衆院選でショート動画が主戦場に 制作委託の法的リスクとは
はじめに
2026年1月27日に公示された衆議院選挙で、SNSを活用した選挙運動の主戦場が「ショート動画」へと大きくシフトしています。TikTok、YouTube Shorts、Instagramリールといった縦型ショート動画プラットフォームは、若年層を中心に急速に普及しており、政治家や政党がこれらを活用する動きが加速しています。
一方で、プロの制作会社にショート動画の制作を委託する際には、公職選挙法上の「買収罪」に該当するリスクがあることも指摘されています。本記事では、選挙戦におけるショート動画活用の最新動向と、制作委託に伴う法的リスクについて詳しく解説します。
ショート動画が選挙戦の新たな主戦場に
従来のSNS戦略からの転換
2024年の東京都知事選や同年10月の衆院選あたりから、選挙運動におけるSNS活用に明確な変化が見られるようになりました。従来はX(旧Twitter)での文字投稿やYouTubeでの長尺動画が中心でしたが、現在は数十秒から3分程度の「ショート動画」が主流になりつつあります。
スマートフォンでの視聴を前提とした縦型画面向けの短い動画は、通勤時間や休憩時間などのスキマ時間に視聴されやすく、特に若年層への訴求力が高いとされています。YouTubeショートやTikTokなどの短尺動画はレコメンド機能による拡散力が強く、特定の政党を支持していない無党派層や若年層の画面にも届きやすい特性があります。
国民民主党の成功事例に学ぶ
ショート動画を活用した選挙戦略で注目を集めたのが、2024年10月の衆院選における国民民主党の躍進です。同党は選挙前の4倍となる28議席を獲得し、その要因の一つとしてSNS戦略の成功が挙げられています。
玉木雄一郎代表は「178万円の壁」や「手取りを増やす」といったワンフレーズを多用し、それがショート動画や切り抜き動画として繰り返し拡散されました。同党の戦略は「ショート動画→長尺動画→ライブ配信による交流」と3段階に分けて有権者を受け止めていく仕組みで、「YouTube選挙」を成功させたと評価されています。
切り抜き動画の影響力と課題
ショート動画の中でも特に影響力を持つのが「切り抜き動画」です。これはオリジナルの動画の一部を抜粋し、解説などを加えて編集したもので、特定の政治家や政党の配信動画を素材として作られます。
国民民主党の街頭演説会では、三脚を置いて動画撮影にいそしむ10人ほどのYouTuberの姿が見られるなど、かつての政党の演説会ではあまり見られなかった光景が広がっています。
ただし、切り抜き動画には課題もあります。日本ファクトチェックセンターによると、政治に関する切り抜き動画に偽情報や誤情報が非常に増えているといいます。再生回数に応じて広告収益を得られる仕組みがあることから、耳目を引くフェイクニュースの拡散を助長しているとの懸念も強まっています。
制作会社への委託に潜む公選法リスク
買収罪に該当する可能性
ショート動画の編集には専門的な技術やノウハウが必要なため、制作会社への委託発注や問い合わせが相次いでいます。しかし、ここに大きな法的リスクが潜んでいます。
総務省の見解によると、業者が「主体的・裁量的」に選挙運動の企画立案を行う場合には、当該業者は選挙運動の主体であると解されることから、報酬の支払いは公職選挙法上の「買収罪」に該当するおそれが高いとされています。買収罪の罰則は「3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金」であり、候補者本人や選挙運動の総括主宰者などは刑が加重され、4年以下の拘禁刑または100万円以下の罰金が科されます。
「機械的作業」と「主体的・裁量的」の境界線
では、どのような場合に買収罪に該当するのでしょうか。総務省は以下のような判断基準を示しています。
買収罪に該当するおそれが高いケースとしては、広告関係者が候補者からの明確かつ具体的な指示によらずに、選挙運動用のビデオを主体的・裁量的に企画・制作している場合が挙げられます。この場合、報酬を支払った側も、受け取った業者側も買収罪に問われる可能性があります。
一方、買収罪に該当しないと考えられるケースとしては、業者が主体的・裁量的でなく、機械的に候補者の側で作った文章をそのままウェブサイトに載せる作業や、誹謗中傷を監視する作業を行う場合です。
しかし、この「機械的作業」と「主体的・裁量的」の境界線は非常に曖昧であり、実務上のグレーゾーンとなっています。動画の構成や演出を業者に任せた場合、それが「主体的・裁量的」とみなされるリスクがあります。
クラウドソーシングサービスでの対応
この問題を受けて、クラウドソーシング大手のランサーズ、クラウドワークス、ココナラは、選挙運動や政治活動に関する仕事の依頼を禁止する措置を取りました。2024年の東京都知事選や兵庫県知事選などで、候補者の動画を短く編集する「切り抜き動画」制作の依頼が掲示されていたことが問題視されたためです。
日本大学の安野修右専任講師は「報酬を得て選挙に関する動画を制作、配信すれば依頼者も制作者も公選法違反の恐れがある」と指摘しています。
有料広告配信の制限にも注意
候補者による有料広告は原則禁止
ショート動画を作成した後の配信方法にも注意が必要です。選挙期間中に動画広告として有料配信する場合、政党以外の候補者は有料の動画広告を出すことが禁止されています。
Google広告やX広告などを利用した有料配信は政党のみが可能であり、候補者個人が有料広告を出すと公職選挙法第142条の6違反となります。違反した場合は、1年以下の禁錮または30万円以下の罰金に処せられ、選挙権および被選挙権が停止されます。
選挙運動期間の制限
また、選挙運動は選挙期日の前日までに限られており、選挙期日当日(投票日)の更新はできません。SNSの投稿は手軽にできるため、うっかり投票日当日に更新してしまうミスにも注意が必要です。
今後の展望と課題
法整備の議論
ショート動画や切り抜き動画が選挙に与える影響力が増す中、現行の公職選挙法がデジタル時代の選挙運動に対応できていないという指摘があります。「主体的・裁量的」と「機械的作業」の線引きは曖昧であり、制作会社や候補者が萎縮してしまう可能性もあります。
一方で、規制を緩めすぎると、資金力のある候補者が有利になるという懸念もあり、バランスの取れた法整備が求められています。
偽情報対策の重要性
切り抜き動画による偽情報の拡散も深刻な問題です。選挙の公正性を守るためには、プラットフォーム事業者による対策や、有権者のメディアリテラシー向上が不可欠です。TikTokは選挙ドットコムと連携し、選挙に関する検索バナーを設置するなど、信頼できる情報源への誘導を行っています。
まとめ
2026年衆院選では、ショート動画がSNS選挙の主戦場となっています。TikTokやYouTube Shortsなどのプラットフォームは、若年層を中心に強い影響力を持ち、選挙結果を左右する可能性もあります。
しかし、制作会社にショート動画の制作を委託する際には、公職選挙法上の買収罪に該当するリスクがあることを十分に認識する必要があります。「主体的・裁量的」な制作と「機械的作業」の境界線は曖昧であり、受注する業者側も十分な注意が必要です。
有権者としては、SNS上の政治情報を鵜呑みにせず、複数の情報源を確認することが重要です。選挙期間中は特に、切り抜き動画やショート動画の中に偽情報が含まれている可能性があることを念頭に置き、信頼できる情報源からの確認を心がけましょう。
参考資料:
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