略を採用し、米国市場での大規模かつ迅速な上市を優先する一方で、他市場では価格維持・引き上げを図る可能性があります。日本は先進国の中でも医療保険制度が充実しており、安定した需要が見込める市場であるため、価格引き上げの対象となりやすい特性を持っています。

製薬業界のグローバル戦略の転換

「価格の時代」の終焉

従来、製薬業界は既存薬の段階的な価格引き上げにより安定した収益を確保してきました。しかし、米国でのメディケア価格交渉制度の導入により、この戦略は実質的に終焉を迎えています。

代わりに台頭しているのが「ボリューム重視」戦略です。企業は新薬を市場に投入してから価格交渉が開始されるまでの9〜13年の期間内に、できるだけ多くの市場シェアを獲得しようとしています。これは、迅速な承認取得、積極的なマーケティング、そして戦略的な価格設定を組み合わせたアプローチです。

地域別戦略の分化

製薬企業のグローバル戦略は、地域ごとに分化する傾向にあります。米国とヨーロッパの成熟市場では中程度の成長が予測される一方、アジア太平洋、ラテンアメリカ、その他の新興市場ではより強い成長が期待されています。

日本はこの中間に位置します。成熟市場でありながら、高齢化の進展により医薬品需要は堅調に推移すると見込まれています。製薬企業にとって、日本は「安定した収益源」として位置づけられる可能性が高く、それゆえに価格戦略の調整対象となりやすいのです。

注意点と今後の展望

実際の価格動向の監視が必要

現時点では、製薬大手が実際に日本での価格引き上げを実施したという明確な証拠はありません。多くの企業は、2026年初頭に米国内で一部の医薬品価格を引き上げたものの、これは従来からの年次価格改定の一環とされています。

しかし、今後の動向には注意が必要です。特に、2026年度以降の新薬の導入価格や、既存薬の薬価改定時の企業側の交渉姿勢を注視することが重要です。

日本政府の対応策

日本政府も、こうした国際的な価格動向を踏まえた対策を講じています。薬価制度改革では、費用対効果評価の強化、市場実勢価格の反映、革新的な医薬品への適切な評価といったバランスの取れたアプローチが取られています。

また、外国価格参照制度の見直しも検討されています。上市時に参照価格が得られなかった場合でも、後から外国価格が判明した際に薬価を調整できる仕組みが導入されました。ただし、価格上昇の場合は当初価格の1.2倍が上限とされています。

グローバルな協調の可能性

より長期的には、主要国間での医薬品価格に関する国際的な協調の必要性が高まる可能性があります。各国が個別に価格抑制策を講じる中で、製薬企業が市場間で価格調整を行う「モグラたたき」のような状況は、医療システム全体にとって最適とは言えません。

世界保健機関(WHO)や経済協力開発機構(OECD)などの国際機関を通じた対話が、今後重要性を増すでしょう。

まとめ

米国の製薬大手が関税免除を獲得したことは、一見すると業界にとっての勝利のように見えます。しかし、その代償として米国内での薬価引き下げを受け入れた企業は、収益確保のために国際的な価格戦略の再編を迫られています。

日本の患者や医療システムにとって、この動きは必ずしも好ましいものではありません。製薬企業が米国外での価格引き上げにより収益を補おうとすれば、日本も「とばっちり」を受ける可能性があるからです。

今後、日本政府は薬価制度のさらなる精緻化、国際価格動向の監視強化、そして必要に応じた国際協調を通じて、医薬品の適正な価格と安定供給を確保する必要があります。同時に、患者側も医薬品価格の動向に関心を持ち、政策議論に参加することが重要です。

製薬業界のグローバル戦略が大きく転換する今、日本が適切に対応できるかどうかが、今後の医療の質と持続可能性を左右することになるでしょう。

参考資料:

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