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by nicoxz

ダイキン工業が示す70歳超シニア活用の独自戦略

by nicoxz
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はじめに

日本の大手製造業では、事業構造の転換や競争力強化を目的とした早期退職・希望退職の募集が加速しています。東京商工リサーチの調査によれば、2025年に早期・希望退職を募集した上場企業は43社に上り、対象人数は約1万7,875人と、リーマン・ショック以降で3番目の高水準を記録しました。その多くが直近決算で黒字の企業であり、いわゆる「黒字リストラ」が定着しつつあります。

こうした人員削減による若返り潮流の中、空調メーカーのダイキン工業は全く異なるアプローチを取っています。同社では70歳を超えてもなお85人が契約社員として現役で働いており、AIには代替できない営業や設計の「センス」に期待し、あえてシニア人材を積極的に活用する戦略で業績を伸ばし続けています。本記事では、ダイキン工業のシニア人材活用の全容と、その背景にある経営哲学について解説します。

ダイキン工業の再雇用制度とシニア人材活用の仕組み

段階的に進化してきた再雇用制度

ダイキン工業の高齢者雇用への取り組みは長い歴史を持っています。同社は1979年に定年退職の年齢を56歳から60歳へ延長し、1991年には60歳定年後の再雇用制度を導入しました。2001年には再雇用の上限を65歳に引き上げ、さらに2021年4月には希望者全員が70歳まで働き続けることができるよう制度を拡充しています。

そして2024年4月からは、定年年齢そのものを60歳から65歳に引き上げるという大きな制度改革を実施しました。現在の雇用区分は、65歳までが正社員、65歳から70歳までが本人希望による再雇用、そして70歳以降は会社が選抜する「シニアスキルスペシャリスト」としての契約社員雇用という3段階の構成になっています。

この「シニアスキルスペシャリスト」として70歳超で働く社員が85人おり、最高齢は80歳代に達しているとされています。60歳定年到達者のうち約9割がその後も継続して勤務しており、長年培った経験と知見を活かして国内外のさまざまな業務に従事しています。

処遇制度の工夫とモチベーション維持

シニア人材のモチベーションを維持するため、ダイキン工業は処遇制度にも工夫を凝らしています。2021年の制度改正では、従来の報酬設計を見直し、賃金・賞与への配分を厚くしました。特に賞与については4段階の評価体系を設け、成果に応じてきめ細かく報いる仕組みとしています。賞与には最大6割の変動幅を持たせることで、年齢に関係なく高い成果を上げた人材が正当に評価される環境を整えています。

この処遇面での改善は、シニア社員が「お荷物扱い」されるのではなく、組織に不可欠な戦力として期待されているというメッセージを明確に伝える効果があります。単なる雇用延長ではなく、貢献度に応じた報酬で報いることで、シニア人材の意欲を引き出す設計になっています。

「AIには無理」なシニアのセンスとは何か

暗黙知と経験に基づく判断力

ダイキン工業がシニア人材に期待する能力は、単なる労働力の補填ではありません。同社の社内ヒアリングによれば、シニア人材の活躍分野は主に9つに分類されています。具体的には、国内で培った技術・スキルの海外での実践・指導・継承、AI・IoTなどの最新技術を用いた技術革新、後進育成やグループ会社へのスキル・ノウハウ・暗黙知の伝承、そして特定分野のエキスパートとして難易度の高い課題解決や業績拡大に取り組むことなどが挙げられます。

空調機器の設計においては、数十年にわたる経験から生まれる「ここを変えれば効率が上がる」「この構造では現場で問題が起きる」といった直感的な判断力が極めて重要です。こうした知識はマニュアル化や数値化が困難であり、まさにAIでは代替できない領域です。営業の現場でも、長年の顧客との信頼関係や、商談における微妙な空気を読む力は、データ分析だけでは得られないものです。

AI人材育成との両輪戦略

興味深いのは、ダイキン工業がシニア人材の活用を進める一方で、AI・デジタル人材の育成にも積極的に投資している点です。同社は「ダイキン情報技術大学」を設立し、新入社員を約2年間、業務から離して学習に専念させるという異例の取り組みを行っています。2024年3月時点で約1,500名のデジタル人材育成に成功しており、2,000人体制を目指して取り組みを加速しています。

つまり、ダイキン工業の戦略は「AIかシニアか」という二者択一ではなく、AIが得意な領域はAIに任せ、人間でなければ発揮できないセンスや暗黙知はシニア人材に委ねるという、明確な役割分担に基づいています。データ分析や定型業務の自動化はAIが担い、複雑な顧客対応や設計上の微妙な判断はベテランの経験に頼る。この両輪戦略こそが、同社の持続的な成長を支える基盤となっています。

注意点・展望

ダイキン工業のシニア人材活用は、同社の「人を基軸におく経営」という創業以来の経営哲学に裏打ちされたものです。この理念は「人は無限の可能性をひめたかけがえのない存在である」「一人ひとりの成長の総和が企業の発展の基盤である」という信念に基づいており、働く人の意欲と納得性を引き出すことを重視しています。

2025年4月からは改正高年齢者雇用安定法が全面施行され、すべての企業で65歳までの雇用確保が完全義務化されました。加えて70歳までの就業機会確保は努力義務とされており、今後は多くの企業がシニア人材の活用方法を模索する必要に迫られます。

ただし、ダイキン工業の事例をそのまま他社に適用できるわけではありません。同社は空調という専門性の高い事業領域を持ち、グローバル展開を進める中で、ベテランの技術・ノウハウの海外移転という明確なニーズがあります。また、5年連続で過去最高益を更新するなど業績が好調であることも、充実した処遇制度を維持する前提条件となっています。各企業が自社の事業特性や人材構成に合わせた制度設計を行うことが重要です。

まとめ

製造業で早期退職が相次ぐ中、ダイキン工業が70歳超のシニア人材85人を現役で活用し続けていることは、日本の雇用のあり方に一石を投じる事例です。AIが急速に進化する時代にあっても、数十年にわたる経験から生まれる判断力や暗黙知、顧客との信頼関係は、テクノロジーでは容易に代替できません。

同社は「人を基軸におく経営」のもと、シニア人材とAI人材の両方を活かす戦略で成果を上げています。高齢者雇用安定法の改正により、今後すべての企業がシニア人材の活用と向き合わなければならない時代が到来しています。ダイキン工業の取り組みは、年齢ではなく能力と意欲で人材を評価するという、これからの日本企業に求められる人材マネジメントの方向性を示していると言えるでしょう。

参考資料:

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