外為特会は打ち出の小づちか?財源活用の現実と限界
はじめに
高市早苗首相が衆院選の応援演説で「外為特会の運用がホクホク状態だ」と発言し、波紋を呼んでいます。外国為替資金特別会計(外為特会)は為替介入のために設けられた特別会計ですが、野党の中にも財源として活用を期待する声があります。
財務省によると、2025年末時点の外貨準備高は約1兆3697億ドル(およそ210兆円)。円安が進む中で含み益が膨らんでおり、これを財政資金として使えないかという議論は以前から存在します。
しかし、外為特会は本当に「打ち出の小づち」になり得るのでしょうか。本記事では、外為特会の仕組み、剰余金活用の現状、そして外貨準備の取り崩しに伴う問題点について解説します。
外為特会の基本的な仕組み
為替介入のための資金を管理
外為特会は、外国為替相場の安定のために設けられた特別会計です。急激な円高や円安に対応するための為替介入資金を管理しています。
円売り・ドル買いの介入を行う際には、政府短期証券(FB)を発行して円を調達し、その円でドルを購入します。取得した外貨は主に米国債などの外貨建て資産で運用されます。つまり外為特会の資産側には外貨建て資産が、負債側には政府短期証券が計上される構造です。
安全性と流動性を最優先
外為特会が保有する外貨資産は、安全性と流動性に最大限留意した運用を行うこととされています。いざという時の為替介入に備える必要があるため、リスクの高い運用はできません。
保有外貨資産から得られる利子収入を歳入とし、政府短期証券の利払いを歳出として経理しています。歳入と歳出の差額が剰余金として発生します。
なぜ円安で「ホクホク」なのか
円安が進むと、ドル建てで保有している外貨資産を円換算した際の価値が膨らみます。また、日米金利差が大きい状況では、低金利の円で調達して高金利のドル資産で運用することで、利ざやが拡大します。
高市首相の「ホクホク」発言は、こうした円安環境下での外為特会の運用状況を指していたと考えられます。
剰余金活用の現状
既に一般会計に繰り入れ済み
外為特会の剰余金は、既に一般会計に繰り入れる形で財源として活用されています。これは新しいことではありません。
現行ルールでは、剰余金の7割までを一般会計に繰り入れることができます。2024年度は5兆3603億円の剰余金が発生し、2025年度予算では一般会計に3兆2007億円を繰り入れました。このうち約1兆円が防衛費に回っています。
毎年2〜3兆円規模の剰余金
外為特会は、運用収入や外国為替売買差益などの安定的な収入が期待できる歳入構造と、低金利下で抑制されやすい歳出構造を背景に、毎年2兆円から3兆円程度の剰余金を発生させてきました。
コロナ禍を経て内外金利差が大きく拡大し、円安も進行したことで、外為特会では多額の剰余金が発生しやすい状況が続いています。
すでに「使っている」という事実
野党の一部は外為特会を減税の財源に使うべきと主張していますが、剰余金は既に活用されています。問題は、これ以上どこまで活用できるかという点です。
東京大学の服部孝洋特任准教授は「外為特会には外貨建て資産を円に転換する際に為替介入になるという性質があり、財源として用いるには一定の制約がある」と指摘しています。
外貨準備取り崩しの問題点
売却は為替介入と同じ
外為特会の外貨資産を売却して財源に充てようとすると、大きな問題が生じます。ドルを売って円を得る行為は、実質的にドル売り・円買いの為替介入と同じだからです。
岸田文雄元首相は国会答弁で「財源確保のために外貨を円貨に替えるのは、実質的にドル売り・円買いの為替介入そのもの」と説明し、「為替介入は国際的な合意において、過度な変動や無秩序な動きへの対応のために行われるものとされており、この面からも適当でない」と述べています。
為替介入は市場での投機的な動きへの対応として限定的に認められているものであり、財源確保目的での外貨売却を米国に理解してもらうことは容易ではありません。
含み益は実現益ではない
円安で外貨資産の円換算価値が膨らんでいるとはいえ、それは「含み益」に過ぎません。売却して初めて「実現益」となります。
2022年に国民民主党は、外貨準備を取り崩さずにその「評価益」を償還の裏付けとした政府短期証券の発行を提案しました。しかし、評価益を実現益にできないのであれば、何ら裏付けとはならず、政府短期証券の発行は単なる新規国債発行、政府債務の拡大と変わりません。
また、為替変動を受けて評価益の金額自体が常に大きく変動するという問題もあります。円高に振れれば含み益は縮小または含み損に転じます。
介入余力の低下
外貨準備を取り崩せば、将来の為替介入に使える余力が小さくなります。急激な円高や円安が発生した際の対応力が弱まることを意味します。
外為特会は「いざという時」の備えとしての機能が本来の役割です。財源として使い込んでしまえば、本来の機能を果たせなくなる恐れがあります。
各党の主張と議論の現状
国民民主党
国民民主党は減税など積極財政政策の財源として、外為特会の剰余金活用を主張してきました。2026年衆院選の政策集でも、外為特会や年金積立金、日銀保有ETFの運用益や売却益を財源として活用すると盛り込んでいます。
日本維新の会
自民党と維新の会は消費税減税の財源について「国民会議」で検討するとしています。維新は「増税に頼らない成長重視の財政運営」を掲げており、外為特会も潜在的な財源候補として議論されています。
専門家の見解
野村総合研究所の木内登英氏は「外為特会の剰余金、為替介入による為替差益、円安進行による外貨準備の含み益を新たに財政資金として活用すべきとの主張は、正確性を欠いた議論」と指摘しています。
注意点・今後の展望
為替変動リスク
外為特会には以下のようなリスクがあります。
- 円高局面では為替差損が発生
- 外貨証券の利回り上昇で評価損が発生
- 内外金利差の縮小で受取利息が減少
現在は円安・金利差拡大で「ホクホク」状態かもしれませんが、状況が変われば逆に損失が膨らむ可能性があります。
構造的な問題
外為特会の本質的な問題は、剰余金などの外貨建て資産を一般会計の財源に活用する際、円貨調達のために政府短期証券を発行しなければならない点にあります。外貨資産を円転できないため、外為特会のバランスシート上に巨額の外貨資産と政府短期証券が積み上がり、為替変動や金利上昇に対する脆弱性が高まっています。
安定財源にはなりにくい
外国為替資金は金融市況の動向に左右されるため、本来安定財源になりにくいとされています。社会保障や恒久的な減税の財源として当てにするのは危険です。
まとめ
高市首相の「ホクホク」発言で注目を集めた外為特会ですが、財源としての活用には多くの制約があります。剰余金は既に一般会計に繰り入れられており、外貨資産の取り崩しは為替介入と同じ意味を持つため国際的な理解を得にくいのが現状です。
約210兆円という巨額の外貨準備は魅力的に見えますが、その取り崩しは介入余力の低下を招き、含み益は為替変動で大きく変動します。「打ち出の小づち」として無尽蔵に使える財源ではないことを理解する必要があります。
外為特会を巡る議論では、為替政策との整合性、国際社会との関係、財政規律など、複合的な観点からの検討が求められます。選挙戦では財源論が活発化していますが、外為特会への過度な期待は禁物といえるでしょう。
参考資料:
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