自動車春闘、関税逆風でも過去最高の賃上げ要求が相次ぐ背景
はじめに
2026年2月18日、自動車大手の労働組合が春季労使交渉(春闘)の要求書を経営側に一斉提出しました。注目すべきは、トランプ米政権の関税政策による業績悪化が懸念される中でも、マツダや日野自動車の労組が過去最高額の賃上げを求めている点です。
連合が掲げる「賃上げ分3%以上、定昇込み5%以上」の目標に沿い、自動車業界全体で物価上昇を超える賃上げの機運は維持されています。しかし、その成否はサプライチェーンを支える中小企業の価格転嫁が進むかどうかにかかっています。
自動車各社の要求内容
マツダ:過去最高の月1万9000円要求
マツダの労働組合は、ベースアップ(ベア)を含む「賃金改善分」と定期昇給分を合わせて月1万9000円の賃上げを要求しました。これは同社の春闘史上、過去最高額となります。
マツダは米国市場への依存度が比較的高く、トランプ政権の関税政策による影響を直接的に受ける企業の一つです。それにもかかわらず過去最高の要求に踏み切った背景には、物価上昇への対応と人材確保の必要性があります。
日野自動車:2万1000円で記録更新
日野自動車の労組は、賃金改善分と定期昇給分の合計で月2万1000円の賃上げを要求しました。2025年の1万8000円を大きく上回り、記録が残る1990年代後半以降で最高額です。
日野自動車は親会社のトヨタ自動車グループの一員として、北米市場でのトラック・バス事業を展開しています。関税の影響を受けやすい立場にありますが、ドライバー不足が深刻な商用車業界では、人材の確保・定着のために賃上げが欠かせない状況です。
トヨタ:一時金は前年から引き下げも高水準
トヨタ自動車の労組は、賃上げ要求として職種・職位ごとに月8,590円から2万1,580円の幅を設定しました。前年比での水準は非公表としています。一方、一時金は7.3カ月分を要求しており、過去最高だった2025年の7.6カ月分から0.3カ月分引き下げました。
全トヨタ労連は「前年上回る賃上げ」という文言を方針に盛り込まず、米関税の影響を踏まえた慎重な姿勢を見せています。
ホンダと日産:明暗が分かれる
ホンダの労組は月1万8,500円を要求しています。2025年の1万9,500円からは1,000円の引き下げですが、依然として高水準を維持しています。一時金は5.4カ月分の要求です。
一方、日産自動車の労組は月1万円の賃上げ要求にとどまりました。2025年の1万8,000円から8,000円もの大幅減額です。日産は業績悪化が深刻で、リストラや工場閉鎖を進めている状況にあり、要求額にもその苦境が反映されています。
関税逆風下でも高水準が維持される理由
物価上昇と実質賃金の課題
高水準の賃上げ要求が続く最大の理由は、物価の継続的な上昇です。日本のインフレ率は2%前後で推移しており、実質賃金のプラスを維持するには、定期昇給分を含めて4~5%の賃上げが最低ラインとなっています。
2025年の春闘では5%台の高い賃上げ率を実現しましたが、食品やエネルギー価格の上昇が続く中、2026年も同水準を維持しなければ、実質的な生活水準の低下につながりかねません。
人材獲得競争の激化
自動車業界では、EV化やソフトウェア開発の人材需要が急増しています。IT企業やスタートアップとの人材獲得競争が激化する中、賃上げによる待遇改善は優秀な人材を引きつけるための重要な施策です。
特に商用車を扱う日野自動車では、深刻なドライバー不足が経営課題となっており、物流を支える人材を確保するためにも、高水準の賃上げが不可欠です。
「社会的責任」としての賃上げ
自動車産業は裾野が広く、部品メーカーや販売店を含めると約550万人が従事する日本最大の産業です。大手メーカーの賃上げは、サプライチェーン全体の賃上げを牽引する「起点」としての役割を担っています。
産業界全体で「物価の伸びを超す賃上げ」を目指す機運が高まる中、大手自動車メーカーが率先して高水準の要求を行うことで、中小企業の賃上げにも波及させたいという狙いがあります。
中小企業の賃上げと価格転嫁の課題
転嫁率は下請けほど低下
今回の春闘で最大の焦点は、大手の賃上げが中小企業に波及するかどうかです。中小企業庁の調査によれば、コスト上昇分の価格転嫁率は、1次下請けが54.7%、2次が52.5%と5割を超える一方、4次以下では42.1%にとどまっています。
多重下請け構造の中で、末端に近い企業ほど価格転嫁が困難な状況が続いています。大手が賃上げを実現しても、下請け企業が原資を確保できなければ、格差は拡大する一方です。
連合の中小向け目標
連合は2026年春闘で、中小組合に対して「6%以上・1万8,000円以上」の賃上げを目標として掲げています。格差是正分として1%超の上乗せを求めており、大手と中小の賃金格差を縮小する意図が明確です。
しかし、原材料費やエネルギーコストの上昇に加え、トランプ関税の影響が供給網全体に広がる中、中小企業の経営体力には限界があります。「賃上げ疲れ」とも呼ばれる現象が指摘されており、持続可能な賃上げの仕組みづくりが急務です。
注意点・展望
自動車大手の春闘は、3月18日の集中回答日に向けて本格的な交渉が進みます。経営側がどこまで労組の要求に応じるかが焦点です。
第一生命経済研究所の予測によれば、2026年春闘の賃上げ率は前年並みの5.45%が見込まれています。これが実現すれば、3年連続で5%超の高水準が達成されることになります。
ただし、トランプ関税の影響が本格化するのはこれからです。自動車メーカーの業績が大幅に悪化した場合、回答額が要求を大きく下回る可能性もあります。特に業績が厳しい日産の動向は、業界全体の賃上げムードに影響を与えかねません。
まとめ
2026年春闘で自動車各社の労組が高水準の賃上げを要求している背景には、物価上昇への対応、人材獲得競争、そしてサプライチェーン全体への波及効果への期待があります。関税の逆風がある中でも、マツダや日野自動車が過去最高額の要求に踏み切ったことは、賃上げの社会的な重要性が広く認識されている証拠です。
3月18日の集中回答日に向けて、大手の回答内容と中小企業への波及がどのように進むか、継続的に注目する必要があります。
参考資料:
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