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by nicoxz

日本の粗鋼生産が半世紀ぶり低水準、中国デフレ輸出の影響

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はじめに

日本鉄鋼連盟が発表した2025年の国内粗鋼生産量は、前年比4%減の8,067万トンとなりました。これは新型コロナウイルスの感染拡大で低迷した2020年をも下回り、1969年以降で最低の数字です。

背景にあるのは、中国からの大量の鋼材輸出による国際市況の低迷です。中国は内需の低迷で余った鋼材を世界市場に放出しており、「デフレ輸出」として国際的な批判を浴びています。日本の鉄鋼大手は、縮小する国内市場から脱却し、成長が見込まれる米国やインドへの海外シフトを急いでいます。

本記事では、日本の鉄鋼産業が直面する構造的な課題と、各社の海外戦略について解説します。

国内粗鋼生産の現状

57年ぶりの低水準

2025年の国内粗鋼生産量8,067万トンは、半世紀以上前の水準に逆戻りしたことを意味します。経済産業省が示した2025年度の見通しでは、前年度比3.2%減の8,033万トンと、1968年度以来の低水準になる見込みです。

ピーク時の2007年度と比較すると、生産量は約3分の2に減少しています。この減少は一時的な景気変動ではなく、日本の鉄鋼産業が構造的な転換期を迎えていることを示しています。

内需低迷の要因

国内需要が低迷している要因は複合的です。建設市場では、人手不足や資材価格の高騰により、工期の遅れや計画の縮小が相次いでいます。自動車生産も勢いを欠いており、さらに人口減少に伴う内需縮小トレンドが長期的な重しとなっています。

特に建設分野では、公共工事の減少と民間投資の慎重姿勢が続いており、鉄鋼需要の回復が見通しにくい状況です。

中国のデフレ輸出問題

過去最高の輸出量

中国の鉄鋼輸出は2025年、過去最高水準に達しました。2025年1月から11月までの中国の鉄鋼輸出量は前年同期比6.7%増の1億771万トンとなり、年間輸出量の過去最高更新が確実視されています。

中国では、鉄鋼消費量が減少に転じた2021年以降も高水準の生産が続いています。余剰鋼材は海外市場に流出し、国際価格を押し下げる要因となっています。

デフレ輸出のメカニズム

「デフレ輸出」とは、中国企業が過剰在庫を採算度外視の安値で海外に輸出する現象を指します。中国国内では、不動産市場の低迷などで鉄鋼需要が減少していますが、生産能力の削減は進んでいません。

その結果、企業は内需で消化できない在庫を輸出に振り向けています。直近では主要品目の6割で輸出価格が下落しており、この価格下落は生産資材から集積回路、食材にまで広がっています。

世界的な過剰生産能力

米通商代表部(USTR)と鉄鋼グローバルフォーラム(GFSEC)の分析によると、世界の鉄鋼の需要と生産能力のギャップは2023年に5億5,100万トンでした。このギャップは2026年には6億3,000万トンに拡大し、2016年以降で最も高い水準に達する見込みです。

世界最大の鉄鋼生産国である中国からの輸出は、2020年から2024年の間に倍増しています。USTRは「この危機を引き起こした慣行や政策に対処するには、現在の国際的な貿易ルールでは不十分だ」と指摘しています。

国際社会の対応

貿易摩擦の激化

中国の鉄鋼輸出に対する国際的な反発は強まっています。鉄鋼関連のアンチダンピング(AD、反不当廉売)調査開始件数は2024年に41件を記録し、このうち中国材を含む調査は30件と、いずれも過去最高を更新しました。

特にアジア諸国や中東、アフリカなど中国製品の主要輸出先では、現地の鉄鋼メーカーが輸入品との価格競争により利益を圧迫されています。高金利で資金調達が難しい現在、新たな設備投資が困難になっているケースも報告されています。

中国の対応策

こうした批判を受け、中国政府も対策に乗り出しています。中国商務省は2025年12月、2026年1月から一部の鉄鋼製品の輸出を許可制にすると発表しました。粉状の合金鋼や銑鉄、鋳鉄スクラップなど約300種類が許可制の対象となります。

ただし、この措置がどこまで輸出抑制につながるかは不透明です。許可制の対象品目は限定的であり、主力製品の輸出に大きな制限はかかっていないためです。

日本製鉄の海外戦略

6兆円投資計画

日本製鉄は2025年12月、「2030中長期経営計画」を発表しました。5年間で6兆円という巨額の投資を計画しており、その内訳は海外に4兆円、国内に2兆円です。中期計画で初めて海外投資が国内投資を大幅に上回る構成となりました。

この計画は、縮小する国内市場から成長市場へのシフトを明確に示しています。国内では収益基盤の強化に注力しつつ、海外での成長を追求する二軸戦略です。

USスチール買収の意義

2025年6月、日本製鉄は約2兆円でUSスチールの買収を完了しました。トランプ政権との交渉を経て実現したこの買収は、同社の海外戦略における転換点となりました。

USスチールへの投資は110億ドル(約1.7兆円)規模で、2028年末までに実行される計画です。具体的には、ゲーリー製鉄所(インディアナ州)で約2億ドルを投じて自動車向け高級鋼板の生産設備を改修し、モンバレー製鉄所(ペンシルベニア州)では約1億ドルで鉄鋼スラグのリサイクル設備を新設します。

インド市場への展開

日本製鉄はインドでも事業を展開しています。アルセロール・ミタルとの合弁会社「AM/NS India」が海外事業の柱の一つであり、能力拡張を推進する方針です。インドは世界有数の成長市場であり、鉄鋼需要の拡大が見込まれています。

JFEの海外戦略

インドを「第3の製鉄所」に

JFEスチールは2025年末、過去最大となる海外投資を決定しました。インド大手JSWスチールと共同で、同社子会社のBhushan Power & Steel(BPSL)に50%出資し、一貫製鉄所の合弁運営を開始します。出資額は1,575億ルピー(約2,700億円)です。

JFEが海外で一貫製鉄所の運営主体となるのは初めてのことです。BPSLはインド東部オディシャ州に粗鋼450万トン規模の一貫製鉄所を持ち、2030年には1,000万トン級、将来は1,500万トン級への拡張が可能です。JFEはこれを「JFE第3の製鉄所」と位置づけています。

電磁鋼板への投資

JFEスチールはJSWスチールと共同で、電磁鋼板製造の増強にも約1,200億円を投資すると発表しています。電磁鋼板は電気自動車(EV)のモーターなどに使用される高付加価値製品であり、成長が期待される分野です。

収益目標

JFEは中期計画で2035年度に鉄鋼セグメント利益5,000億円の達成を掲げています。そのうち40%にあたる2,000億円を海外事業で得る方針であり、インド投資はこの目標達成に向けた重要な一歩です。

両社の戦略比較

経営スタイルの違い

日本製鉄とJFEは、海外展開の手法に明確な違いがあります。日本製鉄は100%買収による完全支配型経営を志向しており、USスチール買収がその象徴です。自社の技術やノウハウを全面的に導入し、経営を主導する形を取ります。

一方、JFEは折半出資による合弁(パートナー型)で現地企業と対等な立場で協力する形を選択しています。現地の市場環境やネットワークを活用しながら、リスクを分散する戦略です。

地域戦略の違い

地域戦略にも違いがあります。日本製鉄は米国とインドの両方に大規模投資を行い、グローバルでの成長を追求しています。JFEはインドを最重点市場と位置づけ、現地での生産能力拡大に注力しています。

いずれの戦略も、縮小する日本市場への依存度を下げ、成長市場での収益基盤を確立するという点では共通しています。

注意点と今後の展望

国内産業への影響

海外シフトが進む中、国内の鉄鋼産業の空洞化を懸念する声もあります。雇用や関連産業への影響は避けられず、地域経済への配慮も必要です。各社は国内拠点の効率化と高付加価値化を進めつつ、産業力を維持できる規模の確保を目指しています。

中国の動向に注目

中国の鉄鋼政策の行方も重要な変数です。輸出許可制の導入は一歩前進ですが、根本的な過剰生産能力の削減には至っていません。中国政府が生産調整にどこまで踏み込むかによって、国際市況の見通しは大きく変わります。

貿易摩擦のリスク

米国の通商政策も注視が必要です。トランプ政権下では保護主義的な政策が強まる可能性があり、日本の鉄鋼メーカーが米国で事業を展開する上でのリスク要因となります。一方で、USスチール買収により日本製鉄は「米国企業」としての立場も獲得しており、政策変更への耐性は高まっています。

まとめ

2025年の国内粗鋼生産量が半世紀ぶりの低水準となったことは、日本の鉄鋼産業が大きな転換期を迎えていることを示しています。中国のデフレ輸出による市況低迷と国内需要の構造的な減少が、この状況を招きました。

日本製鉄やJFEは、米国やインドなど成長市場への投資を加速し、グローバル企業としての競争力強化を図っています。国内市場の縮小は避けられませんが、海外での成長により産業力を維持する戦略は、今後の日本の製造業全体にとっても参考となる動きです。

参考資料:

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