衆院選でショート動画が主戦場に、制作委託の法的リスクとは
はじめに
2026年1月27日に公示された衆議院選挙で、候補者たちがショート動画を積極的に活用しています。数十秒から3分程度の縦長動画は、スマートフォンでの視聴に最適化されており、多くの有権者にリーチできるためです。
短時間で有権者に支持を訴えるショート動画の編集にはノウハウが必要で、制作会社への発注や問い合わせが相次いでいます。しかし、選挙活動における外部委託には公職選挙法上のリスクが伴います。
この記事では、衆院選におけるSNS・ショート動画活用の現状と、制作委託に関する法的な注意点を解説します。
ショート動画が選挙の主戦場に
2024年からの流れを受け継ぐ
2024年は「SNS選挙元年」とも呼ばれました。同年10月の衆院選では、国民民主党が選挙前の4倍となる28議席を獲得し、ショート動画の拡散が躍進の一因とされています。
玉木雄一郎代表は「178万円の壁」「手取りを増やす」といったワンフレーズを多用し、それらを含む「切り抜き動画」がSNS上で大量に拡散されました。この成功体験を受け、2026年衆院選でも各党・候補者がショート動画戦略を強化しています。
プラットフォーム別の活用状況
各党候補者のSNS活用状況を見ると、従来のFacebookやXは頭打ちの傾向にありますが、Instagramは前回選挙より17%増と伸びています。特に注目されるのは以下の動画プラットフォームです。
YouTube
- 長尺動画だけでなくショート動画(60秒以内)の投稿が増加
- 切り抜き動画の再生数が圧倒的
- 2025年参院選では関連動画の総再生数が17億4823万回を超えた
TikTok
- 若年層へのリーチに強み
- 選挙ドットコムと連携し選挙啓発プロジェクトを実施
- アルゴリズムによる拡散力が特徴
- リール動画(90秒以内)の活用が拡大
- ストーリーズでの日常発信と組み合わせた戦略
切り抜き動画の影響力
2025年参院選のデータによると、再生回数1万回以上のYouTube動画の発信者別割合は以下の通りでした。
| 発信者カテゴリ | 割合 |
|---|---|
| 切り抜き系 | 42.1% |
| テレビ・新聞・雑誌 | 18.2% |
| WEBメディア | 17.9% |
| その他 | 21.8% |
切り抜き動画が圧倒的なシェアを占めており、候補者の発言を第三者が編集・拡散する形態が主流となっています。
制作会社への委託が急増
専門ノウハウへの需要
効果的なショート動画を制作するには、以下のような専門的なスキルが求められます。
- 構成力:限られた時間で訴求ポイントを伝える
- 編集技術:テロップ、BGM、エフェクトの適切な使用
- プラットフォーム最適化:各SNSのアルゴリズムに合わせた調整
- トレンド把握:バズりやすいフォーマットの理解
多くの候補者や陣営にはこれらのノウハウがないため、専門の制作会社に外部委託するケースが増えています。
政治活動向けサービスの拡大
ウェブ制作会社ハレフル(東京・品川)が運営する「当選・再選へGO!」など、政治活動に特化したサービスも登場しています。ショート動画の無料制作キャンペーンなども実施されており、候補者からの問い合わせが相次いでいます。
選挙ドットコムでは、YouTube・X・TikTokの担当者が登壇するセミナーを開催し、「なぜ今、ショート動画なのか」「拡散の仕組み」「切り抜きされやすい投稿のコツ」などを解説しています。
公職選挙法違反のリスク
選挙運動は原則ボランティア
ここで重要なのが、公職選挙法上の制約です。選挙運動は原則としてボランティアで行わなければならず、選挙運動を行う人に対価を支払うことは禁止されています(支払いの約束も違法)。
この原則に違反すると「買収罪」に問われる可能性があります。
動画制作委託における買収罪リスク
制作会社への委託で買収罪に該当する可能性がある事項は以下の通りです。
該当する可能性があるケース
- 候補者や政党から報酬を受け取り、選挙運動に関わる動画を制作した場合
- 制作会社が主体的・裁量的に企画や制作に携わった場合
- 選挙運動用の文案を主体的に企画作成した場合
総務省のガイドラインでは、「選挙運動用ウェブサイトや選挙運動用電子メールに掲載する文案を主体的に企画作成」することは公職選挙法上の「選挙運動」に該当するとされています。
具体的な違反事例
過去には以下のような事例が問題となりました。
タレント出演のケース
候補者からの依頼により、広告関係者を通じてタレントが報酬を得て選挙運動用ビデオに出演し、候補者が選挙期間中に当該ビデオを動画投稿サイトに掲載した場合、買収罪の適用対象となりえます。
有料広告のケース
2023年の東京都江東区長選では、候補者陣営が選挙期間中にYouTube上に有料広告を出稿し、投票を呼びかけたとして公職選挙法違反に問われました。
罰則
違反した場合の罰則は以下の通りです。
- 1年以下の禁錮または30万円以下の罰金
- 選挙権および被選挙権の停止
候補者本人だけでなく、報酬を受け取った側も処罰の対象となる可能性があります。
合法的に外部委託する方法
許容される業務の範囲
すべての外部委託が禁止されているわけではありません。以下の業務は報酬を支払っても問題ないとされています。
許容される業務
- 単純な労務(指示通りの文字起こし、データ入力など)
- 事務作業(スケジュール管理、資料整理など)
- 技術的なサポート(機材操作、配信設定など)
グレーゾーン・禁止される業務
- 選挙運動の企画立案
- 投票を呼びかける文言の作成
- 候補者を支持する内容の動画制作
事前相談の重要性
業務が公職選挙法に抵触するかどうかの判断は非常に難しいため、必ず所轄の選挙管理委員会に事前相談することが推奨されています。
「バレなければよい」という考えは危険です。選挙後に違反が発覚すれば、当選が取り消される可能性もあります。
有権者が注意すべき点
フェイクニュースと偽情報
ショート動画の拡散が活発化する中、フェイクニュースや偽情報のリスクも高まっています。TikTokは選挙ドットコムと連携し、以下の対策を実施しています。
- 選挙・政治への関心が低い層への理解促進
- 選挙期間中のフェイクニュース・偽情報対策
- 投票啓発コンテンツの発信
情報の見極め方
有権者として以下の点に注意が必要です。
- 出典の確認:公式アカウントからの発信か、切り抜きかを確認
- 文脈の把握:短い動画は発言の一部だけを切り取っている可能性
- 複数ソースでの確認:一つの動画だけで判断しない
- 過激な表現への警戒:感情を煽る内容は要注意
インターネット選挙運動のルール
有権者ができること
2013年のインターネット選挙運動解禁以降、有権者も以下のことができるようになりました。
可能な活動
- ウェブサイト(ホームページ、ブログ)での選挙運動
- SNS(X、Facebook、Instagramなど)での選挙運動
- 動画共有サービスでの選挙運動
- 動画中継サイトでの選挙運動
禁止されている活動
- 電子メールを利用した選挙運動
- 選挙期間外(公示・告示日前、投票日当日)の選挙運動
- 18歳未満の者による選挙運動
選挙運動の期間
選挙運動は公示・告示日から投票日の前日までしか行うことができません。2026年衆院選の場合、1月27日から2月7日までが選挙運動期間です。投票日当日(2月8日)に投票を呼びかける投稿をすると違法となります。
まとめ
2026年衆院選では、ショート動画がこれまで以上に重要な選挙活動ツールとなっています。
現状
- TikTok、YouTube、Instagramでのショート動画活用が急増
- 切り抜き動画の拡散力が候補者の知名度に大きく影響
- 制作会社への委託ニーズが高まっている
注意点
- 選挙運動への報酬支払いは原則禁止(買収罪のリスク)
- 動画制作の企画立案を外部委託すると違法の可能性
- 事前に選挙管理委員会への相談が必須
候補者・陣営は、効果的なSNS戦略を追求する一方で、公職選挙法のルールを遵守する必要があります。有権者は、ショート動画で得た情報を鵜呑みにせず、複数のソースで確認する姿勢が求められます。
12日間の短期決戦の中、SNSの影響力はますます大きくなっています。健全な選挙が行われるよう、候補者・有権者双方のリテラシーが問われています。
参考資料:
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