中国の出生数900万人割れ、政策転換10年でも止まらぬ少子化
はじめに
中国の人口動態が歴史的転換点を迎えています。2025年の出生数は888万人と予測され、初めて900万人を下回る見通しです。2016年の一人っ子政策廃止時には1,786万人だった出生数は、わずか9年で半減しました。2026年1月は政策転換から10年の節目ですが、習近平政権が打ち出す育児給付金、避妊具課税、出産費用の保険全額カバーなど、矢継ぎ早の対策も効果は限定的との見方が強まっています。本記事では、中国の少子化が加速する背景と政府の対応、そして日本を超える速さで進む人口減少の実態を詳しく解説します。
政策転換10年の軌跡と現実
一人っ子政策から出産奨励へ
中国政府は2016年1月1日、36年間続いた一人っ子政策を正式に廃止し、全てのカップルに2人目の出産を認めました。さらに2021年7月には改正人口・計画出産法を施行し、3人目の出産を解禁。事実上、出産制限を撤廃しました。
しかし、この政策転換は期待された効果をもたらしませんでした。2016年の出生数1,786万人をピークに、中国の出生数は右肩下がりを続けています。2022年には建国以来初めて1,000万人を割り込み956万人に、2023年には過去最低の902万人まで減少しました。
2024年は辰年(龍年)という縁起の良い年として、8年ぶりに出生数が954万人に微増しましたが、これは一時的な「辰年効果」と各地の出産支援策が重なった結果であり、構造的な改善ではありません。専門家は2025年の出生数が再び減少に転じ、888万人程度になると予測しています。
合計特殊出生率の危機的水準
中国の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの平均数)は2021年時点で1.15と、日本の1.37を大きく下回る水準まで低下しました。人口維持に必要な2.1を大きく下回り、先進国の中でも最低水準です。
この数字が維持される場合、西南財経大学の研究チームは以下の予測を発表しています。
- 2035年:出生数757万人、総人口13.5億人
- 2050年:出生数655万人、総人口11.88億人
- 2100年:総人口は現在の半分以下に減少
中国の総人口は2022年から3年連続で減少しており、2024年には14億828万人となりました。2027年には14億人を下回ると予測されています。
政府の少子化対策と限界
2025年〜2026年の新政策パッケージ
中国政府は少子化に歯止めをかけるため、以下の包括的な政策を相次いで打ち出しています。
育児給付金制度(2025年7月発表)
- 3歳未満の全ての子どもに年間3,600元(約7万4千円)を支給
- 2025年1月以降に生まれた子どもから適用
- 2022年1月〜2024年末生まれの子どもにも一部支給
- 受益世帯数は2,000万世帯超と推定
避妊具への課税(2026年1月実施)
- これまで免税だった避妊具・避妊薬に13%の付加価値税を課税
- 逆に育児サービスと結婚関連サービスは免税に
出産医療費の全額保険適用(2026年実施予定)
- 保険でカバーされる出産費用の自己負担をゼロに
- 経済的障壁を除去する狙い
政策の効果と課題
しかし、専門家の多くはこれらの政策の効果に懐疑的です。第一生命経済研究所の分析によると、年間3,600元の給付金は都市部の育児コストに対してあまりにも少額であり、出生率への影響は限定的と見られています。
日本総研の報告書も、中国の少子化対策が機能する可能性は低いと指摘しています。その理由は以下の通りです。
- 経済的支援の不足:給付金額が都市部の実際の育児コストに対して不十分
- 構造的問題の未解決:雇用不安、住宅価格高騰、教育費負担などの根本的課題に対処していない
- 価値観の変化:若者の結婚・出産に対する意識の変化に対応できていない
若者の結婚離れと経済不安
結婚数の劇的減少
中国の少子化の根底には、結婚数の急激な減少があります。2024年の婚姻届出件数は610万組で、前年比2割減、過去10年で半分以下に減りました。ピークだった2013年の1,346万組と比較すると、実に54%もの減少です。
この結婚数の減少が、出生数減少の直接的な原因となっています。中国の専門家は「2025年の出生数は2割減」と予測しており、結婚数の減少傾向が続く限り、出生数の回復は見込めません。
若年層の将来不安
若者が結婚や出産を避ける背景には、深刻な経済不安があります。
雇用不安
- 若年層の失業率の高止まり
- 新卒者の就職難
- キャリアの先行き不透明感
生活コストの高騰
- 都市部の住宅価格上昇(2022年以降は下落傾向だが、依然高水準)
- 教育費の負担増大(塾・習い事の競争激化)
- 結婚費用の高額化(持ち家購入が前提の風潮)
価値観の変化
- 晩婚化の進行
- 個人のキャリアや生活の質を重視する傾向
- 伝統的な家族観からの脱却
ここ数年の不動産市況の悪化も、幅広い経済活動に影響を与えており、将来への不安を増幅させています。
日本を超える少子高齢化の速度
日本との比較
中国の少子高齢化は、日本以上の速度で進行しています。日本の合計特殊出生率が1.37であるのに対し、中国は1.15と大幅に低く、回復の兆しも見えません。
独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の分析によると、中国は「富む前に老いる」リスクに直面しています。日本が高度経済成長を経て豊かになってから高齢化社会に突入したのに対し、中国は十分な経済発展を遂げる前に人口減少局面に入りつつあります。
社会・経済への影響
人口減少が本格化すれば、中国経済と社会に以下の影響が予想されます。
経済面
- 労働力人口の減少による成長鈍化
- 内需の縮小
- 年金・医療など社会保障費の急増
- イノベーション能力の低下懸念
社会面
- 高齢者の介護負担増大
- 地方の過疎化加速
- 世代間の格差拡大
すでに需要減少の兆候も現れ始めており、長期的な経済成長の持続可能性に疑問符がつき始めています。
注意点・展望
政策の限界と必要な対応
中国政府の現在の対策は、主に経済的インセンティブに焦点を当てていますが、若者の価値観や社会構造の変化に十分対応できていません。真に効果的な少子化対策には、以下のような包括的アプローチが必要です。
- 働き方改革:長時間労働の是正、育児休業制度の充実、男性の育児参加促進
- 教育費負担の軽減:義務教育の質向上、私教育(塾など)への依存度低減
- 住宅政策:若年層が購入・賃貸しやすい住宅市場の整備
- 雇用の安定化:若年層の雇用環境改善、キャリア形成支援
国際的な影響
中国の人口減少は、世界経済にも大きな影響を及ぼします。中国は世界最大の人口を持つ国であり、その消費市場の縮小は、グローバルなサプライチェーンや貿易に波及します。
また、日本や韓国など、すでに少子高齢化に悩む東アジア諸国にとって、中国の経験は重要な教訓となります。経済的支援だけでは少子化を止められないという事実は、各国の政策立案者にとって示唆に富む事例です。
まとめ
中国の2025年出生数が900万人を割る見通しとなり、一人っ子政策廃止から10年を経ても、少子化の流れを変えることはできていません。育児給付金、避妊具課税、出産費用の保険適用など、政府は矢継ぎ早に対策を打ち出していますが、若者の経済不安や価値観の変化に対応するには不十分です。
結婚数は過去10年で半減し、2024年には610万組まで減少。若年層の雇用不安、都市部の生活コスト高騰、将来への不透明感が、結婚や出産を遠ざけています。中国の合計特殊出生率1.15は日本の1.37を大きく下回り、このペースが続けば2100年までに人口は半減すると予測されています。
今後、中国が少子化に歯止めをかけるには、単なる経済的支援を超えた、働き方改革、教育費負担軽減、雇用安定化など、社会構造の根本的な変革が必要です。「富む前に老いる」中国の人口動態は、グローバル経済にも大きな影響を与える重要な課題となっています。
参考資料:
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