南鳥島レアアース泥の引き揚げ成功が意味すること
はじめに
2026年2月、日本の深海資源開発が大きな一歩を踏み出しました。内閣府と海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、小笠原諸島・南鳥島沖の水深約6,000メートルの海底から、レアアース(希土類)を含む泥の引き揚げに成功したと発表しました。
この試験は世界でも初めての試みです。レアアースは電気自動車(EV)のモーターや風力発電機、医療機器など、現代産業に不可欠な素材ですが、その供給の大部分を中国に依存しているのが現状です。国産レアアースの実現は、日本の経済安全保障にとって極めて重要な意味を持ちます。
本記事では、今回の揚泥成功の技術的背景、南鳥島の資源ポテンシャル、そして産業化に向けた課題と展望を詳しく解説します。
世界初の深海レアアース泥採鉱試験
探査船「ちきゅう」による挑戦
今回の試験は、地球深部探査船「ちきゅう」を用いて2026年1月12日に静岡県の清水港を出航し、南鳥島沖で実施されました。水深約6,000メートルという極限環境での採鉱試験は、世界に前例がありません。
採鉱には「閉鎖型循環方式」と呼ばれる独自技術が採用されています。これは海洋石油・天然ガス掘削で用いられる泥水循環方式をベースに、閉鎖系で稼働させることで、海底の懸濁物が周辺海域に漏洩・拡散するのを防ぐ仕組みです。深海環境への影響を最小限に抑えながら、効率的に泥を回収できる点が特徴です。
「ちきゅう」は2月15日に清水港へ帰港する予定で、持ち帰った泥に含まれるレアアースの成分分析が行われます。この分析結果が、今後の産業化計画を左右する重要なデータとなります。
内閣府主導のSIPプロジェクト
本プロジェクトは、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期「海洋安全保障プラットフォームの構築」の一環として進められています。国の科学技術政策の中核に位置づけられており、単なる学術研究ではなく、産業化を明確に見据えた国家プロジェクトです。
南鳥島のレアアース資源ポテンシャル
世界3位の埋蔵量
南鳥島は東京から約1,900キロメートル南東に位置する日本最東端の島です。そのEEZ(排他的経済水域)の海底には、膨大なレアアース泥が存在することが確認されています。
東京大学の加藤泰浩教授らの研究グループが2013年に発見したこの資源は、南部の有望エリア(約2,500平方キロメートル)全体で1,600万トンを超える埋蔵量と推定されています。これは世界3位の規模に相当します。市場価格に換算すると約165兆円に達するという試算もあります。
中国鉱山を上回る高濃度
注目すべきは、南鳥島のレアアース泥の濃度が極めて高い点です。中国の陸上鉱山のレアアース濃度が約300ppmであるのに対し、南鳥島沖では最大6,600ppmと約20倍の濃度を記録しています。
特に重要なのは、EVモーターに不可欠なジスプロシウムの含有量です。中国鉱山の約10ppmに対し、南鳥島沖では最高320ppmと32倍にもなります。高濃度のエリア(約105平方キロメートル)だけでも、ジスプロシウムは世界消費量の57年分、テルビウムは32年分に相当する量が含まれています。
中国依存からの脱却という命題
レアアース供給の地政学リスク
レアアースの国産化が急がれる背景には、中国への過度な依存があります。2024年時点で、中国は世界のレアアース生産量の約69%、精製においては約92%を占めています。日本のレアアース輸入における中国依存度は、2010年の尖閣諸島問題時の90%から現在は約60%に低下したものの、依然として高水準です。
特に深刻なのは、EV用モーターに使用されるネオジム磁石の補助材料であるジスプロシウムやテルビウムです。これらの重レアアースは、ほぼ100%を中国からの輸入に頼っています。
2026年1月の対日輸出規制
中国は2026年1月6日、軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出規制を発表しました。レアアースが規制対象に含まれる可能性が指摘されており、みずほリサーチ&テクノロジーズの試算では、レアアース輸出規制が3か月続いた場合の経済損失は約6,600億円、1年間では約2.6兆円に達するとされています。
自動車、電子部品、風力発電、医療機器、航空宇宙の5分野が特に大きな打撃を受けると分析されています。こうした地政学リスクが顕在化する中で、南鳥島のレアアース開発は「保険」としての意味合いを一層強めています。
オールジャパン体制の構築
東京大学の「レアアース泥・マンガンノジュール開発推進コンソーシアム」を中心に、三井海洋開発、東亜建設工業、商船三井、JX金属、三菱マテリアルなど30以上の企業・機関が参画するオールジャパン体制が構築されています。産学官が一体となって、世界初の深海鉱物資源の商業化に挑んでいます。
注意点・展望
産業化への道筋と課題
今回の揚泥成功は重要なマイルストーンですが、商業化までにはまだ多くのハードルが残されています。2027年1月には1日あたり約350トンの泥を回収する本格的なパイロット試験が予定されており、この結果をもとに採算性が検証されます。
水深6,000メートルという極限環境での操業コスト、精製技術の確立、環境影響評価など、克服すべき課題は多岐にわたります。商業採掘の開始は2030年頃が目標とされていますが、技術的・経済的な障壁を着実にクリアしていく必要があります。
楽観は禁物
南鳥島の資源は確かに膨大ですが、それが直ちに中国依存からの脱却を意味するわけではありません。商業化が実現するまでの数年間は、引き続き中国からの調達に頼らざるを得ません。短期的にはリサイクル技術の強化や調達先の多角化など、複合的な戦略が求められます。
まとめ
南鳥島沖の水深6,000メートルからレアアース泥の引き揚げに成功したことは、日本の深海資源開発における歴史的な一歩です。世界初となるこの技術実証は、2027年の本格試験、2030年頃の商業化へとつながるロードマップの重要な起点となります。
中国のレアアース輸出規制リスクが現実味を帯びる中、国産レアアースの実現は経済安全保障の観点からも喫緊の課題です。今後の成分分析結果や採算性検証の行方に注目が集まります。
参考資料:
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