丸紅が挑む医薬品事業「脱商社」への道
はじめに
総合商社が従来の「モノを右から左へ流す」ビジネスモデルからの脱却を進めています。その象徴的な動きが、丸紅の医薬品事業です。
丸紅は2025年から2026年にかけて、住友ファーマのアジア事業承継やアフリカの医薬品販売会社への出資を通じて、26の国・地域にまたがる医薬品販売事業プラットフォームを構築しました。単なる貿易仲介や事業投資にとどまらず、薬事登録から流通網開拓、マーケティングまでをワンストップで提供する「ソリューション型」ビジネスへと進化しています。
本記事では、丸紅の医薬品事業戦略と、総合商社の「脱商社」モデルについて詳しく解説します。
丸紅の医薬品事業:26の国・地域に展開
医薬品戦略プラットフォームの全体像
丸紅は医薬品関連事業を「世界各国に必要とされる次世代事業のひとつ」と位置づけ、積極的な投資を進めてきました。その結果、以下の地域をカバーする事業プラットフォームを構築しています。
- アジア・中国:9の国・地域
- 中東諸国:8カ国
- アフリカ:9カ国
取り扱う製品は10,000品目を超え、感染症、中枢神経系、消化器科、循環器科、泌尿器科など幅広い疾患領域をカバーしています。
住友ファーマのアジア事業承継
2025年4月、丸紅は住友ファーマのアジア地域(中国、台湾、香港、東南アジア各国)における医薬品販売事業を約450億円で取得しました。さらに2029年以降には、残りの株式40%を約270億円で取得するオプションを有しています。
承継した事業は、中国・東南アジアで約50の医薬品を販売しており、2025年3月期の売上高は458億円、セグメント利益は231億円という収益性の高いビジネスです。
2025年8月には「丸紅ファーマシューティカルズ株式会社」が発足し、「世界の人々が笑顔で暮らせる毎日に貢献する」をミッションに掲げて事業を開始しました。
アフリカのPhillips Pharmaへの出資
2025年8月、丸紅はアフリカ大手医薬品販売会社Phillips Healthcare Corporation(Phillips Pharma)への出資を完了し、持分法適用会社としました。
Phillips Pharmaは、ケニア、ナイジェリア、ガーナなどアフリカ9カ国で事業を展開し、世界の製薬会社100社以上の医薬品・医療機器を販売しています。欧米・日系メーカーの製品を中心に、抗がん剤やワクチンなど付加価値の高い製品群も取り扱っています。
丸紅がPhillips Pharmaへの出資を決めた理由として、同社が複数国に展開することでリスク分散しながら「アフリカを面でおさえている」点が挙げられます。
ソリューション型ビジネスの強み
アフリカ医薬品市場の参入障壁
アフリカの医薬品市場には、日本企業を含む海外メーカーにとって大きな参入障壁があります。
- 薬事規制が国ごとに異なる
- 薬価制度が複雑
- 流通インフラが未整備
- 現地での安全性監視体制の構築が困難
これらの障壁により、薬事登録から輸入、プロモーション、流通、安全性監視までを一貫して対応できる事業者は限られていました。
ワンストップソリューションの提供
丸紅がPhillips Pharmaを通じて提供するのは、まさにこの課題を解決するワンストップソリューションです。
製薬メーカーが新たな国への進出を希望する場合、Phillips Pharmaは以下のサービスを一括で提供します。
- 薬事登録:現地当局への申請手続きの代行
- 輸入・物流:コールドチェーンを含む物流網の整備
- マーケティング:現地医療機関・医師へのプロモーション
- 流通網開拓:病院・薬局への販売チャネル構築
- 安全性監視:副作用報告など規制対応
現地密着型のアプローチ
ケニアでは、丸紅の社員が現地に駐在し、病院の医師と直接関係を構築しています。「患者への負荷が少ない抗菌薬の需要はありませんか」といったヒアリングを通じて、現地のニーズを把握し、最適な医薬品を提案する活動を行っています。
これは単なる商品の仲介ではなく、医療現場の課題解決を起点としたコンサルティング型のアプローチです。
総合商社の「脱商社」モデルとは
トレーディングから事業投資へ
総合商社のビジネスモデルは、大きく変化してきました。従来は「モノを右から左へ流す」トレーディングが中心でしたが、現在は事業投資や新規事業開発に軸足を移しています。
この背景には以下の要因があります。
- 資源価格の変動リスク
- 市場競争の激化
- グローバル化による事業機会の多様化
2010年代半ばの資源バブル崩壊時には、各社が相次いで減損を計上し赤字に陥りました。以降「脱資源」が商社経営のキーワードとなり、現在は「資源ポートフォリオの良質化」と非資源分野の拡大が進んでいます。
コンサルティング機能の内製化
丸紅の医薬品事業が示すように、総合商社は単なる投資家ではなく、事業運営のノウハウを持つ「ソリューションプロバイダー」へと進化しています。
丸紅グループには「ドルビックスコンサルティング」というコンサルティング会社もあり、商社の事業資産と戦略・デジタルのコンサルティング知見を組み合わせた価値提供を行っています。
データとAIの活用
今後、商社の競争力の源泉は「情報とデータ、データを扱うAI」を押さえることにシフトしていくと考えられています。従来は「モノの流れ」「カネとヒトの流れ」を押さえることで収益を確保してきましたが、デジタル技術の活用により、バリューチェーン全体の価値向上を実現する新しいビジネスモデルが生まれています。
アフリカ医薬品市場の成長性
人口増加と市場拡大
アフリカの人口は2050年に24億人を超える見通しで、2024年から9億人以上増加すると予測されています。丸紅によると、アフリカの医薬品市場は年率10%のペースで成長が見込まれています。
この巨大な成長市場に対して、薬事登録から流通までの参入障壁を解消するプラットフォームを持つことの価値は計り知れません。
丸紅の成長目標
丸紅は医薬品関連事業全体で、2029年度には売上1,000億円超の事業へと成長させる計画を掲げています。住友ファーマのアジア事業(売上458億円)とPhillips Pharmaを核として、さらなる事業拡大を目指します。
注意点・展望
他商社との競争
医薬品・ヘルスケア分野への参入は丸紅だけではありません。他の総合商社も成長市場として注目しており、今後競争が激化する可能性があります。丸紅の強みは、早期に26の国・地域にまたがるプラットフォームを構築した先行者優位にあります。
規制リスクと政治リスク
新興国での事業展開には、規制変更や政治的不安定さというリスクが伴います。複数国に分散展開することでリスクヘッジしていますが、個別国での事業環境悪化には注意が必要です。
製薬企業との連携深化
丸紅が提供するソリューションの価値は、どれだけ多くの製薬企業のパートナーになれるかにかかっています。Phillips Pharmaはすでに世界の製薬会社100社以上と取引がありますが、日系メーカーとの連携強化が今後の課題となるでしょう。
まとめ
丸紅の医薬品事業は、総合商社の「脱商社」モデルを体現する取り組みです。単なる貿易仲介や事業投資ではなく、薬事登録から流通、マーケティングまでをワンストップで提供するソリューション型ビジネスへと進化しています。
2025年の住友ファーマのアジア事業承継とアフリカのPhillips Pharmaへの出資により、丸紅は26の国・地域をカバーする医薬品販売事業プラットフォームを構築しました。2029年度には売上1,000億円超を目指しています。
アフリカの人口は2050年に24億人を超え、医薬品市場は年率10%で成長する見通しです。この巨大な成長市場において、参入障壁を解消するプラットフォームを持つ丸紅の戦略は、総合商社の新しいビジネスモデルとして注目に値します。
参考資料:
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