EUとインドがFTA妥結、20億人の「米国抜き貿易圏」が誕生
はじめに
2026年1月27日、欧州連合(EU)とインドが自由貿易協定(FTA)の交渉妥結で合意しました。人口14億5000万人のインドと、27カ国4億5000万人を抱えるEUが結びつくことで、約20億人の巨大自由貿易圏が誕生します。
この合意は、20年にわたる交渉の末に達成されました。交渉加速の背景には、トランプ米政権の高関税政策があります。米国が保護主義に傾く中、EUとインドは「ルールに基づく貿易協力」で米国抜きの経済連携を選択しました。
この記事では、EU・インドFTAの内容と、トランプ関税が世界貿易に与える影響について解説します。
EU・インドFTAの概要
20年越しの交渉が妥結
EU・インドのFTA交渉は2007年に開始されましたが、長年にわたり停滞していました。転機となったのは2022年のロシアによるウクライナ侵攻で、両者は交渉を再開しました。
そして2025年以降、トランプ政権の高関税政策が両者の交渉を一気に加速させました。フォンデアライエン欧州委員会委員長は「今日、欧州とインドは歴史を作っている。私たちは20億人の自由貿易圏を創設した」と宣言しました。
「史上最大の取引」の中身
この協定は「母なる全ての取引(mother of all deals)」と呼ばれています。主な合意内容は以下の通りです。
関税の大幅削減
| 品目 | 現行関税 | 協定発効後 |
|---|---|---|
| 自動車 | 最大110% | 最低10%まで段階的に引き下げ |
| 自動車部品 | - | 5〜10年で完全撤廃 |
| ワイン | 150% | 20%(プレミアムワイン) |
| 機械類 | 最大44% | ほぼ撤廃 |
| 化学品 | 最大22% | ほぼ撤廃 |
| 医薬品 | 最大11% | ほぼ撤廃 |
市場アクセスの拡大
- インドはEUからの輸入品の96.6%で関税を撤廃または削減
- EUはインドからの輸入品の99.5%で関税を7年以内に撤廃または削減
- 2032年までにEUの対インド物品輸出が倍増する見込み
経済効果
EUは、この協定により年間最大40億ユーロ(約7300億円)の関税が節約されると試算しています。
発効時期
インドのピユシュ・ゴヤル商工大臣は、協定が2026年中に発効する見通しだと述べています。両者は条文の詰めと国内手続きを経て、正式署名に向けた準備を進めます。
トランプ関税が交渉を加速させた
米国の高関税政策
トランプ政権は2025年以降、各国に対して高い関税を課してきました。
- インドへの関税:50%(ロシアからの石油購入を理由に)
- EUへの関税:15%(貿易協定があるにもかかわらず)
特にインドは、最大の輸出市場である米国から50%という懲罰的な関税を課されたことで、代替市場の確保が急務となりました。今回のEU・インドFTAは、インドにとって米国の関税導入以降4番目の主要貿易協定となります。
米国の反応
米国財務省のスコット・ベッセント長官は、EU・インドFTAを批判しています。「我々はロシアの石油を購入するインドに25%の関税を課した。すると先週何が起きたか? 欧州がインドと貿易協定を結んだのだ」と述べました。
トランプ政権は、同盟国であるEUがインドと協定を結んだことを、米国の関税政策への反発と受け止めています。
合法性を問う訴訟
トランプ大統領が1977年国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づいて課した関税の合法性を問う訴訟が、米連邦最高裁で審理されています。1000を超える企業が関税の返還を求めて提訴しており、最高裁の判断が注目されています。
ただし、2026年1月20日の時点でも最高裁は判断を示しておらず、次の判断機会は少なくとも2月20日以降となる見通しです。
「米国抜き貿易圏」の拡大
保護主義への対抗
EU・インドFTAは、単なる二国間協定以上の意味を持ちます。トランプ政権の保護主義が常態化する中で、「巨大市場同士がルールを固定する」動きとして注目されています。
インドの戦略アナリスト、ブラーマ・チェラニー氏は「ニューデリーとブリュッセルは、貿易戦争の渦中で後退しないことを選んだ」と評しています。
世界の貿易地図の変化
専門家は「2026年、米国のかつての貿易相手国の指導者たちは、報復関税の応酬がもたらす政治的帰結に真摯に向き合わなければならなくなる」と指摘しています。
米国抜きの貿易ネットワークが拡大することで、世界の貿易構造が変化する可能性があります。EUは、インド以外にも複数の国・地域とのFTA交渉を進めており、多角的な通商関係の構築を急いでいます。
安全保障分野での連携強化
防衛パートナーシップの発足
FTA交渉の妥結と同時に、EUとインドは安全保障・防衛パートナーシップの立ち上げも発表しました。これは、EUが日本や韓国と結んでいるパートナーシップと同様のものです。
この動きは、インド太平洋地域でのEUの存在感を高める狙いがあります。また、中国の台頭や地政学的リスクの高まりに対応するため、民主主義国家間の連携を強化する意図も見られます。
日本への影響
競争条件の変化
EU・インドFTAの発効により、日本企業にとって競争条件が変化する可能性があります。
インド市場での競争激化
EUからインドへの輸出品の関税が大幅に下がることで、自動車や機械、化学品などの分野でEU企業が価格競争力を高めます。日本企業は、インド市場でEU企業との競争が激しくなる可能性があります。
FTA戦略の見直し
日本はインドとの間で経済連携協定(EPA)を2011年に発効させていますが、今回のEU・インドFTAはより包括的な内容となっています。日本政府・企業は、インドとの経済関係をさらに深化させる戦略を検討する必要があるかもしれません。
「米国抜き」の流れへの対応
日本は日米同盟を基軸としつつも、多角的な通商関係の構築も重視しています。RCEP(地域的な包括的経済連携)やCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)への参加はその表れです。
トランプ政権の関税政策が続く中、日本もEU・インドのように「米国抜き」の経済連携をどう位置づけるか、難しい判断を迫られる可能性があります。
今後の展望
発効までの課題
EU・インドFTAの発効までには、以下の課題が残っています。
- 条文の最終確定:交渉妥結は合意であり、詳細な条文の詰めが必要
- 国内手続き:EU側は欧州議会の承認、インド側は議会の批准が必要
- 移行期間の設定:一部品目は段階的な関税削減となるため、移行スケジュールの調整
米国との関係
EU・インドFTAは米国への「対抗」という側面がありますが、両者とも米国との関係を完全に断つわけではありません。特にインドは、安全保障面では米国との協力(クアッドなど)を維持しています。
経済面では「米国抜き」の連携を進めつつ、安全保障面では米国との協力を維持するという「使い分け」が続く可能性があります。
まとめ
EUとインドのFTA妥結は、世界の貿易秩序に大きな変化をもたらす可能性があります。
- 人口約20億人の巨大自由貿易圏が誕生
- トランプ政権の高関税政策が交渉を加速
- 「米国抜き貿易圏」の拡大が進行中
- 安全保障分野での連携も同時に強化
フォンデアライエン委員長が述べた「ルールに基づく協力が依然として大きな成果をもたらすことを世界に示した。これは始まりにすぎない」という言葉は、米国の保護主義に対する明確なメッセージです。
今後、米国を除く形での貿易ネットワークがどこまで拡大するか、そして日本がその中でどのような立場を取るかが注目されます。
参考資料:
- India, EU agree on ‘mother of all’ trade deals - Al Jazeera
- EU and India Clinch ‘Mother of All Deals’ in Rebuff to Trump - Bloomberg
- India and European Union have closed a ‘landmark’ free trade deal - CNBC
- India-EU trade deal: What does it do to tariffs and who benefits? - CNBC
- EUとインドがFTA妥結、19億人の巨大経済圏誕生 - NOVAIST
- インドとEU、FTA交渉妥結 巨大市場で貿易促進へ - 東京新聞
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