習近平の盟友まで粛清。中国軍トップ失脚の衝撃と背景
はじめに
2026年1月24日、中国政界に激震が走りました。人民解放軍の制服組トップである張又侠・中央軍事委員会副主席が、「重大な規律違反および法律違反」の疑いで調査対象となったのです。
張又侠氏は習近平国家主席にとって幼馴染みであり、革命時代から続く「紅二代」同士の盟友とされてきました。その張氏までもが粛清の対象となったことは、中国共産党史上でも異例の事態です。
なぜ習近平は最も信頼していたはずの将軍を切り捨てたのか。本記事では、今回の粛清の背景と中国軍への影響を解説します。
張又侠とは誰か
制服組の最高実力者
張又侠氏(75歳)は、2017年から中央軍事委員会副主席を務めてきた中国軍の最高幹部です。中央軍事委員会は習近平主席が委員長を務める軍の最高指導機関であり、張氏は実務面で軍を統括する制服組トップでした。
軍歴50年以上を誇る張氏は、1979年の中越戦争で実戦経験を持つ数少ない現役将軍でした。軍内部では習近平よりも多くの人脈と影響力を持っていたとされ、「手を出せない存在」と見なされていました。
紅二代としての絆
張又侠氏と習近平氏は、ともに「紅二代」と呼ばれる革命時代の共産党幹部の子弟です。
張氏の父・張宗遜は、建国時の「開国上将」の一人として知られる軍人です。習近平の父・習仲勲元副首相とは同志として活動し、両者は同じ陝西省にルーツを持ちます。
習近平と張又侠は北京で生まれ育ち、幼い頃から知り合いでした。革命元老の二世として、政治的にも個人的にも強い絆で結ばれていたとされています。
2022年10月の共産党大会では、張氏はすでに72歳に達していましたが、習近平は68歳で退くという従来の慣例を破って張氏の留任を認めました。これは両者の信頼関係の深さを示すものと受け止められていました。
粛清の詳細
核機密漏洩疑惑
米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の報道によると、張氏には衝撃的な疑惑がかけられています。中国の核兵器に関する機密情報を米国に漏洩したというのです。
この疑惑は、中国核工業集団(CNNC)の元総経理・顧軍氏への調査の過程で浮上したとされています。党内部の非公開ブリーフィングでは、張氏が「中国の核兵器計画に関する核心的な技術データを米国に提供した」との疑惑が提示されたと報じられています。
贈収賄と派閥形成
張氏にはもう一つの重大な疑惑があります。2023年に失脚した李尚福前国防相の昇進を支援するために巨額の賄賂を受け取ったというものです。
また「政治派閥の形成」という罪状も指摘されています。これは習近平の権力基盤を脅かす勢力を軍内に築いたという意味であり、政治的な理由による粛清であることを示唆しています。
軍機関紙の激しい非難
1月25日付の解放軍報(軍機関紙)は社説で、張氏と同時に調査対象となった劉振立委員について「信頼を裏切り、中央軍事委の主席責任制をひどく踏みにじり破壊した」と激しく非難しました。
「主席責任制」とは、習近平への絶対的な忠誠を意味します。つまり、張氏は忠誠心を問題視されて失脚したということです。
習近平の軍部粛清
史上最大級のスケール
張又侠氏の失脚は、習近平による軍部粛清の集大成ともいえるものです。アジア・ソサエティ政策研究所のニール・トーマス研究員は「習近平は中華人民共和国史上最大級の軍指導部の粛清を完了した」と指摘しています。
2022年10月に7人で発足した現在の中央軍事委員会は、度重なる粛清で6人が調査対象となり、習近平と張昇民副主席の2人だけになりました。党の序列上位20人超の政治局員を兼務していた張又侠氏の失脚により、政治局に軍人が不在という異例の事態となっています。
ロケット軍への集中的粛清
習近平の軍部粛清は、特にロケット軍(戦略ミサイル部隊)と装備発展部(武器調達部門)に集中してきました。
ロケット軍は2015年の設立以来、三代の司令員がことごとく摘発されるという異常事態です。米情報機関の分析によると、ロケット軍内部および国防産業全体の腐敗は非常に広範囲に及んでいます。
過去6カ月だけでも、少将以上の軍人15人以上が失脚しました。2024年6月には、魏鳳和・前国防相と李尚福・前国防相の2人が同時に党籍・軍籍を剥奪されています。
なぜ習近平は軍を粛清するのか
香港メディアによると、習近平は2012年の党内会議で旧ソ連崩壊について「ソ連共産党内の一部の人は党を救おうとしたが、専制の道具(軍)が手中になかったから、それができなかった」と指摘したとされています。
つまり習近平は、軍を党(自分自身)の最後の砦と見なしており、軍への統制を何よりも重視しているのです。腐敗撲滅という名目の下、自分に従わない可能性のある将軍を次々と排除してきたと考えられます。
粛清がもたらす影響
台湾問題への影響
今回の粛清は、中国の台湾政策にも影響を与える可能性があります。
米国防総省で中国専門家を務めたドリュー・トンプソン氏は、張又侠について「人民解放軍の能力と欠点について、習近平に最も客観的な助言ができた唯一の現役将校だった」と評しています。「軍事紛争の人的コストについても、率直に意見を述べることができた」とも指摘しました。
張氏を失ったことで、習近平の周りには実戦経験がなく、習近平の聞きたいことだけを報告する追従者ばかりになる恐れがあります。これは台湾をめぐる判断において、危険な状況をもたらす可能性があります。
軍の戦闘準備態勢への懸念
英国王立統合軍事研究所のアレッサンドロ・アルドゥイーノ研究員は、今回の粛清について「政治的忠誠が戦闘準備態勢よりも優先されるという、習近平からの直接的なメッセージだ」と分析しています。
腐敗摘発は必要なことですが、軍の最高幹部を次々と失脚させることは、軍の士気や指揮系統に悪影響を与えかねません。特に、紅二代の最後の一人を切り捨てたことは、軍内のベテラン将校に大きな衝撃を与えているでしょう。
紅二代の終焉
張又侠氏の失脚は、中国政治における「紅二代」の時代の終わりを象徴しています。
2022年の第20回党大会以降、紅二代は権力の中枢からほぼ排除されてきました。政治局には習近平本人と張又侠氏しか紅二代がいませんでしたが、今回の粛清で習近平だけになりました。
かつて鄧小平や陳雲が推進した「革命元老の子弟による政権継承」という構想は、皮肉にも紅二代の習近平自身の手によって完全に終焉を迎えたことになります。
まとめ
張又侠氏の失脚は、習近平による権力集中がいかに徹底したものであるかを示しています。幼馴染みであり、革命時代からの絆で結ばれた盟友でさえ、絶対的な忠誠を示さなければ容赦なく切り捨てられるのです。
軍の最高幹部の大半を失脚させた習近平ですが、これが中国軍の戦闘能力や士気にどのような影響を与えるかは未知数です。政治的忠誠を優先した人事が、有事の際にどのような結果をもたらすのか。今後の動向を注視する必要があります。
参考資料:
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