中国α世代に広がる虚無スラング、その背景と社会への影響

by nicoxz

はじめに

「那咋了(だから?)」「又能怎(それで?)」——中国の若い世代の間で、こうした投げやりな言葉が日常会話に浸透しています。これらは単なる流行語ではなく、社会に対する深い諦めと虚無感を反映した「虚無スラング」と呼ばれる現象です。

2010年以降に生まれたα世代(アルファ世代)は、世界で約20億人に達する史上最大の世代とされています。しかし、中国のα世代は、経済成長の鈍化や厳しい競争社会の中で、独特の価値観を形成しつつあります。本記事では、この虚無スラング現象の背景と、それが示す社会的意味について解説します。

「虚無スラング」とは何か

投げやりな言葉に込められた意味

中国のα世代の間で広がる虚無スラングは、学校や家庭での会話において顕著に見られます。親が学業や将来について問いかけても、「那咋了(だから?)」「又能怎(それで?)」といった返答が返ってくるのです。

これらの言葉は、単なる反抗期の表現ではありません。過度な競争や将来への不安が、子どもたちの心に深く影響を与えている証拠とも言えます。中国では「内卷(ネイジュアン)」と呼ばれる過剰競争が社会問題化しており、その影響は若年層にまで及んでいます。

「躺平」から「擺爛」への変遷

虚無スラングの背景には、中国の若者文化の変遷があります。2016年頃から「丧文化(喪文化)」と呼ばれる無気力・悲観的なサブカルチャーが広がり始めました。

2017年には「佛系(仏系)」という言葉が流行しました。これは社会的な競争を避け、「ほどほど」の生き方を追求するライフスタイルを指します。元々は日本の雑誌で使われた「仏男子」という言葉が、中国で再解釈されたものです。

2021年には「躺平(タンピン)」が社会現象となりました。これは「寝そべる」という意味で、競争社会を忌避し、住宅購入・結婚・出産を諦めるライフスタイルを表します。具体的には「住宅を買わない、車を買わない、恋愛しない、結婚しない、子供を作らない、消費は低水準」という姿勢です。

さらに最近では「擺爛(バイラン)」という言葉が広がっています。これは「腐らせる」という意味で、状況を改善しようとせず、悪化を受け入れるという、より皮肉的な態度を表します。

若者の虚無感を生む社会構造

深刻な若年失業問題

中国の16〜24歳の失業率は2025年8月時点で18.9%に達し、記録的な水準となっています。2024年の大卒内定率は5割を下回り、厳しい就職難が続いています。

かつて中国経済を支えた不動産・建設業界は深刻な不況に陥っており、恒大集団や碧桂園といった巨大企業の経営危機は、若者の雇用機会を大きく減少させました。建設、不動産、周辺サービス分野で多くの雇用が失われ、若者たちの将来展望を暗くしています。

年金制度への不信感

若者の間では年金制度への不信感も広がっています。中国では今後10年間、毎年2000万人以上が退職する一方で、出生率の低下により労働力人口は減少しています。労働者4億6000万人を対象とする年金制度の一角は、政府支援なしでは4年以内に赤字に陥るとの予測もあります。

広州でソフトウェア開発に携わる31歳のフリーランスは、自分が退職する前に積立金が底をつくことを心配し、公的年金の保険料納付をやめたと報じられています。「私が仕事を辞めるときに年金制度がまだ存在しているかどうか、誰にも分からない」という声は、多くの若者の本音を代弁しています。

出生率低下の連鎖

中国の出生数は2016年の1,786万人から2024年には954万人へと、ほぼ半減しました。政府は2016年に一人っ子政策を廃止し、2021年には産児制限を事実上撤廃しましたが、ベビーブームは起きていません。

政府は育児給付金制度(3歳まで年間3,600元)を導入しましたが、都市部の高い生活費を考えると効果は限定的とみられています。「四不青年」(恋愛しない、結婚しない、住宅を買わない、子供を産まない)という言葉が広がり、広州市の調査では若者の約10%がこの立場に共感すると回答しています。

世界経済への影響と成熟社会の課題

潜在成長率の低下

α世代が働き盛りになる20年後、世界経済の潜在成長率は大きく低下すると予測されています。世界銀行によると、2025年の世界経済成長率は2.3%に減速し、2020年代の平均成長率は1960年代以降で最低水準になる見通しです。

PwCの長期分析では、多くの先進国で生産年齢人口が減少するため、2041〜2050年の世界経済成長率は2.4%にとどまると予測されています。人口動態の変化は、財政の持続可能性を脅かす要因となっています。

中国政府の対応

中国政府は虚無的な言説への規制を強化しています。2025年には、中国サイバースペース管理局がSNSプラットフォームに対し、「躺平」などの表現を検閲するよう指示しました。「歴史的垃圾時間(歴史のごみの時間)」という若者の苦境を象徴するフレーズも、検閲対象となっています。

しかし、表現の規制だけでは根本的な解決にはなりません。若者の雇用機会の創出、住宅価格の安定化、社会保障制度の信頼回復など、構造的な改革が求められています。

注意点・今後の展望

表面的な理解を避ける

虚無スラングを単なる「若者の反抗」や「怠惰」と捉えることは適切ではありません。これは、過度な競争社会と将来不安に対する適応メカニズムの一つです。「躺平」や「擺爛」は、過労や燃え尽きから自分を守るための防衛反応という側面もあります。

各国で広がる類似現象

低欲望や虚無的な態度は中国だけの現象ではありません。日本でも「さとり世代」や「コスパ・タイパ重視」の若者が増えており、韓国でも類似の傾向が見られます。成熟社会における若者の価値観変化は、グローバルな現象となりつつあります。

新たな活力を探る動き

一方で、成熟社会における新たな活力を探る動きも始まっています。IMFは「シルバー経済」の可能性に注目し、健康な高齢化によって労働参加率を高め、生産性を向上させる道を示唆しています。α世代が成人する頃には、AIやロボットによる省人化が進み、労働のあり方自体が変化している可能性もあります。

まとめ

中国のα世代に広がる虚無スラングは、過度な競争社会、就職難、住宅高騰、年金不安といった複合的な社会問題を映し出す鏡です。「躺平」から「擺爛」へと変遷してきた若者の態度は、単なる流行ではなく、構造的な問題への反応と言えます。

世界経済の潜在成長率が低下し、成熟社会が広がる中で、若者の価値観や生き方は大きく変化しています。虚無的な態度を批判するのではなく、その背景にある社会構造を理解し、持続可能な社会システムを構築していくことが求められています。

参考資料:

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