日伊が重要鉱物とLNG供給で連携強化―エネルギー安全保障の新戦略
はじめに
2026年1月16日、高市早苗首相とイタリアのジョルジャ・メローニ首相が首相官邸で会談し、重要鉱物のサプライチェーン構築と液化天然ガス(LNG)の緊急融通で協力することで合意しました。両国の関係は「特別戦略的パートナーシップ」に格上げされ、エネルギー安全保障の強化に向けた新たな枠組みが構築されました。
中国による重要鉱物の輸出規制強化が続く中、日本は調達先の多様化を急いでいます。また、中東情勢の不安定化に備えたLNG供給源の確保も喫緊の課題です。日伊の連携強化は、こうした課題への対応策として注目されます。
日伊首脳会談の主要合意内容
重要鉱物サプライチェーンの構築
高市首相は会談後の共同記者発表で、「重要鉱物の輸出規制をめぐる国際的な懸念が高まる中、重要鉱物のサプライチェーン強化に向けて協力していくことの緊急性について、完全に意見が一致した」と述べました。
翌17日、メローニ首相は三菱重工業、日立製作所、三井物産など日本の主要企業17社の幹部と意見交換を行い、重要鉱物の調達や投資拡大を呼びかけました。イタリア側は日本企業との協力を通じて、中国に依存しない鉱物資源のサプライチェーン構築を目指しています。
LNG緊急融通の枠組み
両首脳は、2025年に署名された協力覚書に基づき、「緊急時のLNG融通に関する協力を進める」ことで合意しました。イタリアのエネルギー大手ENI(エニ)が、緊急時に日本への優先的なLNG供給を行う見込みです。
これは日本のエネルギー安全保障と供給源多様化にとって重要な協力関係となります。中東情勢の緊迫化によるLNG供給途絶リスクを意識した動きです。
その他の協力分野
会談では、衛星技術や宇宙ゴミ除去などの宇宙技術開発での協力も確認されました。また、英国と共同開発中の次世代戦闘機GCAP(Global Combat Air Programme)についても議論が行われました。
高市首相は「力による現状変更に反対し、法の支配の重要性」を強調し、インド太平洋地域の戦略環境が厳しさを増す中、同志国との緊密な連携の必要性を訴えました。
日本の重要鉱物調達の現状と課題
中国依存からの脱却
中国は世界のレアアース生産量の約7割を占め、製錬やレアアース磁石の生産でも圧倒的なシェアを握っています。日本のレアアース調達における対中依存度は、2010年の尖閣諸島問題を機に89.8%から2024年には62.9%まで低下しましたが、依然として高水準です。
中国は近年、輸出規制を強化しています。2023年8月にガリウム及びゲルマニウム、同年12月に黒鉛、2024年8月にアンチモン、2025年2月にタングステン、同年4月にサマリウム、ガドリニウムなど7種のレアアースについて輸出管理措置を開始しました。2024年10月にはレアアース管理条例が施行され、サプライチェーン全体での管理が強化されています。
調達先多様化の取り組み
日本企業は2010年の危機を教訓に、中国以外からの調達ルート確保に動いています。JX金属や大手商社などが、ベトナム(現在の調達比率32.2%)、タイ(4.8%)などからの輸入を拡大しています。
オーストラリアやカナダなど同盟国・友好国からの優先調達を志向する「フレンドショアリング」の動きも加速しています。日本や欧州は新たなレアアース鉱山の開発支援に加え、国家備蓄の管理、精錬やリサイクル技術開発への財政支援を進めています。
技術開発による依存軽減
プロテリアル(旧日立金属)などは、レアアースを使わない技術の開発にも注力しています。永久磁石を使用しないモーターの開発や、レアアース使用量を最小限に抑える「脱レアアース」「レアアースフリー」技術の研究が進んでいます。
イタリアのエネルギー資源とENIの役割
ENIの事業規模と展開地域
ENI(Ente Nazionale Idrocarburi)はイタリア最大の事業会社で、世界でも10指に入る規模の石油ガス会社です。70カ国で事業を展開し、特にアフリカとの強固な関係を築いています。
アフリカでのLNG開発
ENIはアフリカ各国でLNG資源の開発を進めています。
アルジェリア: 2022年4月、ENIはアルジェリアの国営炭化水素公社ソナトラックと合意し、2023~2024年に年間90億立方メートルのガス供給契約を締結しました。1977年からソナトラックと協力し、地中海横断ガスパイプラインシステムを構築しています。
コートジボワール: 2021年9月、ENIはコートジボワール南東部沖合のバレン油田を発見し、2023年11月に本格操業を開始しました。総投資額100億ドルで、第3フェーズでは原油生産を日量15万バレル、ガス生産を日量2億立方フィートまで引き上げる計画です。
その他アフリカ諸国: ENIはアンゴラ、コンゴ共和国、モザンビークなどでもLNG開発事業を展開しており、これらの供給源を活用して日本への緊急時供給が可能となります。
イタリアのエネルギー多角化戦略
2022年のロシア・ウクライナ紛争以降、欧州各国はロシア産エネルギーへの依存を減らし、供給源の多角化を進めています。イタリアもその一環として、アフリカからのLNG調達を拡大してきました。
日本との協力は、イタリアにとってもアジア市場へのアクセスを確保し、ENIのグローバル展開を強化する意義があります。
日伊協力の戦略的意義
エネルギー安全保障の強化
中東からのLNG輸送ルートは、ホルムズ海峡やマラッカ海峡などのチョークポイントを通過します。地政学的リスクが高まる中、ENIを通じて地中海・アフリカルートからのLNG調達が可能になることは、日本のエネルギー安全保障を大きく強化します。
同志国ネットワークの構築
日本とイタリアは共にG7メンバーであり、民主主義と法の支配を重視する価値観を共有しています。重要鉱物やエネルギー資源の分野で同志国との連携を深めることは、中国やロシアへの依存を減らす「経済安全保障」の観点からも重要です。
技術協力とイノベーション
重要鉱物のリサイクル技術や省資源技術、宇宙開発など、日伊両国が得意とする分野での協力は、技術イノベーションを促進します。これは単なる資源調達にとどまらず、次世代技術の開発につながる可能性があります。
注意点・今後の展望
実効性の確保が課題
今回の合意は大枠での方向性を示したものであり、具体的な供給量、価格、緊急時の定義など、詳細を詰める必要があります。特にLNGの緊急融通については、既存の供給契約との調整や、輸送インフラの整備など、実務的な課題が残されています。
中国との関係バランス
日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、完全に依存を断ち切ることは現実的ではありません。調達先多様化を進めつつ、中国との経済関係をどうバランスさせるかが重要な政策課題です。
コスト面の考慮
フレンドショアリングや調達先多様化は、短期的にはコスト増となる可能性があります。中国からの調達は規模の経済により価格競争力があるため、代替調達先の開発には政府支援や長期契約による安定化が必要です。
欧州のエネルギー需要との競合
イタリアを含む欧州各国も、ロシア産エネルギーからの脱却を進めており、アフリカからのLNG需要が高まっています。日本への緊急融通が、欧州自身のエネルギー安全保障と矛盾しないよう、WIN-WINの枠組み構築が求められます。
まとめ
日本とイタリアの戦略的パートナーシップ強化は、エネルギー安全保障と重要鉱物サプライチェーンの構築において重要な一歩です。中国依存からの脱却とエネルギー調達先の多様化は、日本の経済安全保障にとって喫緊の課題であり、価値観を共有する同志国との連携が鍵となります。
ENIのアフリカでのLNG開発資産を活用した緊急融通の枠組みは、中東依存度を下げる新たな選択肢を提供します。また、重要鉱物の調達先多様化では、イタリアとの技術協力やリサイクル技術の開発も期待されます。
今後は、今回の合意を具体的な行動計画に落とし込み、実効性のある協力体制を構築することが求められます。日本企業とイタリア企業の連携、技術開発への共同投資、そして緊急時の円滑な融通メカニズムの整備が、次のステップとなるでしょう。
参考資料:
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