AI投資が初の5割超、日本は世界の1%未満の深刻な遅れ
はじめに
世界のベンチャーキャピタル(VC)投資において、AI(人工知能)分野が歴史的な転換点を迎えています。2025年のAI関連企業への投資額は約2,679億ドル(約42兆円)に達し、VC投資全体の52%と初めて過半を超えました。
一方で、この「AIブーム」から取り残されているのが日本です。日本のAI投資額は世界全体の1%にも満たず、米国との格差は桁違いの水準に広がっています。
本記事では、世界のVC投資がなぜAIに集中しているのか、その構造と日本の現状、そして今後の展望について解説します。
2025年のVC投資:AIが初めて過半を超える
投資総額と成長率
KPMGの調査によると、2025年第3四半期の世界VC投資額は1,200億ドルに達し、4四半期連続で1,000億ドルを超える堅調な推移を見せています。年間ベースでは、AI関連投資だけで約2,679億ドル(前年比8割増)を記録しました。
PitchBookのデータでは、2025年のVC投資のうちAI分野が52%を占め、初めて過半を超えました。これは2024年の27%から倍増した数字です。
メガラウンドへの集中
2025年のAI投資の特徴は、大型案件への資金集中です。AI分野では58%の資金が5億ドル以上の「メガラウンド」に集中しています。
主な大型調達案件は以下の通りです。
- Scale AI:Meta社から143億ドル(49%の株式取得)
- Anthropic:130億ドル
- xAI(イーロン・マスク氏設立):100億ドル
- OpenAI:400億ドル(ソフトバンクからの投資)
この「勝者総取り」構造は、投資段階からすでに固定化しつつあると指摘されています。
基盤モデル企業の台頭
2025年、基盤モデル(Foundation Model)を開発する企業は800億ドルを調達し、AI投資全体の40%を占めました。2024年の310億ドル(27%)から、わずか1年で存在感が倍増しています。
特にOpenAIとAnthropicの2社だけで、世界のVC投資全体の14%を占めるという驚異的な集中度です。OpenAIは評価額5,000億ドルで「史上最も価値の高い未上場企業」となりました。
米国大手VCの動向
アンドリーセン・ホロウィッツの過去最大調達
米国VC大手のアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は、5つの新ファンドで総額150億ドル(約2兆3,700億円)を調達したと発表しました。同社として過去最大の資金を集め、生成AI分野の有力企業に集中投資しています。
10億ドル規模の案件を主導したVCとしては、Lightspeed Venture Partners、Founders Fund、Andreessen Horowitzが名を連ねています。
早期投資家の動向
OpenAIに最も早く投資したVCとして知られるKhosla Venturesは、2019年の段階で5,000万ドルを投資していました。当時はほとんど注目されていなかったOpenAIの「育ての親」とも言えるVCです。
一方で、創業者のビノッド・コースラ氏は、過熱するAI分野からの投資資金引き揚げも明かしており、バリュエーションの高騰に警戒感を示しています。
日本の深刻な遅れ:世界の1%未満
圧倒的な投資格差
スタンフォード大学の「AI Index Report 2025」によると、2024年の民間AI投資額は以下の通りです。
- 米国:1,091億ドル(約16兆円)
- 中国:93億ドル
- 英国:45億ドル
- 日本:0.93億ドル(約140億円)
日本の投資額は米国の約0.1%に過ぎません。この桁違いの投資格差について、同レポートは「日本がこの投資競争の蚊帳の外に置かれ続ければ、技術的格差は決定的となり、グローバル市場における競争力を根本から失うことは避けられない」と警告しています。
日本市場の特徴と課題
日本のスタートアップ投資は、資金需要が比較的小さいエンターテインメント関連が上位を占める傾向にあります。AIや宇宙といった大型資金を要するディープテック領域では、世界的な調達額大型化のトレンドに乗れていません。
米国の著名VCスパークキャピタルの共同創業者は「正直なところ、日本のスタートアップシーンは物足りません」と指摘しています。「日本は既存技術の改良や洗練が得意だが、ゼロからまったく新しいものを創ることが苦手で、破壊的イノベーションを起こすにはまだ課題が多い」との評価です。
数少ない成功事例:Sakana AI
日本のAIスタートアップで世界的に注目を集めたのがSakana AIです。同社はNew Enterprise Associates、Khosla Ventures、Lux Capitalが主導するシリーズCラウンドで301億円を調達し、日本史上最速でユニコーン(評価額10億ドル超の未上場企業)の地位を達成しました。
海外投資家の参加は、日本のスタートアップへの国際的な関心の高まりを示しています。
日本の巻き返し策
政府による1兆円投資
日本政府は2026年度から5年間で約1兆円を投じて、国産AI開発を本格化させる方針です。ソフトバンクやプリファードネットワークスなど日本企業10社以上が新会社を設立し、1兆パラメーター級の大規模AIモデルを開発する計画です。
特に注力するのが「フィジカルAI」領域です。日本の製造業が持つ豊富な産業データを活用して、ロボットや機械を自律制御する技術の実現を目指しています。
半導体への投資
日本政府は次世代半導体の国内生産を目指すRapidusに対し、2025年末までに1,000億円を投資することを決定しています。また、2025年度の財政投融資計画では、スタートアップ向けリスク資本の拡充に800億円を配分しています。
「日本は遅れていない」という見方も
一方で、楽観的な見方もあります。シリコンバレーで1,000社超の生成AIスタートアップを精査してきたシバタナオキ氏は、「日本は遅れてなんかない」と指摘しています。
「アフターAI」時代、つまりAI技術が成熟し、実社会への応用が本格化する段階では、製造業やものづくりの強みを持つ日本に勝機があるという分析です。
注意点・展望
バリュエーションの過熱リスク
AI分野への投資集中は、バリュエーション(企業価値評価)の過熱を招いています。OpenAIの評価額5,000億ドルは、収益性から見ると割高との指摘もあります。投資家は「AIバブル」のリスクも認識しておく必要があります。
技術的優位性の持続性
現在のAI投資は、基盤モデルを開発する少数の企業に集中しています。しかし、技術の進化により競争環境が変わる可能性もあります。オープンソースAIの発展や、特定領域に特化したAIの台頭が、「勝者総取り」構造を変える可能性があります。
日本企業への示唆
日本企業にとって、AIへの投資は「するかしないか」ではなく「いつ、どのように」の問題です。自社開発が難しい場合でも、AIスタートアップとの協業や、AI技術の活用による業務効率化は、競争力維持のために不可欠となっています。
まとめ
2025年、世界のVC投資においてAI分野が初めて過半を超え、約42兆円に達しました。OpenAI、Anthropic、xAIといった基盤モデル企業に資金が集中し、「勝者総取り」の構造が鮮明になっています。
一方で日本のAI投資は世界の1%にも満たず、米国との格差は桁違いです。日本政府は1兆円規模の国産AI開発支援を打ち出していますが、世界の投資規模と比べると依然として小さいのが現状です。
日本の強みは、製造業の産業データとものづくりの技術にあります。「フィジカルAI」領域での巻き返しや、Sakana AIのような世界的なスタートアップの登場が、今後の希望となります。AIブームの波に乗り遅れないためにも、官民一体となった取り組みの加速が求められています。
参考資料:
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