習近平が軍トップを一掃—人民解放軍で何が起きているのか
はじめに
中国の習近平国家主席が進める人民解放軍(PLA)の粛清が、前例のない規模に達しています。2026年1月24日、中国国防省は軍制服組トップの張又侠・中央軍事委員会副主席と劉振立・統合参謀部参謀長について、「重大な規律・法律違反」の疑いで調査を開始すると発表しました。
これにより、2022年に発足した現体制の中央軍事委員会メンバーは、習近平主席自身を除いてほぼ全員が失脚したことになります。専門家からは「1971年の林彪事件以来、最大の軍指導部の変動」との声も上がっています。
本記事では、この大規模な軍幹部粛清の背景、習近平の真の狙い、そして台湾情勢への影響について解説します。
粛清の規模と経緯
張又侠・劉振立の失脚
2026年1月24日に発表された張又侠氏と劉振立氏への調査は、習近平政権下での軍高官粛清の集大成といえる出来事です。張又侠氏は習近平氏に次ぐ軍のナンバー2であり、75歳という高齢にもかかわらず、2022年に習氏の強い要請で留任していた人物でした。
張氏の父親・張宗遜氏は人民共和国建国時の将軍の一人で、習近平氏の父・習仲勲元副首相と親交がありました。この縁から、張又侠氏と習近平氏は若い頃から「兄弟同然」の関係にあったとされています。
中央軍事委員会の壊滅的状況
2022年10月の党大会で発足した現体制の中央軍事委員会は、当初7人で構成されていました。しかし、その後の粛清により以下のように崩壊が進みました。
- 2023年10月:李尚福前国防相が解任
- 2025年10月:何衛東副主席、苗華委員が除名
- 2026年1月:張又侠副主席、劉振立参謀長が調査対象に
この結果、6人いた軍人メンバーのうち、残っているのはわずか1人のみ。事実上、習近平氏が直接軍を指揮する「一人委員会」状態になっています。
粛清の背景と理由
公式発表と疑惑の内容
中国当局は張又侠氏と劉振立氏について「重大な規律・法律違反」としか発表していません。しかし、複数の報道によれば、以下のような疑惑が浮上しています。
張又侠氏については、米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が、核兵器に関する機密情報を米国に漏洩した疑い、および李尚福氏の国防相昇進を支援するために巨額の賄賂を受け取った疑いがあると報じています。
また、人民解放軍の機関紙は両氏が「中央軍事委員会主席責任制を深刻に踏みにじり、損なった」と報じており、これは習近平氏の指揮系統に対する反抗を意味すると解釈されています。
「政治的クーデター」説
一部の専門家は、今回の粛清を単なる汚職摘発ではなく、習近平氏に対する「政治的脅威」の排除と見ています。英国王立防衛安全保障研究所のアレッサンドロ・アルドゥイーノ氏は「これは習近平主席からの直接のメッセージであり、政治的忠誠は戦闘準備よりも優先されるということです」と指摘しています。
石平氏(評論家)は「これは軍による習近平の台湾侵攻計画に対するクーデターだ」との見解を示しており、軍内部に習近平氏の方針に反対する勢力が存在していた可能性を示唆しています。
台湾情勢への影響
軍の即応能力への懸念
今回の粛清で最も注目されるのは、台湾有事への影響です。張又侠氏は中国軍の現役指導者の中で唯一、実戦経験(中越戦争)を持つ人物でした。彼の失脚により、実戦経験を持つ高官は事実上いなくなりました。
MIT(マサチューセッツ工科大学)の中国安全保障専門家テイラー・フレイベル氏は「これは本当に前例のない人民解放軍指導部の斬首です」と述べています。
専門家の見方は二分
今回の粛清が台湾侵攻にどう影響するかについて、専門家の見方は分かれています。
侵攻を遅らせる可能性 台湾の国防安全研究院の蘇紫雲氏は「新たな指揮系統を再構築するには5年以上かかる可能性がある」と分析しています。信頼できる将校を育成し、空席となったポストを埋めるには相当な時間が必要です。
侵攻準備の一環という見方 一方で、習近平氏が汚職を排除することで、自らの命令に忠実で効率的な軍隊を作ろうとしているとの見方もあります。退任前に台湾統一を実現したい習氏にとって、信頼できる指揮系統の構築は不可欠という解釈です。
権力集中の行方
政治局からの軍人排除
今回の粛清で特に注目すべきは、党の最高意思決定機関である政治局から軍人がいなくなったことです。張又侠氏は政治局員でもあり、その失脚は軍の政治的影響力の完全な排除を意味します。
これは習近平氏が「党が軍を指揮する」という原則を徹底し、自らへの権限集中を進めていることの表れです。
毛沢東時代への回帰?
一部のアナリストは、習近平氏が毛沢東のような絶対的権力を目指していると指摘します。軍の最高指揮権を完全に掌握することで、対外政策においても制約なく決断できる体制を構築しようとしているとの見方です。
今後の注意点
指揮系統の混乱リスク
今後懸念されるのは、急激な人事異動による軍の指揮系統の混乱です。経験豊富な将校が次々と排除される中、若手将校への権限委譲がスムーズに進むかは不透明です。
また、粛清を恐れる将校たちが萎縮し、正直な軍事的助言ができなくなるリスクも指摘されています。ある専門家は「米国の抑止戦略が機能するためには、習近平氏が客観的な助言を与える有能な将軍に囲まれている必要がある」と警告しています。
周辺国への影響
軍指導部の不安定化は、中国の周辺国にも影響を与える可能性があります。ロシアとの軍事協力、中央アジアでの影響力行使、南シナ海での活動など、様々な分野で不確実性が増す可能性があります。
まとめ
習近平国家主席による人民解放軍幹部の大規模粛清は、1971年以来の歴史的な出来事です。中央軍事委員会が事実上崩壊し、政治局から軍人が排除されたことで、習氏への権力集中は極限に達しています。
この動きが台湾情勢にどう影響するかは、専門家の間でも見解が分かれています。短期的には軍の即応能力が低下する可能性がある一方、長期的には習近平氏の意のままに動く軍隊が形成される可能性もあります。
日本を含む周辺国は、中国軍の動向を注視しつつ、あらゆる事態に備える必要があります。
参考資料:
関連記事
習近平氏が軍最高幹部を一掃、台湾侵攻への影響と権力集中の実態
中国の習近平国家主席が人民解放軍の大規模粛清を断行。軍制服組トップの張又俠副主席らを「規律違反」で調査。2022年発足の中央軍事委員会メンバーがほぼ一掃され、権力集中が加速しています。
張又俠とは何者か:習近平の盟友が粛清された背景
中国人民解放軍の制服組トップ・張又俠氏が汚職調査で失脚。習近平との深い絆、2022年の異例の続投、そして突然の粛清に至った経緯と、台湾情勢への影響を解説します。
中国軍トップ張又俠失脚、習近平の「個人軍」化が加速
中国人民解放軍の制服組トップ・張又俠中央軍事委員会副主席が突然失脚しました。習近平の盟友とされた人物の粛清で、軍は「党の軍隊」から「習氏の軍隊」へと大きく変貌。台湾情勢への影響も注目されます。
中国軍制服組トップ張又侠氏を調査、習近平の「個人の軍隊」化加速
中国国防省が軍制服組ナンバー2の張又侠副主席を「重大な規律違反」で調査と発表。中央軍事委員会が2人体制に縮小、異例の事態の背景と影響を解説。
中国軍機関紙が張又俠氏らを非難「国家に極めて悪質な影響」
中国国防省が軍制服組トップの張又俠・中央軍事委員会副主席を汚職の疑いで調査すると発表。解放軍報は異例の社説で厳しく非難しました。習近平体制下で続く軍の大粛清の背景と影響を解説します。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。