日本のステーブルコイン始動、3メガバンク参入の狙い
はじめに
日本で法定通貨に連動するステーブルコインの実用化が本格的に動き始めました。2025年秋にフィンテック企業のJPYCが日本初の円建てステーブルコインを発行したのに続き、三菱UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行の3メガバンクも共同発行の準備を進めています。
世界のステーブルコイン市場は米ドル連動型が9割超を占め、米国はドル覇権を維持する戦略ツールとして位置づけています。こうした中、日本勢が円建てステーブルコインで独自の存在感を示せるかどうかは、デジタル時代における円の価値にも影響を与えうる重要なテーマです。
この記事では、日本のステーブルコイン市場の現状と3メガバンクの戦略、さらにドル覇権との関係を整理します。
JPYCが切り開いた日本市場
国内初の円建てステーブルコイン
JPYCは2025年8月に金融庁から資金移動業の登録を受け、同年10月に日本円と1対1で交換できるステーブルコイン「JPYC」の発行を開始しました。裏付け資産には日本円の預貯金や国債を用いており、改正資金決済法に基づく正式な「電子決済手段」として位置づけられています。
JPYCは第二種資金移動業者のライセンスで発行しているため、1回あたりの送金上限は100万円です。そのため主に個人向けの小口決済や店舗決済での利用が想定されています。
店舗決済とインバウンド需要
TISとJPYCは協業により、2026年秋以降に「ステーブルコイン決済支援サービス」の正式提供を目指しています。店舗側はスマートフォンやタブレットがあれば専用端末は不要で、消費者から直接ステーブルコインを受け取れる仕組みです。
特に注目されるのはインバウンド(訪日外国人)向けの活用です。米ドル建てなど海外のステーブルコインを持つ旅行者が、現金の換金なしに日本国内で決済できるようになります。交換処理は利用者のスマートフォン内で完結するため、店舗側は日本円建てのJPYCとして受け取ることができます。
クレジットカード決済と比較して手数料が大幅に低く、為替変動リスクも抑えられるため、地方の小規模事業者にとっても導入のハードルが低い点が特徴です。
3メガバンクの共同発行が持つ意味
Progmat基盤による信託型ステーブルコイン
3メガバンクのステーブルコインは、三菱UFJ信託銀行の子会社「プログマ(Progmat)」のシステムを発行基盤として活用します。発行方式は「信託型」を採用しており、改正資金決済法上の「3号電子決済手段」に該当します。
信託型の最大の特徴は、信託受益権を通じた倒産隔離が確保されている点です。発行体が破綻しても、裏付け資産は信託財産として保全されるため、利用者の資金が毀損するリスクが極めて低くなります。また、資金移動業のライセンス取得が不要なため、銀行が直接参入しやすい構造です。
30万社超の法人顧客基盤
3メガバンクは合計で30万社を超える法人顧客を抱えています。ステーブルコインを共通のトークンとして標準化することで、企業内および企業間の支払いを相互運用可能にすることが狙いです。
導入の第一弾は三菱商事の社内資金決済から開始されます。企業間決済では1件あたりの金額が大きいため、JPYCの送金上限(100万円)では対応できません。メガバンクの信託型ステーブルコインはこうした大口取引に対応する設計です。
金融庁の「ペイメント・イノベーション・プロジェクト」
金融庁はこの取り組みを正式に支援しており、「ペイメント・イノベーション・プロジェクト」として承認しています。ブロックチェーン技術を活用した決済高度化の実証実験を後押しする形で、規制当局と民間が連携して進めている点が日本の特徴です。
ドル覇権とのせめぎ合い
米国のステーブルコイン戦略
世界のステーブルコイン市場は2025年10月時点で発行残高が2,800億ドルに達しています。そのうち6割超をテザー(USDT)が、約2割をUSDCが占めており、ほぼ全量がドル連動型です。
米国はこの構造を戦略的に活用しています。2025年7月にはステーブルコインの規制法「GENIUS法」が成立し、ベッセント財務長官は「米国債に裏打ちされたステーブルコインが誕生することで、基軸通貨ドルの優位性を維持できる」と公言しています。
ドル建てステーブルコインの発行者は準備資産として米国債やドル預金を保有する必要があるため、海外でステーブルコインが普及するほど、米国への資金流入が増える仕組みです。ある投資銀行の試算では、GENIUS法によりステーブルコイン市場は2028年末に2兆ドル規模に達し、その大半の準備資産が米国債になると見込まれています。
日本が円建てで対抗する意義
こうした状況の中で、日本が円建てステーブルコインの基盤を整備する意義は大きいです。もし日本国内の決済がドル建てステーブルコインに席巻されれば、円の存在感が低下し、金融主権にも影響が及びかねません。
3メガバンクが共同で参入する背景には、国内でステーブルコインが乱立して普及が遅れる事態を防ぐとともに、ドル建てステーブルコインが日本市場を浸食することへの警戒感があります。
一方、SBIホールディングスと米リップル社は2026年初頭にも「RLUSD」を日本国内で発行する計画を発表しており、ドル建てと円建てが併存する市場構造になる可能性があります。
注意点・展望
技術的・制度的な課題
ステーブルコインの社会実装にはまだ課題が残ります。2024年のDMMビットコイン不正流出事件を受けて、セキュリティ面でのシステム再構成が求められ、一部プロジェクトの進行が遅れた経緯があります。
また、企業がステーブルコインを扱う際の秘密鍵管理、ガス代(ブロックチェーン手数料)の処理、会計・監査上の取り扱いなど、実務面での整備が不可欠です。2026年1月にはアステリアが「JPYCゲートウェイ」のβ版を公開し、こうした課題の解決を目指しています。
個人向けと法人向けの二層構造
今後の日本市場は、個人の小口決済ではJPYC、企業間の大口決済では3メガバンクのステーブルコインという二層構造で発展していく見通しです。さらに、三菱UFJ系ではステーブルコインとシームレスに交換可能なトークン化MMF(マネー・マーケット・ファンド)の提供も2026年中に計画しており、遊休資金の運用という新たな付加価値も生まれようとしています。
まとめ
日本のステーブルコイン市場は、JPYCの個人向け決済と3メガバンクの法人向け決済という二本柱で本格始動しました。改正資金決済法という制度基盤を先行して整備したことは、日本の強みです。
ドル建てステーブルコインが世界を席巻する中、円建ての基盤を確立できるかどうかは、デジタル経済における日本の金融主権に直結する問題です。2026年はステーブルコインの社会実装が一気に進む年になる可能性があり、今後の動向から目が離せません。
参考資料:
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