EU・インドFTA妥結:20億人の巨大市場誕生へ
はじめに
2026年1月27日、欧州連合(EU)とインドが自由貿易協定(FTA)交渉で妥結しました。2007年に開始した交渉から約20年、ついに世界のGDPの約2割を占める巨大自由貿易圏が誕生することになります。
EUの人口は約4億5000万人、インドは世界最多の14億5000万人。合わせて約20億人という巨大市場での関税引き下げは、世界経済に大きなインパクトを与えます。
本記事では、FTA妥結の背景、合意内容の詳細、そして日本を含む世界経済への影響を解説します。
FTA交渉の歴史:なぜ20年かかったのか
2007年からの長い道のり
EUとインドのFTA交渉は2007年に正式に開始されました。それ以前の2006年10月、ヘルシンキで開催された第7回EU・インド首脳会議で交渉開始が合意されています。
当初からサービス貿易、人の移動、知的財産、投資など幅広い分野での協議が予定されていましたが、交渉は難航を極めました。両者の経済構造や政策の違いが、合意への障壁となっていたのです。
主な対立点
交渉が長期化した主な原因は、農業、自動車、製薬の3分野での対立でした。
自動車分野:EUはインドに対し、自動車に対する100%以上の高関税の引き下げを求めました。欧州の自動車メーカーにとって、インドは魅力的な成長市場でしたが、高い関税壁が参入を阻んでいました。
農業分野:インドは、EUからの農産物が大規模な補助金を受けていることを問題視。自国の農家が打撃を受けることを懸念し、慎重な姿勢を崩しませんでした。
製薬・サービス分野:インドは医薬品や繊維の市場アクセス拡大を要求。また、IT専門家などの熟練労働者がEUで一時的に働きやすくする「人の移動」の自由化も求めました。
トランプ関税が交渉を加速
2025年以降、トランプ米政権が関税圧力を強めたことが、交渉加速の契機となりました。米国の保護主義政策に対抗するため、EUとインドは自由貿易の枠組み構築を急ぐ必要が生じたのです。
両者は利害を調整し、欧州の自動車・ワインとインドの繊維・宝飾・医薬品で市場アクセスを交換する形で合意に至りました。
合意内容の詳細
関税引き下げの全体像
今回の合意により、EUからインドへの輸出品の96.6%(価値ベース)で関税が撤廃または引き下げとなります。EUは年間最大40億ユーロ(約7300億円)の関税が節約されると試算しています。
機械類、化学品、医薬品などの関税はほぼ撤廃され、2032年までにEUの対インド物品輸出が倍増する見通しです。
自動車:110%から10%へ
最も注目される自動車分野では、インド側の輸入関税が段階的に引き下げられます。現在最大110%という高関税が、最終的には10%まで下がります。
優遇税率の対象となる輸入枠(クオータ)が設けられる設計で、欧州メーカーの参入余地が大きく広がることになります。
ワイン・蒸留酒
ワインの関税も150%から最低20%まで段階的に引き下げられます。これにより、フランスやイタリアなど欧州のワイン産地にとって、インド市場へのアクセスが大幅に改善します。
インド側のメリット
インドにとっては、繊維、宝石・ジュエリー、革製品、サービス部門などの分野が強化されます。モディ首相は「この合意はインドの14億人とEUの人々に多くの機会をもたらす」と述べました。
特にIT分野での人材移動の円滑化は、インドのIT産業にとって大きなプラスとなります。
両首脳の声明
モディ首相
インドのナレンドラ・モディ首相は、この合意が「世界のGDPの約25%、世界貿易の3分の1を占める」と強調しました。グローバルサプライチェーンにおけるインドの地位向上に期待を示しています。
フォンデアライエン委員長
欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は「今日、欧州とインドは歴史を作っている」と宣言。「私たちは20億人の自由貿易圏を創設し、双方が利益を得ることになる」と述べました。
日本企業への影響
インド自動車市場の競争激化
今回のFTA妥結は、インドに進出している日本企業にも影響を与えます。特に自動車産業では、競争環境の変化が予想されます。
インドの自動車産業にとって転機となったのは、1981年のスズキとインド政府による合弁会社マルチの設立でした。以来、スズキはインド市場でトップシェアを維持し、トヨタやホンダも事業を展開しています。
欧州メーカーの関税が大幅に下がることで、高級車セグメントを中心に競争が激化する可能性があります。
日インドEPAの存在
日本とインドの間には、2011年に発効した日インド包括的経済連携協定(EPA)が存在します。このEPAにより、日本企業もインド市場で一定の優遇措置を受けています。
ただし、EU・インドFTAの関税引き下げ幅や範囲によっては、日本企業の相対的な競争力に影響が出る可能性もあります。
サプライチェーン再編の可能性
保護主義が広がる中、EU・インドFTAは「巨大市場同士がルールを固定する」動きとして注目されます。日本企業にとっても、グローバルサプライチェーンの再編を検討する契機となるかもしれません。
注意点と今後の展望
発効までの政治手続き
FTA妥結はゴールではありません。実際に発効するまでには、EU加盟27カ国それぞれの議会承認やインド議会での手続きが必要です。
過去には、EUとカナダのCETA(包括的経済貿易協定)でベルギーのワロン地域議会が反対し、署名が遅れた例もあります。政治的な波乱の可能性は残っています。
農業分野の懸念
インド国内では、農業分野への影響を懸念する声があります。EUからの補助金付き農産物が流入することで、国内農家が打撃を受ける可能性があるためです。
発効後の移行期間中、インド政府がどのようなセーフガード措置を講じるかが注目されます。
地政学的意義
米中対立が深まる中、EUとインドという二大市場が経済的に結びつくことの地政学的意義は大きいです。自由貿易を推進する勢力としての存在感を示すことになります。
まとめ
EU・インドFTAの妥結は、20年に及ぶ交渉の末に実現した歴史的な合意です。約20億人、世界GDPの2割を占める自由貿易圏の誕生は、保護主義が台頭する中での重要な一歩といえます。
自動車関税の110%から10%への引き下げをはじめ、幅広い分野での貿易自由化が進みます。日本企業にとっては、インド市場での競争環境変化に対応する戦略の見直しが求められるかもしれません。
今後は発効に向けた政治手続きの行方と、合意内容の実装スピードに注目が集まります。
参考資料:
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