ベネズエラ介入はパナマかイラクか、歴史的比較
はじめに
2026年1月3日、米軍がベネズエラを攻撃しマドゥロ大統領を拘束したことで、世界中の専門家やメディアが過去の米国による軍事介入との比較分析を行っています。
特に注目されているのが、1989年のパナマ侵攻と2003年のイラク戦争との類似点と相違点です。短期間で成功を収めた「パナマモデル」になるのか、それとも長期的な泥沼化を招いた「イラクの轍」を踏むのか。この記事では、歴史的な比較と専門家の分析を詳しく解説します。
パナマ侵攻との類似点
共通する構図
トランプ政権がベネズエラ介入を正当化する論理は、1989年のパナマ侵攻とほぼ同一です。
1989年パナマ
- ターゲット:マヌエル・ノリエガ将軍
- 罪状:麻薬取引
- 作戦の特徴:外科的作戦、司法への引き渡し
2026年ベネズエラ
- ターゲット:ニコラス・マドゥロ大統領
- 罪状:麻薬テロ共謀
- 作戦の特徴:外科的作戦、司法への引き渡し
いずれも「腐敗した麻薬独裁者を外科的に排除し、米国の司法に引き渡す」という構図です。
正当性の論理
1989年当時、米国務省はノリエガをパナマの国家元首として認めていませんでした。同様に、現在の国務省もマドゥロを「事実上の支配者だが、正当性のない統治者」と位置づけています。
この「民主的正当性の欠如」という論理が、両者の法廷での扱いを類似させる可能性があります。
「モデル介入」としての評価
パナマ侵攻は、ワシントンでは「モデル介入」として記憶されています。「迅速で、決定的で、泥沼化を免れた」作戦として、成功例とみなされています。トランプ政権の関係者も、ベネズエラ作戦をパナマになぞらえています。
パナマとの重大な相違点
軍事インフラの違い
1989年のパナマ侵攻時、米国はすでにパナマ国内に1万人以上の軍を駐留させていました。南方軍司令部もパナマ国土に置かれていました。これにより、政権移行を保証し、ギジェルモ・エンダラを大統領に据え、パナマ国防軍を完全に解体することができました。
一方、ベネズエラには米軍基地がありません。大規模な部隊を常駐させることなく、どのように安定を確保するかが課題です。
国土の規模
ベネズエラはパナマよりもはるかに大きな国で、地形も険しいです。パナマのような短期間での完全な支配は困難とみられています。
政権移行の準備
パナマ作戦が成功した一因は、権力を引き継ぐ準備ができた政治的野党が存在していたことです。米軍は迅速に出入りし、政権移行は比較的スムーズに進みました。
しかしトランプ大統領は、「安全で適切、賢明な政権移行が実現するまで、米国がベネズエラを運営する」と宣言しています。これはパナマとは異なるアプローチであり、より長期的な関与を示唆しています。
イラク戦争との比較
政権側の見解
ヘグセス国防長官は「ベネズエラへの介入とマドゥロの拘束は、イラク侵攻とは正反対だ」と主張しています。短期的で限定的な作戦であり、長期占領を意図していないとの立場です。
批判的な分析
一方で、一部のアナリストはイラクとの類似点を指摘しています。インドの政治アナリスト、ブラフマ・チェラニー氏は、法的な枠組み(麻薬取引罪状)はパナマに似ているが、実際の手法と戦略的な物語はイラク侵攻により近いと論じています。
イラクからの教訓
TIME誌の分析は、イラク取材の経験から次のように警告しています。
「独裁者を排除するのは簡単な部分だ。困難な作業はその後に来る。それには軍事力だけでなく、外交的関与、地域の賛同、そして政治移行の計画が必要だ。『イラクの自由作戦』がイラク人にほとんど自由をもたらさなかったのは、ブッシュ政権がサダム・フセインの排除をメインイベントと捉え、それが単なる序章に過ぎないことを理解していなかったからだ」
地政学的な文脈の違い
1989年と2026年の世界情勢
1989年は、ソ連が崩壊し、米国が世界で唯一の超大国だった時代です。米国の行動に対抗できる勢力は事実上存在しませんでした。
しかし2026年の今日、ロシアと中国がマドゥロ政権を支援していました。彼らの指導者は、ベネズエラでの米国の作戦を引用して、ウクライナや台湾に対する自国の野心を正当化する可能性があります。
石油へのアクセス
トランプ政権は、ベネズエラの石油へのアクセスが作戦の核心的な理由の一つであることを明確にしています。マドゥロの排除、麻薬ルートの遮断、ベネズエラ石油へのアクセス確保という三重の目標があるとされています。
国際法上の問題
正当性への疑問
英国の王立国際問題研究所(チャタムハウス)は、「マドゥロ大統領の拘束とベネズエラへの攻撃は、国際法上の正当性を持たない」との分析を発表しています。
主権国家の指導者を軍事力で拘束することは、国連憲章に違反する可能性があり、国際社会からの批判を招いています。
先例としてのリスク
この作戦が先例となれば、他の大国も同様の論理で軍事行動を正当化する可能性があります。国際秩序への長期的な影響が懸念されています。
今後のシナリオ
パナマシナリオ(楽観的)
作戦が短期間で完了し、ベネズエラで安定した政権移行が実現すれば、パナマと同様の「モデル介入」として評価される可能性があります。
イラクシナリオ(悲観的)
政権移行が長期化し、反米勢力の抵抗や治安の悪化が続けば、イラクのような泥沼化のリスクがあります。
第三のシナリオ
パナマでもイラクでもない、独自の展開になる可能性もあります。ロシアや中国の対応、中南米諸国の反応、ベネズエラ国内の政治力学によって、結果は大きく変わりうるでしょう。
まとめ
米軍のベネズエラ介入は、歴史的な比較対象として1989年のパナマ侵攻と2003年のイラク戦争が挙げられています。表面的にはパナマとの類似点が多いものの、軍事インフラの不在、国土の規模、地政学的環境などの重大な相違点も存在します。
「独裁者を排除するのは簡単だが、その後が困難」というイラクの教訓を踏まえれば、ベネズエラの今後は予断を許しません。パナマのような短期的成功になるか、イラクのような長期泥沼化を招くかは、今後の政権移行プロセスにかかっています。
参考資料:
- How US intervention in Venezuela mirrors its actions in Panama in 1989 - The Conversation
- Trump’s new imperialism recalls a dark period of US-led regime change - CNN
- Venezuela Isn’t Panama—No Matter How Much Trump Wishes It Were - TIME
- Why the U.S. intervention in Venezuela isn’t the same as Panama - NPR
- The US capture of President Maduro has no justification in international law - Chatham House
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