ジョージ・ソロスと日銀:伝説の投資家は円をどう見ているか
はじめに
「イングランド銀行を破った男」という異名を持つ伝説の投資家、ジョージ・ソロス。1992年のポンド危機で英中央銀行に勝利し、一夜にして10億ドル以上の利益を得たことで世界にその名を轟かせました。
そのソロスは、日本円に対しても過去に大きな取引を行ってきた経緯があります。2026年、日銀の金融政策と円相場が大きな転換点を迎える中、海外投資家たちは日本をどう見ているのでしょうか。本記事では、ソロスの投資哲学と過去の実績を振り返りつつ、2026年の日銀・円相場の展望を解説します。
ジョージ・ソロスとは何者か
イングランド銀行を破った男
ジョージ・ソロスは1930年、ハンガリーのブダペストで生まれたユダヤ系アメリカ人の投資家です。1969年にヘッジファンド「クォンタム・ファンド」を設立し、世界最大級のヘッジファンドに育て上げました。
ソロスを世界的に有名にしたのは、1992年9月16日の「ブラック・ウェンズデー」(暗黒の水曜日)と呼ばれる出来事です。当時、イギリスはEC諸国の為替を一定の枠に収める通貨管理体制「ERM(欧州為替相場メカニズム)」に参加していましたが、ソロスはポンド相場が実勢に合わないほど高止まりしていると判断しました。
100億ドルのポンド売り
ソロスは「相場は必ず間違っている」という持論のもと、100億ドルに上る大規模なポンド売りを仕掛けました。イングランド銀行は固定相場を維持するため大規模なポンドの買い支えを実施し、公定歩合を1日で10%から12%、さらに15%にまで引き上げて対抗しましたが、為替市場でのポンド売りは収まりませんでした。
最終的にイングランド銀行は資金が底を突き、買い支えを継続できなくなりました。翌9月17日、英国は正式にERMから離脱し、変動相場制へと移行。ソロスはこの取引で10億〜20億ドル程度の利益を得たと言われています。
ソロスと日本円の関係
プラザ合意での円買い
ソロスの日本円への投資は1985年に遡ります。「プラザ合意」をきっかけにドルが急落した際、ソロスは円を大量に買い集めました。総額で15億ドルを投入し、レバレッジを効かせて円とマルクにそのほとんどをつぎ込み、空前の利益を上げました。
アベノミクスでの円売り
2013年には、アベノミクスの量的緩和政策による円安相場でソロスは再び動きました。円売りポジションを構築し、10億ドルの利益を得たとされています。同年、クォンタム・ファンドは55億ドルもの利益を上げ、これはヘッジファンド史上最高額という記録を打ち立てました。
黒田日銀への警鐘
一方でソロスは、日銀の金融政策に警鐘を鳴らしたこともあります。CNBCのインタビューで黒田日銀の「大胆」な新金融政策について、「黒田日銀が引き起こした円安は雪崩となり、止められなくなるかもしれない。危険な政策だ。日本人の海外への資本逃避が始まる可能性がある」と警告しました。
2026年の日銀金融政策
政策金利は0.75%に
日本銀行は2025年12月の金融政策決定会合で、政策金利を0.75%程度まで引き上げることを決定しました。これは1995年9月以来、約30年ぶりの高水準となります。
植田和男総裁は「経済・物価の見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」と基本方針を示しています。複数の日銀委員が「最近の円安が国内価格に上向きの影響を与えている」と指摘しており、円安次第で利上げのタイミングがぶれる可能性があります。
高市政権との軋轢
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げており、引き続き利上げによる経済への悪影響を懸念しています。野村総合研究所の分析によると、政府と日本銀行の組織としての軋轢は2026年も続くことが予想されています。
次回の利上げは2026年9月、さらに2027年6月に政策金利が1.25%まで引き上げられ、そこがターミナルレート(政策金利の到達点)になるとの見方が出ています。
2026年の円相場展望
円高シナリオの現実味
バンク・オブ・アメリカ(BofA)の調査によると、世界の投資家は円が2026年には主要通貨の中で最も堅調なパフォーマンスを示すと予想しています。約170人のファンドマネジャーのうち約3分の1が、2026年は円が最も高いリターンを上げると回答しました。
野村證券は、2026年後半のドル円相場は1ドル=150円を再び割り込み、140円台前半に向けて調整すると予想しています。日銀利上げとFRB利下げにより、キャリー選好に基づく円安・米ドル高圧力はピークアウトが見込まれるためです。
円安が収束する条件
円安が収束に向かうためには、以下の3つの条件が整う必要があるとされています。
第一に、アメリカの景気が落ち着き金利が順調に下がること。2026年はトランプ氏が5月で任期が切れるパウエルFRB議長の後任に、利下げに前向きな人物を選ぶことが確実視されており、これが円高材料として働く可能性があります。
第二に、日銀による継続的な利上げ。2026年は日銀が利上げペースを加速させる可能性があり、これも円高要因となります。
第三に、世界の投資家からの日本政府の財政運営への不安が和らぐこと。積極財政路線が財政悪化につながるとの懸念が払拭されれば、円への信認が回復する可能性があります。
為替介入の可能性
2024年は1ドル=160円の大台超えで為替介入が行われました。2026年も160円という大台は大きな節目であり、同水準を超えるような円安となる場合には為替介入が入るとみられています。
投資家が注視すべきポイント
日米金利差の行方
FRBは2026年前半に0.25%、年後半に0.25%、合わせて0.5%の利下げがコンセンサスとなっています。一方、日銀はあと0.25%程度の利上げを行うと予想されており、日米金利差は縮小方向に向かう見込みです。
この日米金利差の縮小が進めば、これまで円安を支えてきた「円キャリー取引」の妙味が薄れ、円高方向への圧力が強まる可能性があります。
リスク要因
円安が進行するリスクとしては、米国で景気回復期待に加えてインフレ懸念が再燃し米利上げ観測が高まること、日本の財政に対する懸念が一段と強まること、日本政府が1ドル=160円を超える円安を許容すると市場が受け止めることが挙げられています。
まとめ
ジョージ・ソロスは1992年にイングランド銀行を破り、その後も円を含む主要通貨で大きな取引を行ってきました。「相場は必ず間違っている」という彼の哲学は、中央銀行の政策に対する市場の見方と実態の乖離を突くものでした。
2026年の日本では、高市政権の積極財政路線と日銀の利上げ姿勢という相反する力が働いています。世界の投資家は円高を予想する声が多くなっていますが、日本の財政運営や日銀の政策判断次第で、相場は大きく動く可能性があります。
かつてソロスが中央銀行の政策の矛盾を突いたように、市場は常に政策の一貫性と持続可能性を厳しく評価しています。2026年の円相場の行方は、日銀と政府がこの課題にどう向き合うかにかかっていると言えるでしょう。
参考資料:
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