イラン抗議デモで500人超死亡、経済危機が引き金に

by nicoxz

はじめに

イランで2025年12月末から続く大規模な抗議デモは、2022年のマフサ・アミニ氏死亡事件以来、最大規模の反政府運動に発展しています。人権団体の報告によれば、治安当局との衝突で既に500人以上が死亡したとみられ、国際社会の注目が集まっています。

当初は物価高騰と通貨リヤルの暴落に対する経済的な不満から始まったデモは、次第にイスラム体制そのものの終焉を求める政治的な運動へと変質しました。米国のトランプ政権は「強力な選択肢」の検討を示唆しており、中東情勢の新たな火種となる可能性があります。

この記事では、イラン抗議デモの背景、現状、そして今後の展望について詳しく解説します。

デモの発端と経緯

経済危機が引き金に

抗議デモは2025年12月28日、首都テヘランの商店主や商人たちの間で始まりました。直接的な引き金となったのは、急速に悪化する経済状況です。

インフレの急騰: 2025年12月のインフレ率は42.2%に達し、前月から1.8ポイント上昇しました。特に食料品価格は前年同月比で72%も上昇し、一般市民の生活を直撃しています。保健・医療関連品の価格も50%上昇しており、市民生活は危機的な状況にあります。

通貨リヤルの暴落: イラン・リヤルは12月29日、対米ドルで過去最安値(1ドル=145万リヤル)を記録しました。政府は1月3日に1ドル=138万リヤルへの引き上げを試みましたが効果はなく、1月6日には1ドル=150万リヤルまで再び下落しました。

政治的要求への発展

当初は経済的な不満が中心でしたが、デモは急速に政治的な色彩を帯びていきました。参加者たちは以下のようなスローガンを掲げるようになりました。

  • 「ハーメネイー(最高指導者)に死を」
  • 「パフラヴィー朝が戻ってくる」
  • 「イスラム共和国の終わりだ」

テヘランから始まったデモは、やがて大学に広がり、全国各地から学生や労働者が参加するようになりました。わずか10日間で、抗議の火の手はイラン全土31州のうち27州、285カ所以上へと燃え広がりました。

通貨危機の背景

リヤル暴落の要因

イラン・リヤルの価値下落は、複合的な要因によるものです。

国際制裁の影響: 2025年3月時点では1ドル=約102万リヤルでしたが、その後の国際情勢の変化が通貨価値に大きな影響を与えました。

核交渉の破綻: 一時はイラン・米国間の核交渉により、6月には1ドル=約82万リヤルまで回復しました。しかし、交渉は進展せず、欧州3カ国が国連安保理制裁の復活手続きを開始した8月28日には、再び1ドル=100万リヤルを突破しました。

制裁の一斉復活: 9月28日に国連安保理制裁が一斉復活すると、リヤルは1ドル=約110万リヤルまで下落。その後も下落傾向が続き、12月末には過去最安値を更新する事態となりました。

市民生活への影響

通貨の暴落は、輸入品価格の急騰を通じて市民生活を直撃しています。

食料品: パン、米、肉などの基本的な食料品の価格が急騰し、多くの家庭が十分な食事を確保できない状況に陥っています。

医薬品: 輸入医薬品の価格も急騰し、慢性疾患を抱える患者が必要な治療を受けられないケースが報告されています。

燃料: ガソリンや灯油の価格も上昇しており、冬季の暖房費負担が家計を圧迫しています。

人権侵害の実態

死者数の報告

デモに対する治安当局の弾圧は激しく、複数の人権団体が犠牲者の増加を報告しています。

報告機関報告日死者数
HRANA1月3日16人
HRANA1月7日36人
HRANA1月9日65人
HRANA1月11日544人
IHR(ノルウェー)1月11日192人(最大2,000人以上の可能性も)

人権活動家通信(HRANA)とイラン人権機構(IHR)の報告には大きな開きがありますが、いずれの数字も犠牲者が増え続けていることを示しています。

弾圧の手法

治安当局はデモ隊に対して、以下のような手段で対応しています。

実弾発砲: 一部の地域では、狙撃兵がデモ隊に向けて発砲しているとの報告があります。

大量逮捕: 人権団体によれば、デモ開始から13日間で2,300人以上が拘束されました。

死刑の威嚇: イラン司法当局は、デモ参加者に対して死刑を適用する可能性を示唆し、市民を威嚇しています。

インターネット遮断: 政府はデモの拡大を防ぐため、インターネット接続を大幅に制限しています。

外国勢力の関与報道

2026年1月6日、イラクのシーア派民兵組織から約800人が、イランでの抗議活動鎮圧を支援するために派遣されたとの報道がありました。この報道が事実であれば、イラン政府が国内治安維持のために外国勢力に依存せざるを得ない状況を示唆しています。

政府の対応

経済対策の失敗

イラン政府はデモ隊をなだめるため、いくつかの経済対策を発表しましたが、効果は限定的です。

現金給付: 政府は国民に毎月約7ドル(約1,000円)の生活費を支給すると発表しました。しかし、イランの月間最低生計費が200ドルを超える中、この金額では焼け石に水です。

価格統制の試み: 一部の基本食料品に対する価格統制も試みられましたが、闇市場の形成など副作用も生じています。

弾圧の強化

政府は経済対策と並行して、弾圧も強化しています。

治安部隊の増強: 革命防衛隊(IRGC)やバシジ(民兵組織)がデモ鎮圧の最前線に立っています。

報道規制: 国内外のジャーナリストの活動を制限し、情報統制を図っています。

SNS監視: ソーシャルメディアでの発信者を特定し、逮捕するケースも報告されています。

国際社会の反応

米国の対応

トランプ米政権は、イラン情勢に対して強い関心を示しています。

「強力な選択肢」の検討: 政権幹部は、イランに対する追加制裁や軍事的選択肢を含む「強力な選択肢」を検討していると述べています。

人権侵害への非難: 国務省は、イラン政府による市民への弾圧を強く非難する声明を発表しました。

反体制派との接触: 米国政府がイラン反体制派と接触しているとの報道もあり、体制転換への関与を示唆しているとの見方もあります。

欧州諸国の反応

欧州連合(EU)も、イランの人権状況に懸念を表明しています。

追加制裁の検討: EUは、弾圧に関与した個人・団体への追加制裁を検討しています。

外交的圧力: 各国政府がイラン大使を呼び出し、抗議を伝えています。

中東諸国の対応

周辺のアラブ諸国は、慎重な姿勢を維持しています。

公式声明の回避: 多くの国が、内政不干渉の原則を理由に公式声明を避けています。

難民流入への警戒: 情勢悪化に伴う難民流入への対応を準備する動きもみられます。

過去のデモとの比較

2022年のマフサ・アミニ抗議

今回のデモは、2022年9月にマフサ・アミニ氏が風紀警察に拘束された後に死亡した事件を受けて発生した抗議運動以来、最大規模とされています。

2022年の抗議は、女性の権利や自由を求める運動として国際的な注目を集めました。「女性、生命、自由」というスローガンが世界中に広がり、イラン政府は国際社会から強い批判を浴びました。

今回のデモの特徴

今回のデモには、いくつかの特徴があります。

経済的動機の強さ: 2022年のデモが人権・自由を求める運動だったのに対し、今回は生活苦が直接的な引き金となっています。

地理的な広がり: 全土31州のうち27州に拡大しており、都市部だけでなく地方にも広がっています。

参加層の多様性: 商店主、学生、労働者、女性など、幅広い層が参加しています。

体制転換要求の明確化: 「ハーメネイーに死を」「パフラヴィー朝の復活」といったスローガンは、体制そのものの転換を求める明確な意思表示です。

注意点・展望

情報の不確実性

イラン国内からの情報は限られており、死者数などの数字には大きな幅があります。政府によるインターネット遮断や報道規制により、正確な状況把握が困難な状況です。

複数の情報源を比較しながら、慎重に状況を判断する必要があります。

今後のシナリオ

今後の展開としては、以下のようなシナリオが考えられます。

弾圧による鎮静化: 政府が治安部隊を総動員し、力ずくでデモを鎮圧する可能性があります。ただし、経済的な不満が根本原因である以上、一時的な鎮静化に終わる可能性もあります。

体制内改革: 最高指導者ハーメネイー師が何らかの改革を約束し、デモ隊との妥協を図る可能性もあります。ただし、過去の例から見て、実質的な改革が実現する可能性は低いとみられています。

体制の動揺: デモが長期化し、治安部隊や革命防衛隊の中に離反者が出れば、体制そのものが動揺する可能性もあります。ただし、現時点ではそのような兆候は確認されていません。

外国の介入: 米国やイスラエルが何らかの形で介入する可能性も排除できません。ただし、直接的な軍事介入のリスクは高く、慎重な判断が求められます。

まとめ

イランで続く大規模抗議デモは、深刻な経済危機を背景に発生し、体制転換を求める政治運動へと発展しています。人権団体の報告によれば、治安当局との衝突で既に500人以上が死亡し、2,000人以上が犠牲になった可能性も指摘されています。

政府の経済対策は効果を上げておらず、弾圧による鎮静化を図る姿勢を強めています。一方、米国を含む国際社会も「強力な選択肢」の検討を示唆しており、イラン情勢は重大な局面を迎えています。

インターネット遮断により正確な情報が入手しにくい状況ですが、今後の展開次第では中東情勢全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。引き続き、国際社会の動向とイラン国内の状況を注視する必要があります。

参考資料:

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