三田証券元幹部逮捕、同意なき買収の代理人が犯した重大違反
はじめに
2026年2月2日、東京地検特捜部は三田証券の元取締役投資銀行本部長ら5人を、金融商品取引法違反(インサイダー取引)の疑いで逮捕しました。容疑は、ニデックによる牧野フライス製作所へのTOB(株式公開買い付け)の未公表情報を利用し、約23億5,000万円規模の株式を不正に取得したというものです。
三田証券は、大手証券が敬遠する「同意なき買収」のTOB代理人業務で急成長を遂げた証券会社です。その中核人物が情報管理の根幹を破った今回の事件は、日本のM&A市場に大きな波紋を広げています。
事件の経緯と容疑の詳細
ニデックのTOB計画とインサイダー取引
事件の舞台となったのは、モーター大手ニデックによる工作機械メーカー牧野フライス製作所への買収計画です。三田証券はニデックのTOB代理人を務めていました。
逮捕された元取締役投資銀行本部長の仲本司容疑者(52)は、2024年8月28日ごろにTOB代理人業務の契約締結に伴い、買収計画の情報を入手しました。その後、松木悠宣容疑者(44)、小林真之容疑者(39)と共謀し、TOBが公表される前の2024年9月6日から12月26日にかけて、牧野フライス株32万9,100株を計23億4,980万円で買い付けた疑いが持たれています。
追加容疑:無登録の証券業
仲本容疑者を除く松木容疑者ら4人には、無登録で顧客の資産を運用する証券業を営んだ疑いもかけられています。田中伸矢容疑者(45)と阿部祐一容疑者(48)を含む計5人が逮捕され、認否は明らかにされていません。
TOBの結末
ニデックは2025年4月に牧野フライスに対するTOBを開始しましたが、牧野フライス側は新株予約権の無償割当てによる対抗措置を発動しました。東京地裁がニデックの差し止め申立てを却下した結果、ニデックは2025年5月にTOBを撤回し、買収は不成立に終わっています。TOB価格は1株11,000円で、公表前の終値7,750円に対して約42%のプレミアムが設定されていました。
三田証券とは何者か
老舗ながら異色のブティック証券
三田証券は1949年に設立された、資本金5億円、従業員約90名の独立系証券会社です。東京都中央区に本社を置き、富裕層向けの金融サービスを主軸としてきました。リーマンショック以降も連続黒字を達成するなど、堅実な経営で知られています。
「同意なき買収」の代理人として台頭
三田証券の名が広く知られるようになったのは、同意なき買収(かつて「敵対的買収」と呼ばれていた手法)のTOB代理人業務においてです。きっかけは2012年、PGMホールディングスによるアコーディア・ゴルフへの同意なき買収でした。このTOB自体は不成立に終わりましたが、投資銀行業界に「三田」の名前が知れ渡る契機となりました。
2016年以降、本格的にこの分野に注力し、富士通によるソレキアTOBに対抗する佐々木ベジ氏の対抗TOBを支援して成功に導くなど、実績を積み上げました。M&Aオンラインの調査によると、2016年から2021年6月までの5年半で行われた同意なき買収15件のうち9件に三田証券が関与しています。
大手証券がレピュテーションリスクを懸念して及び腰になる案件を積極的に引き受ける姿勢が、三田証券の成長を支えてきました。
日本で広がる「同意なき買収」の潮流
経産省の行動指針が転機に
2023年に経済産業省が「企業買収における行動指針」を公表したことが、日本のM&A市場に大きな転機をもたらしました。従来「敵対的買収」とタブー視されてきた手法を「同意なき買収」と呼び替え、一定の条件のもとで正当な企業活動として位置づけたのです。
この指針により、同意なき買収の件数は明確に増加傾向にあります。2025年は3月までの段階で既に4件が確認され、それまでの最多であった2021年の年間10件を上回るペースで推移しました。
2024〜2025年の主な事例
同意なき買収の事例は多様化しています。2024年にはAZ-COM丸和によるC&Fロジホールディングスへの買収提案、ブラザー工業によるローランドDGへの対抗TOBなどがありました。2025年にはヤゲオによる芝浦電子への買収に対し、ミネベアミツミがホワイトナイトとして登場するTOB合戦も展開されています。
東証が上場企業に資本コストを意識した経営を求める方針を打ち出したことも、M&A活性化の後押しとなっています。企業の新陳代謝と業界再編が進む中で、TOB代理人の役割はますます重要になっていました。
注意点・展望
今回の事件は、成長するM&A市場の「影」の部分を露呈しました。TOB代理人は買収の核心情報に触れる立場にあり、情報管理の厳格さが業務の前提です。その信頼を自ら破壊した今回の行為は、証券業界全体の信頼性に関わる問題です。
三田証券が担ってきた「大手が引き受けない案件の受け皿」という役割が、今後どう変化するかも注目されます。同意なき買収が日本で定着しつつある中で、代理人業務のコンプライアンス体制の強化が急務となるのは間違いありません。
金融庁や証券取引等監視委員会による監視強化が進む可能性も高く、TOB関連業務に携わる証券会社全体にとって、内部統制の再点検を迫られる事態となっています。
まとめ
三田証券元幹部のインサイダー取引事件は、約23億5,000万円規模という大型の不正取引であり、TOB代理人の信頼性そのものを揺るがす深刻な事案です。同意なき買収が日本のM&A市場で存在感を増す中、その実務を支える証券会社の情報管理体制が改めて問われています。
同意なき買収は日本の企業統治改革にとって重要な手段です。今回の事件を受けて、この手法自体が後退することなく、適切なガバナンスのもとで健全に発展していくことが求められます。投資家としては、TOB関連の情報管理リスクにも目を配る必要があるでしょう。
参考資料:
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