EUとインドがFTA妥結:20億人の「米国抜き貿易圏」とは
はじめに
2026年1月27日、欧州連合(EU)とインドが自由貿易協定(FTA)交渉の妥結を発表しました。2007年の交渉開始から約20年、一時は中断も経験しながら、ついに合意に至りました。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は「すべての協定の母」と評し、モディ首相は「世界GDP の約25%を占める」と強調しました。人口20億人を擁する巨大な自由貿易圏の誕生は、トランプ政権の高関税政策に対する明確な対抗措置とも位置づけられています。
EU・インドFTAの概要
20年越しの交渉妥結
EUとインドのFTA交渉は2007年に開始されましたが、2013年に中断していました。両者の関税政策や規制の違いが大きく、合意は困難と見られていました。
2022年に交渉が再開され、2026年1月27日、フォン・デア・ライエン委員長とコスタ大統領がニューデリーでモディ首相と会談し、交渉妥結を発表しました。インドのピユシュ・ゴヤル商工大臣は、2026年中の発効を目指すと述べています。
関税削減の規模
この協定により、EUからインドへの輸出品の96.6%で関税が撤廃または引き下げられます。EU側も、インドからの輸入品の99.5%について7年間で関税を撤廃・削減します。
主な品目別の関税変更は以下のとおりです。
- 自動車: 関税を段階的に10%まで引き下げ(年間25万台の枠を設定)
- 航空機・宇宙機器: ほぼすべての製品で関税撤廃
- ワイン: 関税を20〜30%に引き下げ
- 蒸留酒: 関税を40%に引き下げ
- ビール: 関税を50%に引き下げ
インド側では、繊維、アパレル、海産物、皮革、履物、化学品、プラスチック、スポーツ用品、玩具、宝石・宝飾品が無関税となります。これらの「労働集約型産業」からの輸出は330億ドル規模に達し、従来は4%から26%の関税がかかっていました。
経済効果の見通し
欧州委員会は、この協定により年間最大40億ユーロ(約7300億円)の関税が節約されると試算しています。2032年までにEUの対インド輸出が倍増すると見込まれています。
インドのゴヤル商工大臣は、繊維セクターだけで600万〜700万人の雇用が創出される可能性があると述べました。両国の製造業、農業、サービス業にわたり、広範な経済効果が期待されています。
人口20億人の巨大経済圏
世界GDPの25%を占める
EU・インドFTAは、合計GDPが25兆ドルを超え、世界GDPの約25%を占める巨大経済圏を形成します。世界貿易の3分の1をカバーする規模です。
人口14億5千万人のインドは世界最大の人口を持ち、最も急成長している主要経済国です。加盟27カ国・人口約4億5千万人のEUと合わせると、約20億人の市場が統合されることになります。
「この種の協定としては世界最大」
フォン・デア・ライエン委員長は「この種の協定としては世界最大規模」と表現しました。EUにとっては、中国や米国への経済的依存を軽減しつつ、インドという巨大市場への優先的なアクセスを獲得する戦略的な意義があります。
インドにとっても、従来の「保護主義的」というイメージを払拭し、グローバルなサプライチェーンにおける存在感を高める機会となります。
トランプ関税と「米国抜き貿易圏」
トランプ政権の高関税政策
今回のFTA妥結の背景には、トランプ政権の高関税政策があります。米国は昨年、合意があったにもかかわらずEUに15%の関税を課し、インドには50%という懲罰的な関税を課しました。
特にインドへの50%関税は、同国のロシアからの石油購入が一因とされています。インドにとって米国は最大の輸出市場であり、この関税は大きな打撃となりました。
代替市場を求める動き
2025年8月にトランプ関税が発効して以降、インドは代替市場の開拓を急速に進めてきました。EU・インドFTAはインドにとって4番目の主要な貿易協定となります。
欧州委員会も、米国の関税や中国との競争激化を受けて、貿易関係の多角化を積極的に推進しています。
EUの相次ぐ貿易協定
EU・インドFTAの発表は、EUがメルコスール(南米南部共同市場)との協定に署名してからわずか数日後のことでした。EUは昨年、インドネシア、メキシコ、スイスとも協定を締結しています。
2026年1月9日には、EU加盟国の過半数がメルコスール協定を承認しました(賛成21、反対5、棄権1)。この協定もまた、年間40億ユーロ以上の関税削減をもたらす大型のものです。
さらにEUは、マレーシア、フィリピン、タイとの交渉も2027年までの妥結を目指して進めています。トランプ政権の保護主義に対抗する形で、「米国抜き」の貿易ネットワークが急速に拡大しています。
注意点・展望
発効までの課題
EU・インドFTAは妥結したものの、正式発効までにはいくつかのハードルがあります。欧州議会での批准が必要であり、法的な詳細の詰めにも時間がかかります。
メルコスール協定については、欧州議会が1月21日、完全批准前の暫定適用について欧州司法裁判所の判断を求める決議を可決しました(賛成334、反対324)。この動きは発効を2年遅らせる可能性があります。EU・インドFTAも同様の遅延リスクを抱えています。
米国の反応
トランプ大統領はEU・インドFTAについて公式には反応していませんが、ベセント財務長官はすでにEUがインドとの協定を推進していることを批判しています。
米国との関係悪化を懸念する声もありますが、EUもインドも、自国経済を守るために貿易多角化は不可避との立場を取っています。
地政学的な再編
一連の動きは、世界貿易秩序の大きな転換を示しています。米国の保護主義的な政策が、逆に「米国抜き」の貿易ブロック形成を加速させているという皮肉な状況です。
日本を含むアジア諸国にとっても、この貿易再編の動向は注視すべきものです。サプライチェーンの見直しや、新たな貿易パートナーシップの可能性を検討する必要が出てくるかもしれません。
まとめ
EUとインドのFTA妥結は、20年にわたる交渉の成果であると同時に、トランプ関税への対抗策としての意味も持っています。人口20億人、世界GDPの25%を占める巨大自由貿易圏の誕生は、世界貿易の地図を大きく塗り替える可能性があります。
EUはメルコスール、インドネシア、メキシコなどとも相次いで協定を結び、米国への依存を減らす戦略を加速させています。「米国抜き貿易圏」の拡大は、今後の国際経済秩序に大きな影響を与えるでしょう。
参考資料:
- India, EU agree on ‘mother of all’ trade deals - Al Jazeera
- EU and India conclude landmark Free Trade Agreement - European Commission
- India and European Union have closed a ‘landmark’ free trade deal - CNBC
- EU and India Clinch ‘Mother of All Deals’ in Rebuff to Trump - Bloomberg
- EU inks ‘mother of all deals’ with India amid global turmoil - Euronews
関連記事
EUとインドがFTA妥結、20億人の「米国抜き貿易圏」が誕生
EUとインドが20年越しのFTA交渉を妥結し、人口20億人の巨大自由貿易圏が誕生します。トランプ政権の高関税政策への対抗として、米国抜きの貿易ネットワーク拡大が加速しています。
EU・インドFTA妥結:20億人の巨大市場誕生へ
EUとインドが20年の交渉を経てFTAを妥結。自動車関税の大幅引き下げなど合意内容と、世界経済・日本企業への影響を詳しく解説します。
インドのロシア原油購入停止はウクライナ停戦につながるか
トランプ大統領が発表したインドのロシア産原油購入停止合意。ウクライナ停戦交渉が進む中、この動きがロシア経済に与える影響と、和平実現への実効性を検証します。
欧州首脳が相次ぎ訪中、米国不信が生む中国接近の構図
英スターマー首相の8年ぶり訪中を含め、2カ月で欧州首脳4人が中国を訪問。トランプ政権への不信感が欧中接近を加速させる背景と、中国の分断戦略を分析します。
「同盟の死」に直面する欧州、怒りから受容へ移行する安全保障認識
トランプ政権による欧州防衛からの撤退示唆で、NATOの存在意義が揺らいでいます。欧州は「怒り」の段階を経て「受容」へ。グリーンランド問題を契機に加速する防衛自立への模索を解説します。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。