為替介入の防衛ライン、市場は160円に注目
はじめに
日本の通貨当局による円安けん制のトーンが強まっています。2026年1月に入り、ドル円相場は159円台まで円安が進行し、約1年半ぶりの水準を記録しました。市場関係者の関心は、政府・日銀が実際に円買い為替介入に踏み切る水準に集まっています。
金融各社の専門家への調査では、政府の「防衛ライン」として1ドル=160円と回答した人が最も多い結果となりました。しかし、介入の円押し上げ効果は約1カ月程度との見方もあり、当局と市場の攻防は当面終わりそうにありません。
本記事では、為替介入の仕組み、160円という節目の意味、そして介入の効果と限界について詳しく解説します。
為替介入の基本的な仕組み
介入の主体と目的
為替介入(外国為替市場介入)は、通貨当局が為替相場に影響を与えるために外国為替市場で通貨の売買を行う操作です。正式名称は「外国為替平衡操作」と呼ばれます。
日本では、為替介入は財務大臣の権限において実施することが定められています。日本銀行は、特別会計に関する法律および日本銀行法に基づき、財務大臣の代理人としてその指示に基づいて介入の実務を遂行します。
介入の目的は、為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図ることです。あくまで急激な変動への対応であり、特定の為替水準を維持することが目的ではありません。
円買い介入の仕組み
急激な円安に対応する「ドル売り・円買い介入」の場合、外国為替資金特別会計(外為特会)が保有するドル資金を売却して円を買い入れます。日本政府は約1.2兆ドル(約180兆円)の外貨準備を保有しており、これが介入の原資となります。
介入が実施されると、市場では大量の円買い注文が入り、短期間で為替レートが急激に変動します。数分のうちに数円、場合によっては5円以上の値動きが発生することもあります。
160円という防衛ラインの意味
過去の介入実績から見る水準
2024年は累計15兆円超の円買い・ドル売り介入が実施されました。財務省の発表によると、4〜6月に約9.7兆円、7〜9月に約5.5兆円の介入が行われ、いずれも1ドル=160円台から161円台のタイミングで実施されています。
この経験から、市場関係者の多くは160円を「防衛ライン」と認識しています。金融機関に所属する外国為替ストラテジストなど専門家への調査でも、160円と回答した人が最も多い結果となりました。
当局の姿勢と発言
片山財務相は2026年1月に入り、円安に対して強い警戒感を示しています。
- 1月13日:「一方的に円安が進む場面がみられて非常に憂慮している」
- 1月14日:「極めて遺憾で憂慮している。投機的な動きを含めて行き過ぎた動きに対しては、あらゆる手段を排除せずに適切な対応をとる」
- 1月16日:「日米合意の中には為替介入も含まれ、あらゆる手段含め断固たる措置をとる」
特に注目されるのは、日米財務相間で為替介入についての合意があり「フリーハンド」を持っているという発言です。米国との調整済みであることを示すことで、介入への警戒感を高める狙いがあるとみられます。
投機的な円売りの存在
現在のドル円相場は、日米金利差だけでは説明できない水準まで円安が進んでいるとの分析があります。背景には、日本の財政政策への懸念や日銀の緩やかな利上げペースを材料とした投機的な円売りが影響しているとみられています。
当局が「ファンダメンタルズに基づかない投機的な動き」と表現しているのは、こうした投機筋の動きを牽制する意図があります。
介入の効果と限界
短期的効果は確実
為替介入が実施されると、短期的には確実に効果が表れます。2024年の介入では、1回当たり平均3.1兆円規模の大規模介入が行われ、介入直後に明確な円高反応を引き起こしました。
この「サプライズ効果」により、投機筋は介入に対する警戒を高めざるを得なくなり、円を売りづらくなります。介入の実務的効果に加えて、「政府・日銀が介入を行った」という心理的効果も重要な要素です。
持続性は約1カ月
しかし、介入の効果持続性には限界があります。過去の円買い介入の事例を分析すると、介入後のドル円下落は持続せず、1〜2カ月後には高値を更新するパターンが繰り返されています。
過去の円買い介入では、ドル円は4.4〜8.8%下落しましたが、その後反発し、比較的短期間で介入前の水準を回復しています。今回も市場関係者の間では、介入の効果は1カ月程度との見方が多いです。
ファンダメンタルズとの関係
為替介入だけでトレンドを変えることは困難です。ドル高・円安の基調が明確に反転するには、米国のインフレ沈静化とそれに伴う利下げ期待の回復、あるいは日銀の金融政策正常化の加速が必要とされています。
日銀がハト派姿勢を維持する限り、為替介入でドル円の上昇トレンドを止められる可能性は低いとの分析もあります。介入は相場の急変動を抑制する「時間稼ぎ」の側面が強いといえます。
市場が注目する今後のシナリオ
160円突破で介入実施か
市場のコンセンサスでは、ドル円が160円を突破し、さらに急激なペース(1日に2〜3円など)で円安が進行した場合に介入が実施される可能性が高いとみられています。
逆に言えば、160円手前でもみ合う展開や、緩やかな円安進行であれば、介入が見送られる可能性があります。当局は「水準」よりも「変動のスピード」を重視するからです。
日銀の金融政策との連動
為替介入の効果を高めるためには、日銀の金融政策との連動が重要です。2024年7月の介入が比較的効果を発揮したのは、日銀の追加利上げと同時期だったことも一因とされています。
1月の日銀金融政策決定会合の結果と、その後の政策姿勢が、為替相場と介入の行方を左右する可能性があります。
外貨準備の制約
日本の外貨準備は約1.2兆ドルと世界第2位の規模ですが、無制限に介入を続けられるわけではありません。2024年に15兆円超の介入を実施したことで、介入原資に対する意識も高まっています。
ただし、外貨準備の規模からすれば、まだ十分な余力があるとの見方が一般的です。
投資家・企業への影響
為替ヘッジの重要性
為替相場の変動が激しくなる局面では、輸出入企業や海外投資を行う投資家にとって為替ヘッジの重要性が高まります。介入による急激な円高リスクと、介入後の円安回帰リスクの両方を考慮する必要があります。
ボラティリティの上昇
通貨オプション市場では、円相場の予想変動率(インプライド・ボラティリティー)が上昇しています。1月15日には1カ月物が9%台と約1カ月半ぶりの高水準を記録しました。変動率の上昇は、オプションプレミアムの上昇を意味し、ヘッジコストの増加につながります。
まとめ
政府・日銀による為替介入への警戒が高まる中、市場は160円を「防衛ライン」と意識しています。2024年の介入実績や当局者の発言から、この水準を超えて急激に円安が進行した場合、介入が実施される可能性が高いとみられます。
ただし、介入の効果持続期間は約1カ月程度との見方が多く、ファンダメンタルズの変化がなければ再び円安に向かう可能性があります。日米の金融政策の方向性が、中長期的な為替相場を決定する最大の要因であることに変わりはありません。
投資家や企業は、介入による相場の急変動リスクを念頭に置きつつ、適切なリスク管理を行うことが求められます。
参考資料:
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