イラン史上初のスターリンク遮断、ネット封鎖100時間超
はじめに
イランで2025年12月末から続く大規模な反政府デモへの対応として、当局によるインターネット遮断が長期化しています。遮断開始から100時間を超える異例の事態となり、国民は外部との通信手段を断たれた状態に置かれています。
さらに注目すべきは、衛星インターネットサービス「スターリンク」への妨害が史上初めて実行されたことです。これまで政府による通信規制を迂回する手段として期待されてきたスターリンクさえも、軍事ジャマーによって遮断されています。デジタル時代における新たな情報統制の形が現れた格好です。
本記事では、イランで何が起きているのか、インターネット遮断の技術的側面、そして国際社会への影響について詳しく解説します。
反政府デモの発端と拡大
経済危機が引き金に
2025年12月28日、イラン各地で大規模な抗議デモが発生しました。直接的な引き金となったのは深刻な経済危機です。インフレの加速、食料品価格の高騰、そしてイラン・リヤルの急激な下落が国民生活を直撃していました。
当初は経済的な不満を訴えるデモでしたが、急速に政治色を帯びるようになりました。「現体制の終焉」を求める声が上がり始め、最高指導者ハメネイ師への批判まで公然と行われるようになっています。
2022年以来最大規模の騒乱
今回のデモは、マフサ・アミニさんの死をきっかけに2022年から2023年にかけて発生した抗議活動以来、イランにおける最大規模の騒乱となっています。全国285カ所以上で抗議活動が確認され、首都テヘランを含む主要都市のほぼ全域に拡大しています。
日本の外務省も事態を重く見て、イランの危険レベルを引き上げました。1月8日以降はインターネットが遮断され、1月9日以降は国際電話の通信制限もかかっているとみられ、現地との連絡が困難な状況にあります。
異例の100時間超えインターネット遮断
完全なデジタル・ブラックアウト
インターネット監視団体Netblocksによると、イランでは地上ケーブルを介したインターネット接続が完全に遮断され、その状態が100時間を超えて続いています。Cloudflare Radarのデータでも、イランからのインターネットトラフィック量はほぼゼロの状態が続いています。
Netblocksは「検閲措置は国の未来にとって重要なこの瞬間において、イラン国民の安全と福祉に直接的な脅威をもたらしている」と警告しています。通信手段を断たれた国民は、デモの状況や政府の動きを把握することすら困難な状況に置かれています。
過去のインターネット遮断との違い
イランは過去にも抗議活動の際にインターネットを遮断してきた歴史があります。2019年のガソリン価格抗議デモでは約1週間の遮断が行われ、2022年のマフサ・アミニ抗議デモでも断続的な制限がかけられました。
しかし今回の遮断は、その期間の長さと徹底ぶりにおいて過去に例を見ないものとなっています。SNSを通じたデモの拡大や、国外の反体制派メディアが発信する情報を遮断することが目的とみられています。
史上初のスターリンク妨害
軍事ジャマーを使用した衛星通信遮断
今回の事態で最も注目されているのが、イーロン・マスク氏率いるスペースXの衛星インターネットサービス「スターリンク」への妨害です。サボワ大学のカベ・サラマティアン教授は「スターリンクに対してこれほど強力な妨害が行われるのは初めて」と述べています。
報道によると、イラン当局は軍事用のジャマー(妨害装置)を配備し、スターリンクのアップリンクとダウンリンクのトラフィックを妨害しています。当初は約30%の妨害率でしたが、数時間以内に80%以上に急上昇したとされています。
スターリンク妨害の技術的背景
スターリンクは、イラン当局による中央集権的なインターネット管理を回避する手段として、反体制派の間で利用が広がっていました。政府が管理する地上のインターネットインフラを経由せず、衛星を通じて直接通信できるためです。
しかし、スターリンクの運用に必要なGPS信号を妨害することで、比較的効率的に機能を阻害できることが判明しました。ハドソン研究所の電子戦専門家ブライアン・クラーク氏によると、衛星と地上端末間の通信を直接遮断するには多くの妨害装置が必要ですが、GPS妨害であれば少ない装置で広範囲をカバーできるとのことです。
ロシアとの技術協力の可能性
スターリンクへの妨害技術については、ロシアとの関連が指摘されています。ウクライナ侵攻においてロシア軍はスターリンク妨害装置を使用しており、イランとロシアの緊密な協力関係を考えると、イランがロシアから技術供与を受けている可能性があります。
なお、イラン西部の国境付近では一部のスターリンク利用者が依然として通信できているとの報告もあり、妨害の効果は地域によって差があるようです。
死者数と弾圧の実態
3,000人死亡との報道も
インターネット遮断により現地からの情報が限られる中、死者数については様々な数字が報じられています。米紙ニューヨーク・タイムズは1月13日、イラン保健省当局者の話として、治安当局者数百人を含む約3,000人が死亡したと報じました。ロイター通信も同日、約2,000人の死者を報じています。
一方、ノルウェーを拠点とする人権団体「イラン・ヒューマン・ライツ」は、確認できた死者数として「少なくとも648人」と発表しています。拘束者は推定で1万人を超えるとしています。
情報源による数字の大きな差は、インターネット遮断により正確な情報収集が困難になっていることを示しています。
イラク民兵組織の介入
2026年1月6日には、イラクのシーア派民兵組織から約800人がイランに派遣されたと報じられました。カタイブ・ヒズボラやヒズボラ・アル・ヌジャバ運動などの組織からの兵士とされ、表向きは「聖地への巡礼」を名目としていますが、実際には抗議活動の鎮圧支援が目的とみられています。
外国の民兵組織が国内のデモ鎮圧に投入されるのは異例のことであり、イラン政府が自国の治安維持能力に不安を抱えていることを示唆しています。
国際社会の反応
トランプ大統領の介入示唆
トランプ米大統領は1月13日、SNSで「イランの愛国者たちへ、抗議を続けよ――あなた方の機関を奪い取れ」と投稿しました。さらに「抗議する人々に対する無意味な殺害が止まるまで、イラン当局者との協議はしない」と続け、デモ参加者への支持を表明しています。
また、イランと貿易する国に25%の関税を課すと表明するなど、経済的な圧力を強める姿勢も示しています。軍事介入の検討も報じられており、中東情勢は緊迫の度合いを増しています。
イラン政府の姿勢
最高指導者ハメネイ師は、デモ参加者は「自らの町を破壊し、アメリカの大統領を喜ばせようとしている」と非難しています。イラン司法当局は、デモ参加者は「神の敵」とみなされ、死刑に値する可能性があると表明しており、強硬姿勢を崩していません。
今後の展望
デジタル統制の新たな局面
今回の事態は、インターネット時代における情報統制の限界と可能性の両面を示しています。衛星通信サービスまでも妨害対象となったことで、政府による情報統制の技術は新たな段階に入りました。
一方で、長期間のインターネット遮断は経済活動にも深刻な打撃を与えます。銀行取引、企業間の通信、国際貿易など、あらゆる経済活動がインターネットに依存する現代において、遮断の長期化は政府にとってもコストの高い選択です。
体制の行方
イラン・イスラム共和国体制は、1979年の革命以来最大の危機に直面しているとの見方もあります。経済危機、国民の不満、国際的な孤立という複合的な圧力の中で、政府がいつまで現在の強硬姿勢を維持できるかが焦点となります。
インターネット遮断が解除された時、国民と国際社会は何を目にすることになるのか。世界はイランの動向を固唾を呑んで見守っています。
まとめ
イランで100時間を超えるインターネット遮断が続いており、史上初となるスターリンクへの妨害も確認されています。反政府デモは全国に拡大し、死者数は数千人に達している可能性があります。
デジタル・ブラックアウトの中で何が起きているのか、その全容は遮断が解除されるまで明らかにならないでしょう。しかし、確実に言えることは、インターネット時代の情報統制と市民の抵抗という対立構造が、新たな局面を迎えているということです。国際社会の対応も含め、事態の推移を注視する必要があります。
参考資料:
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