米粗鋼生産が26年ぶりに日本超え、世界3位に浮上
はじめに
2025年、米国の粗鋼生産量が日本を上回り、世界ランキングで3位に浮上しました。日米の順位逆転は1999年以来26年ぶりのことです。日本にとっては1963年以来62年ぶりの4位転落となり、かつて世界をリードした日本の鉄鋼産業が岐路に立たされています。
この逆転劇の背景には、トランプ政権による強力な関税政策と、AI(人工知能)向けデータセンターの建設ラッシュという2つの大きな要因があります。本記事では、日米の鉄鋼生産を取り巻く最新動向と、今後の展望について詳しく解説します。
世界鉄鋼協会が発表した2025年の生産データ
2025年の粗鋼生産量ランキング
世界鉄鋼協会(World Steel Association)が2026年1月23日に発表したデータによると、2025年の世界粗鋼生産量は18億4,940万トンでした。国別ランキングは以下の通りです。
| 順位 | 国名 | 生産量 | 前年比 |
|---|---|---|---|
| 1位 | 中国 | 9億6,081万トン | -4.4% |
| 2位 | インド | 1億6,488万トン | +10.4% |
| 3位 | 米国 | 8,195万トン | +3.1% |
| 4位 | 日本 | 8,067万トン | -4.0% |
米国は前年比3.1%増の8,195万トン、日本は同4.0%減の8,067万トンとなり、約130万トンの差で米国が日本を逆転しました。
月次データにみる逆転の過程
2025年後半の月次データを見ると、米国が着実に日本を上回る傾向が続いていました。10月には米国が700万トン(前年同月比+9.4%)に対し日本は690万トン(同-1.0%)、12月も米国690万トン(+3.6%)に対し日本は660万トン(-4.8%)と、差が開いていきました。
トランプ政権の関税政策が米国鉄鋼業を後押し
段階的に強化された鉄鋼関税
トランプ政権は2025年、鉄鋼・アルミニウムへの関税を段階的に強化しました。主な経緯は以下の通りです。
2025年3月12日には、通商拡大法232条に基づき、すべての鉄鋼・アルミニウム輸入品に25%の関税を発動しました。これはEU、カナダ、メキシコ、日本、英国など従来の免除国も対象としたものです。
さらに6月4日には、トランプ大統領が署名した大統領令により、鉄鋼関税は25%から50%に倍増されました(英国のみ25%を維持)。8月15日には対象品目がさらに拡大され、407品目の鉄鋼・アルミニウム派生製品が追加されました。
米国鉄鋼大手の動向
関税政策を背景に、米国の鉄鋼大手は価格引き上げと生産能力増強に動いています。
国内最大手のNucor(ニューコア)は、2025年3月に熱延コイル価格を1トンあたり935ドルまで引き上げました。また、ブランデンバーグ厚板工場やウェストバージニア薄板工場など、新規設備投資も進めています。Nucorは国内生産の約25%を占め、業界の価格設定をリードする存在です。
Cleveland-Cliffs(クリーブランド・クリフス)は、熱延コイル価格を1月の760ドルから7月には950ドルまで引き上げました。一方で、ミネソタ州の鉄鉱山2カ所や複数の加工施設を休止し、年間3億ドル以上のコスト削減も図っています。2025年10月には韓国POSCOとの提携を発表し、経営基盤の強化を進めています。
AIデータセンター建設ラッシュが鉄鋼需要を押し上げ
急増するデータセンター投資
AI技術の急速な普及に伴い、データセンターへの投資が世界的に急増しています。UBSの予測によると、2025年のグローバルAIインフラ投資は3,750億ドル、2026年には5,000億ドルに達する見込みです。
米国商務省のデータによれば、2025年7月時点でのデータセンター建設への年間支出は約450億ドルに達し、2020年以降の年平均成長率は32%を記録しています。米国におけるデータセンター建設支出は、史上初めてオフィスビル建設を上回りました。
データセンターが消費する大量の鉄鋼
データセンター、特にハイパースケール施設は大量の鉄鋼を必要とします。標準的なAIデータセンターで1,500〜2,000トン、大規模なハイパースケール施設では1棟あたり2万トンもの鉄鋼が使用されます。
通常の商業ビルと比較して、データセンターでは床面積あたり30〜40ポンド(約14〜18kg)と、はるかに多くの鉄鋼が必要です。これは、重いサーバー機器を支える構造、多層階の配置、電力供給設備、冷却システムなど、独自の要件に対応するためです。
世界には現在500以上のハイパースケールデータセンターが存在し、さらに建設が進んでいます。この建設ラッシュが米国の鉄鋼需要を大きく押し上げる要因となっています。
日本の鉄鋼業界が直面する構造的課題
内需縮小の長期トレンド
日本の鉄鋼業界は、構造的な内需縮小という大きな課題に直面しています。日本鉄鋼連盟によると、国内鉄鋼需要の減少要因として以下が挙げられています。
まず人口減少の影響があります。日本の人口は2010年頃をピークに減少が続いており、少子高齢化と出生率低下により、今後も粗鋼の内需低下が予想されています。
次に建設需要の低迷です。鉄鋼需要の大きな柱である建設分野で、新規着工件数が伸び悩んでいます。都市再開発や大阪万博、インフラ老朽化対策といった需要はあるものの、全体としては縮小傾向が続いています。
さらに製造業の海外移転も影響しています。自動車メーカーをはじめとする製造業の生産拠点が海外に移転し、国内での鋼材消費が減少しています。
中国発の市況悪化
世界最大の鉄鋼生産国である中国は、国内需要の減速により大量の鋼材を輸出に回しています。安価な中国製鋼材がアジア市場に流入し、日本の輸出競争力を低下させるとともに、国際的な鋼材価格の下落を招いています。
日本製鉄は中長期経営計画において、「中国の需給ギャップを起点とする鋼材マージンの長期低迷」を重要な事業環境として認識しています。
日本鉄鋼業界の対応策
こうした状況に対し、日本の高炉メーカーは老朽化設備の休止や生産拠点の集約を進めています。同時に、インドや東南アジアなど成長市場での現地生産強化に注力し、輸出依存からの脱却を図っています。
日本製鉄は、国内需要は漸減すると想定しつつも、インドを含むアジア地域では今後も確実な成長が見込まれるとして、海外事業の拡大を成長戦略の柱に据えています。
今後の見通しと注意点
米国鉄鋼業界のリスク要因
関税保護を受ける米国鉄鋼業界にも、いくつかのリスクが存在します。
まず、国内鉄鋼価格の上昇は、自動車メーカーや建設会社などの需要家にとってコスト増となります。製造業全体の競争力低下につながる可能性があります。
また、新規設備の稼働による供給増加が需要を上回れば、価格下落圧力が生じる可能性もあります。Cleveland-Cliffsが関税強化後も休止設備の再稼働を見送っているのは、こうした需給バランスへの懸念を反映しています。
データセンター建設の制約
AIデータセンターの建設ラッシュを支える電力インフラにも制約があります。大型変圧器の調達には2〜3年を要するようになり、2024年5月から2025年3月の間に、反対運動により推定640億ドル規模のデータセンター計画が遅延または中止に追い込まれています。
日本の鉄鋼業界の展望
日本の鉄鋼業界にとって、国内需要の回復は見通しにくい状況です。しかし、高品質鋼材や特殊鋼分野での技術優位性、成長市場での現地生産拡大、そしてグリーンスチール(低炭素鉄鋼)への取り組みが、今後の競争力維持のカギとなるでしょう。
まとめ
2025年、米国の粗鋼生産量が26年ぶりに日本を上回り、世界3位に浮上しました。この逆転劇は、トランプ政権による50%もの鉄鋼関税と、AIデータセンター建設ブームという2つの要因が重なった結果です。
一方、日本は人口減少や建設需要の低迷により内需が縮小し続けており、中国からの安価な輸出材による市況悪化も重なり、厳しい事業環境に直面しています。
かつて世界をリードした日本の鉄鋼産業が今後どのような戦略で競争力を維持していくのか、また米国の関税政策が世界の鉄鋼市場にどのような影響を与えるのか、引き続き注視が必要です。
参考資料:
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