イラン抗議デモの深層:特権層と体制への不満が爆発
はじめに
2025年12月末からイラン全土に広がった大規模抗議デモは、単なる物価高への不満にとどまらず、革命防衛隊(IRGC)をはじめとする特権層への根深い怒りが爆発した形となっています。国家資産の大半を握る特権層と一般国民との格差が、イスラム革命体制への挑戦を招いています。
本記事では、イラン抗議デモの背景にある特権層への不満と、体制危機の構造について解説します。
経済危機と格差の拡大
通貨暴落と物価高騰
抗議デモの直接のきっかけは、イラン通貨リヤルの急落と物価高騰でした。イラン統計センターによると、2025年の消費者物価は前年比52%上昇し、多くの生活必需品が一般国民の手の届かない価格になりました。
2025年6月のイスラエルとの短期紛争(12日間戦争)以降、リヤルは過去最安値を更新し続けています。輸入品を扱うテヘランのバザール商人たちは、通貨下落により利益を確保できなくなり、一斉に店舗のシャッターを下ろしました。
補助金と腐敗
イラン政府は長年、特定の輸入品に対して優遇為替レートを適用してきました。しかし、この制度は体制に近い特権層が利益を独占する「腐敗の温床」と見なされてきました。
ペゼシュキアン大統領は、特権層が享受してきた補助金付きドルへのアクセスを停止し、一般消費者に直接給付する方針を表明しましたが、インフレへの懸念から国民の不安は解消されていません。腐敗への怒りと物価上昇への不安が交錯し、抗議活動の引き金となりました。
革命防衛隊の経済支配
「民営化」という名の資産集中
イランの経済格差を理解する上で、革命防衛隊(IRGC)の経済支配は避けて通れない問題です。アフマディネジャド政権時代の「民営化」は、実際には国有資産をIRGCや宗教財団(ボニヤド)傘下の企業に移転する手段となりました。
憲法44条の新解釈により、これらの組織は「公的非政府機関」に分類され、経済の広範な分野を吸収しました。IRGCはインフラ、石油化学、金融など多くの産業で支配的な地位を確立しています。
60%以上の国家資産を独占
反体制派の分析によると、革命防衛隊や宗教財団は国家資産の60%以上を独占しています。主要な財団には、ムスタザファン財団、イマーム・レザー廟財団、セタド(最高指導者の経済帝国)などがあり、巨大な企業グループを形成しています。
バザール商人層はかつてイスラム革命を支持した基盤でしたが、過去20年間でIRGCや財団への優遇、制裁対応、慢性的インフレにより経済的地位を浸食されてきました。体制の支持基盤だったはずの商人階級が、今や抗議活動の先頭に立っています。
特権層への怒りの表出
革命の象徴への攻撃
抗議デモでは、体制の象徴への攻撃が相次いでいます。テヘラン南部のカエミイェ地区では、2020年に米国に暗殺され「殉教者」とされた革命防衛隊の司令官ガセム・ソレイマニの像が倒されました。
大学生を中心に「独裁者に死を」「ハメネイに死を」といったスローガンが叫ばれ、最高指導者ハメネイ師への直接的な批判が公然と行われています。
革命防衛隊への亀裂
かつて鉄の結束を誇った革命防衛隊にも、亀裂の兆候が見え始めています。給与の未払いや、隣人を撃つことへの心理的抵抗から、現場の兵士や警官が命令を拒否したり、職場を離脱するケースが報告されています。
2025年6月のイスラエルとの短期紛争での敗北が、IRGCの権威を大きく損なったとの見方もあります。イラン・イラク戦争で英雄視されたIRGCが、実は「非武装の市民に対してのみ有効な空洞化した組織」であることが露呈したと、国民は感じています。
体制の危機的状況
1979年以来最大の抗議
英エコノミスト誌は、今回の抗議活動を「2009年以来最大」と報じましたが、一部の専門家は「1979年のシャー打倒以来最大」と分析しています。わずか10日間で全国31州のうち27州、285か所以上に拡大したスピードは前例がありません。
弾圧と犠牲者
人権活動家通信(HRANA)によると、デモ参加者の死者は2000人を超え、1万8000人以上が逮捕されています。インターネットの大規模遮断が続く中、実際の犠牲者数はさらに多い可能性があります。
イラン検事総長は、デモ参加者を「神の敵」(モハレベ)と宣言し、死刑に相当する罪で訴追すると警告しています。革命防衛隊も「治安維持はレッドライン」と警告を発しています。
体制内の権力闘争
表面的な弾圧の裏で、体制上層部では「ポスト・ハメネイ」を見据えた権力闘争が繰り広げられています。高齢のハメネイ最高指導者の後継問題が、抗議活動への対応を複雑にしている面もあります。
強硬派のアフマド・ヴァヒディ元国防相がIRGC副司令官に任命されたことは、弾圧強化の兆候と見られています。
国際社会の対応
トランプ大統領の姿勢
トランプ大統領は抗議デモに声援を送り、繰り返しイランへの軍事攻撃を示唆しています。「イランの愛国者たちよ、抗議を続けろ」とSNSで呼びかけ、体制転換への関与を匂わせています。
地政学的影響
イランで体制崩壊が現実となれば、世界の地政学とエネルギー市場を一変させる重大な転機となります。イランが支援するヒズボラ、フーシ派、イラクの民兵組織への影響も計り知れません。
今後の展望
体制崩壊の可能性
専門家の間では、イスラム革命体制が崩壊寸前にあるとの見方と、革命防衛隊の武力でなお維持されるとの見方が拮抗しています。いずれにせよ、体制の正統性は根本から揺らいでいます。
国民信託基金構想
反体制派は、革命防衛隊や宗教財団が独占してきた国家資産を没収し、「国民信託基金」として管理する構想を持っています。通貨リヤルの価値を支え、国民に富を再分配することで、経済危機からの脱却を図る計画です。
まとめ
イランで続く大規模抗議デモは、物価高騰をきっかけに、革命防衛隊など特権層への根深い不満が爆発した形です。国家資産の60%以上を独占する特権層と一般国民との格差が、イスラム革命体制への挑戦を招いています。
1979年以来最大規模とも言われる抗議活動は、イランの体制転換につながる可能性もあり、中東情勢と世界のエネルギー市場に重大な影響を及ぼし得ます。
参考資料:
- イラン政府の「支配が崩れつつある」 - Newsweek日本版
- イランに迫る革命、勃発なら世界情勢は一変 - Bloomberg
- もはや神政国家に期待できないイラン国民 - クーリエ・ジャポン
- Why the once loyal bazaar merchants are now protesting - Al Jazeera
- Iran’s protests look like the first tremors of regime collapse - GIS Reports
- Will Iran’s Protests Finally Topple the Government? - Foreign Policy
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