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by nicoxz

日本の中古車がアフリカを席巻、ビィ・フォアードの成功戦略

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はじめに

日本の中古車がアフリカ大陸で圧倒的な存在感を示しています。その中心にいるのが、東京都調布市に拠点を置く株式会社ビィ・フォアード(BE FORWARD)です。日本国内ではあまり知られていないこの企業が、アフリカを含む世界214の国・地域に中古車を輸出し、年間販売台数は国内最大手のネクステージに匹敵する規模に成長しています。

「最後のフロンティア」と呼ばれるアフリカ市場で、なぜビィ・フォアードは成功を収めたのでしょうか。本記事では、同社のビジネスモデルと成長戦略、そしてアフリカ中古車市場の可能性について解説します。

ビィ・フォアードとは

会社概要

ビィ・フォアードは2004年、山川博功氏によって東京で設立されました。中古車・中古自動車パーツを自社開発の越境ECサイトで海外に販売する企業です。本社は六本木ヒルズの森タワーに置き、創業の地である調布市にもオフィスを構えています。

社名の「ビィ・フォアード」は、創業者の山川氏の母校である明治大学ラグビー部の北島忠治監督が唱えた「前へ」というスローガンに由来しています。まさにその名の通り、同社は前進を続け、日本の越境EC企業として国内トップの地位を築きました。

圧倒的な事業規模

日本ネット経済新聞(2023年版)によると、ビィ・フォアードのネット通販売上高は国内13位で、越境ECサイトとしては国内第1位です。第20期(2022年7月~2023年6月)決算では、創業初となる売上高1,000億円を突破しました。

世界200以上の国と地域に年間13万台の車両を販売・輸出しており、ECサイトは7か国語に対応しています。月間6,000万ページビューを超えるサイトには、約35万台の商品が掲載されています。

創業者・山川博功氏の軌跡

中古車業界への参入

山川博功氏は1971年鹿児島県生まれ。明治大学文学部を卒業後、1993年に東京日産自動車販売に入社し、優秀新人営業賞を受賞しました。その後1997年にカーワイズに入社し、わずか3ヶ月で同社トップセールスとなります。

1999年に有限会社ワイズ山川を設立して独立。当初は車の買い取り業を営んでいましたが、海外輸出を行う業者が自社の車を高額で買っていくことに気づき、輸出ビジネスへの参入を決意しました。

数億円の詐欺被害を乗り越えて

輸出ビジネスへの参入は、決して順風満帆ではありませんでした。山川氏はミャンマーで2,500万円、ニュージーランドで2億5,000万円をだまし取られるという苦難を経験しています。

それでも諦めずに事業を継続し、中古車情報サイト「トレードカービュー」に解体車を掲載し始めたところ、アフリカ地域で飛ぶように売れ始めました。この発見が、同社の運命を大きく変えることになります。

アフリカ市場での成功要因

徹底した低価格戦略

ビィ・フォアードがアフリカ市場で急成長できた最大の要因は、競合他社が真似できない低価格戦略です。「トレードカービュー」という集客プラットフォームを低コストで活用しながら、徹底した低価格で市場での知名度を一気に高めていきました。

2014年には年間12万6,000台を超える中古車を124か国に輸出するまでに成長。現在では取引相手国が214の国・地域に拡大し、そのうちアフリカが56の国・地域で輸出台数全体の約5割を占めています。

中国の対アフリカ投資という追い風

同社の成長を後押しした外部要因として、中国の対アフリカ投資があります。中国は石油、鉄鉱石、銅、プラチナなどの天然資源をアフリカ諸国から輸入し、アフリカでの建設プロジェクト額は2007年の約120億ドルから2012年には400億ドルを超えました。

この投資により、アフリカ経済は下支えされ、アフリカのライフラインとも言える自動車の輸入ニーズが高まり続けました。ビィ・フォアードは、この需要拡大の波に乗ることに成功したのです。

現地ネットワークの構築

アフリカの独特な商習慣に対応するため、ビィ・フォアードは約10年をかけて「ブランド力」と「現地ネットワーク」を構築しました。39か国に100店舗のエージェントオフィスと提携し、現地の商習慣や輸入規制の変更、災害情報などをリアルタイムで把握できる体制を整えています。

同社の越境ECサイトは、レソトやマラウィではアクセスランキングのTOP10に入り、Wikipediaを上回る影響力を持つまでになっています。

独自のマーケティング戦略

草の根からのブランド構築

アフリカでビィ・フォアードの名前が広がったのは、口コミの力でした。輸出する中古車にはビィ・フォアードのステッカーを貼り、購入客にはTシャツ、バッグ、キャップ、リストバンドなどのグッズを無償で送りました。

「Show your smileキャンペーン」として、最高の笑顔の写真を送ってくれた人に各国で1台ずつ車をプレゼントする企画も実施。山川氏がタンザニアを訪れると「ビィ・フォアードの社長が来てるよ!」と大騒ぎになるほどの知名度を獲得しています。

サッカーを通じた認知拡大

アフリカで人気の高いサッカーを活用したマーケティングも展開しています。2014年にはマラウィでプロサッカーチームによるチャリティーマッチ「ビィ・フォアード・カップ」を開催。2015年からはマラウィの「BE FORWARD WANDERERS FC」の単独スポンサーとなり、2017年には11年ぶりのリーグ優勝を達成しました。

ブラッドオレンジ色のユニフォームは、ビィ・フォアードの認知度向上に大きく貢献しています。

サポーターズプログラム

2015年からは「BE FORWARD SUPPORTERS」というファン組織を結成しました。個人の代理業者としてビィ・フォアードの中古車を販売したメンバーに成功報酬を支払う仕組みで、現地での販売網を拡大しています。

アフリカ中古車市場の実態

新車の5倍売れる中古車

アフリカの自動車市場には独特の特徴があります。豊田通商アフリカ本部によると、アフリカ市場では新車が年間約120万台売れる一方、中古車は約500万台が流通しています。そのうち約100万台がアフリカ大陸外から輸入される中古車です。

自動車保有率を見ると、欧州や日本では1,000人当たり約600台ですが、アフリカでは約40台にとどまっています。所得水準が低いため新車よりも中古車の需要が高く、これが日本からの中古車輸出を支えています。

日本車が選ばれる理由

アフリカで日本車が人気を集める理由は明確です。トヨタをはじめとする日本車は信頼性と耐久性に優れ、アフリカの厳しい道路条件にも耐えられます。南ア拠点の非営利団体が発表した「Brand Africa 100 2023」では、全業種の人気ブランドのうちトヨタが8位に入り、自動車ブランドではトップとなりました。

特に人気なのは、ランドクルーザーやエクストレイルといった走破性の高いSUV、ハイエースなどの商用バン、そしてピックアップトラックのハイラックスです。悪路が多いアフリカでは、これらの車種への需要が特に高いのです。

日本からの輸出規模

財務省によると、2023年の日本からアフリカへの中古車輸出は29万2,779台(1,695億円)でした。国別ではタンザニアが約7万台、ケニアが約5万6,000台、南アフリカが約4万4,000台となっています。

また、アラブ首長国連邦(UAE)は日本からの輸出台数で2位の約18万台を記録しており、UAEがアフリカへ日本製中古車を再輸出する拠点になっているとも言われています。

今後の展望と課題

アフリカビジネスの拡大

ビィ・フォアードは中古車輸出で培ったノウハウを活かし、アフリカ進出を目指す日本企業へのサポートサービスも展開しています。市場調査、物流支援、現地ネットワークの紹介など、アフリカビジネスに必要な情報やサービスを提供しています。

タンザニアとザンビアでは不動産物件マッチングサイトも展開しており、中古車以外の分野への事業拡大も進めています。

成長が見込まれるアフリカ市場

人口が急増するアフリカでは、中長期的に自動車需要の拡大が見込まれます。現在は所得水準が低く中古車市場が中心ですが、経済成長に伴い新車需要も拡大すると予想されています。

日本製中古車への高い信頼感は、将来的に日本の自動車メーカーのアフリカ進出をアシストする可能性があります。中古車で日本車の品質を体験した消費者が、所得向上とともに新車購入へと移行するシナリオが期待されています。

まとめ

ビィ・フォアードの成功は、徹底した低価格戦略、現地ネットワークの構築、独自のマーケティング活動という3つの要素が組み合わさった結果です。「勝てる戦略を実行し続けた経営力」こそが、同社を越境EC国内トップ企業へと押し上げました。

アフリカは世界で最も未開拓な自動車市場の一つであり、今後も成長が期待されます。日本の中古車がアフリカの人々の生活を支え、同時に日本企業に新たなビジネス機会をもたらしている現状は、グローバルビジネスの可能性を示す好例といえるでしょう。

参考資料:

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